24. ラーメシュとニユーシャー /その①
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ファルハルドは自分の足で歩こうとしたが、全員に猛反対された。結局、若いラーミン神官が荷車を曳き、ファルハルドは大人しく荷車に乗せられる。
エルナーズとモラードは自分の足で歩き、ジーラは歩いたり疲れたときは荷車に乗せられたりする。ジャンダルはあいかわらず笛を吹き、気が向けば神官たちと話をしながら歩いた。
農耕神は農村で広く信仰を集めている。エルナーズたちも日々の生活の中で祈る対象として、一番最初に名前が挙がるのはユーン・エル・ティシュタルだと言う。
馴染みのある神様に仕える神官たちだということもあり、いろいろと不安も打ち明け、話を聞いてもらった。神官たちと話すうちにエルナーズの心の閊えも軽くなったのか、話し方もだいぶ落ち着いたものとなる。
ダンたちは朝晩、ファルハルドに治癒の祈りを唱えてくれ、カルドバン村に辿り着く頃にはファルハルドも歩ける程度には回復した。右腕はまだまだ動かすことはできないが、傷が膿むことはなく、後遺症が残ることもない筈だという話だ。
辿り着いたカルドバン村は大きな村と言われるだけあり、村内にいくつかの店もある初めて見るとても大きな村だった。
─ 2 ──────
村の入口で神官たちとは別れた。一行の道行きにユーン・エル・ティシュタル様のご加護がありますようにと祈り、ダンたちはイルマク山へと向かう道を進んでいった。
ファルハルドたちは感謝の言葉を述べ、ダンたちの姿が見えなくなるまで見送った。
入口脇に荷車を停め、ファルハルドはモラードとジーラと共に大人しく留守番をする。
ジャンダルはエルナーズを連れ、伯母の開いているという店の場所を村人たちに尋ねて回る。村人なら誰もが知る店らしく、場所はすぐにわかった。尋ねられた者は皆、エルナーズが店の女将に似ていると口にする。
すぐにでも駆け出しそうなエルナーズを落ち着かせ、二人は一旦ファルハルドたちが待つ村の入口まで戻る。説明を聞かせればモラードたちも嬉しそうに喜んだ。
ジャンダルが荷車を曳き、一行は歩いて店へと向かう。この時、ファルハルドは何気なく荷車を押そうとし、全員から叱られた。
店はぱっと見には、単に大きなだけの農家に見える。だが、その軒先には酒や食事、寝床を描いた拙い看板がぶら下がり、そこが店であることを主張している。
自ずと、一同の視線はエルナーズへと集まる。
エルナーズは動けない。いざ店に辿り着き、扉に手を掛けたところで動けなくなった。不安と期待、その他あらゆる感情が押し寄せ身動きできないでいる。
大きな村だけあり、村内には昼間でも歩いている人がいる。長い時間、店の前で立ち止まったままのファルハルドたちはとても目立つ。先ほどからちらちらと、訝しげにこちらの様子を窺う視線が送られている。
ファルハルドたちがどうしたものかと考え始めた頃、不意に店の扉が内側から開かれた。
顔を出した男性は「なんだ……」と言いかけ、エルナーズを見て息を呑んだ。口をあんぐりと開き、目も丸く開いたまま固まる。そんな男性に店の内から声が掛けられる。
「あんた、なにしてんだい。仕込みがあるんだから、早く働いておくれよ」
その声を聞き、エルナーズの心臓が大きく跳ねた。
「あっ……」
エルナーズは一言零したが、あとが続かない。瞳を揺らし、男性と見詰め合う。衝撃から立ち直った男性は後ろを振り返り、大声で店内に呼びかけた。
「おい、お前。ちょいと来てくれ」
「大声上げてどうしたんだい。ご近所さんに笑われちまうよ」
「いいから来いって」
「まったく、いったいなんだって……」
言葉が途切れる。呼ばれて出てきた女性もエルナーズを見た瞬間、息を呑んだ。言葉は途切れ、続きは出てこない。女性はその瞳を潤ませる。
エルナーズも口を両手で覆い、目に涙を溜める。
確かに女性とエルナーズはよく似ている。年の頃は三十半ば。ザーンの言っていた通り、エルナーズを一回り大きくし、少しふくよかにすればそっくりだ。誰が見ても二人は血縁関係だと思うだろう。
エルナーズは思いを込めた一言を絞り出した。
「……伯母さん」
「あんた……、エルナーズ、かい」
エルナーズは頷く。何度も何度も頷く。
女性は堪えきれないように邪魔な男性を突き飛ばし、エルナーズを抱きしめた。
エルナーズも女性を抱きしめ、胸に顔を埋め思いきり泣いた。人目を憚ることなく、いつまでも泣き続けた。




