136. そして、戦いは終わり /その④
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ファルハルドが目を覚まして一月後、あの戦いからおおよそ一月半が過ぎ一通りの土の浄化も終わった時、村長の提案により大規模な法要が営まれた。
悪獣や悪神の徒たちの襲撃により、亡くなった村人は二十余名、ヴァルカとハーミの他に救援に駆けつけた迷宮挑戦者からも二名の犠牲者が出ていた。
法要はその亡くなった者全てを弔うためのもの。ちょうど、最後の戦いが行われた場所で行われる。
そこではなにか大きな物に布が掛けられ、その前に木の台が据えられている。台の上には先日政庁より下賜されたばかりの食糧のうち、最も上質な物が供え物として籠や皿に盛られて置かれている。
ファルハルドたちこの時までカルドバン村に残っている挑戦者たちと村人たちが居並ぶなか、村長の合図と共に今村にいる神官たちがそれぞれに手に持つ鳴り物を鳴らしながら一列となり、姿を見せた。
異なる光の神々に仕える神官たちが鳴らす音はそれぞれ別箇のものでありながら、全体としては一つの荘厳な調和の取れた調べを形成している。
神官たちのある者は村人たちと台の間に進み、ある者は居並ぶ村人たちの横へと進み、またある者は鳴り物を鳴らし祈りの文言を唱えながら布を掛けられた物や台の周囲を回っている。
そして神官たちのうちから、一人が前に進み出る。供え物が置かれた木の台の前へと進み、手を合わせ村長へと礼をし、居並ぶ挑戦者や村人たちへと向き合った。
それはファイサル。今、村に残る十八名の神官たちのなかで最も高い位階にいる者がファイサルだった。よってこの法要の取りまとめは、ファイサルが戦神の作法に従って行う。
戦神の作法に従えば、弔いの場とは死別を悲しむ場ではなく、故人の勇敢さを讃える場として扱う。よってファイサルは、亡くなった挑戦者たちや村人たちを悼む言葉ではなく、賞賛する言葉を告げる。
ファイサルの弔辞は、まずは列席する人々を讃える言葉から始まった。
「困難な時代を生き抜く者たちよ。汝らは未曾有の戦いを戦い抜いた。
私は汝らを讃えたい。先の戦いは、嘗て誰も聞いたことないほどの大いなる試練であった。まさにこの『創られた者たちの大地』が『暗黒の大地』となるかどうか、その世界の命運が懸かった戦いであったと言える。
その戦いで汝らは見事、神々より賜った使命を果たした。そう、汝らは村を守り、家族を守っただけではない。闇のものどもよりこの世界を、人の世を救ったのである。
困難な戦いであった。恐るべき戦いであった。心を摩滅させる戦いであった。同時に、決して負けられない戦いでもあった。その戦いに勝利することができたのは、なによりも汝ら一人一人の勇気と正義を愛する心、そして神々の恩寵によるものであった。
なかでも特に勇敢に戦い、その身を捧げ勝利に貢献した方々がいたことを我らは知っている」
ファルハルドはファイサルの言葉を聞き、以前開拓地で聞いたダリウスの弔辞を思い出していた。口調は違うが、両者の弁は似ている。ダリウスが戦神の式作法に則って行ったのか、それとも戦士の作法に従えば自然と似たものとなるのだろうか。
「そう、亡くなった方々は犠牲者などではない。彼らは神々の使命にその身を捧げた崇高なる殉難者なのである。
彼らこそ、神々の前にあって義とされる人々。我々皆の誇りであり、闇の中にあってなお輝く、我々皆の導きとなり道標となる人々なのである」
ヴァルカとハーミ、二人のことを思い出す。ファルハルドには神々の義がなんなのかはわからない。だが、わかる。二人はまさに手本となる者たちであったと。
ヴァルカとはパサルナーンの安酒場で出会った。ヴァルカがラーティフとダハーと呑んでいるところに、ジャンダルが話しかけたのだ。
パサルナーン迷宮への初挑戦をヴァルカたちと共に行えたことは幸運だった。
戦うことそのものには慣れていたファルハルドでも、外とは勝手の違う迷宮内での戦いには戸惑った。
その戸惑うファルハルドとジャンダルに、ヴァルカたちは迷宮内で戦っていくために必要な知識を上手く伝えてくれた。
ファルハルドには、今だに自分ではヴァルカたちのように新人に必要なことを上手く伝えられるとは思えない。
アルシャクスの開拓地で再会した際には、ヴァルカは信頼していた村長に裏切られた悲しみと、村が全滅するなか自分一人が生き残ってしまった苦しみから、絶望に囚われ賊へと身を堕としていた。
しかし、ヴァルカの持つ誠実さと戦士の魂はヴァルカを立ち直らせた。そして、その身と命を懸け、死してなお意地を貫いた。その在り方を尊敬する。
ハーミには良き導き手として世話になった。なりっぱなしだった。ハーミとバーバクの手助けなしには、迷宮一層目の戦いですら生き残ることができたかどうかわからない。
そしてそれ以上に気に掛け続け、繰り返し続けてくれたのが、欠けたる人間であるファルハルドが人がましくなるようにと目を掛けること。
ハーミは戦う人間である前に、光の神の誠実な僕として人を善なる方向へ導く一人の神官としての役目を全うし、最後のその時まで人生を楽しめ、自分を肯定しろと言い残した。
必ずやその期待に応える、とはとても言えない。それでも諦めず、投げ出さず、少しでも掛けてくれた期待に応えられるように努力し続けると誓う。
「彼らの勇敢さと献身は決して忘れ去られることはない。彼らの名は人の世のある限り、永遠に朽ちることはない」
村長の手により布を掛けられた大きな物から布が外された。姿を現したのは石碑。この辺りでは見掛けない、ところどころに白い縞模様の見られる青味掛かった緑色の石に文字が彫られている。
ファイサルは朗々たる声で石碑に彫られた碑文を読み上げる。
「徳高きアルシャーム十二世王治世五年三の月。
カルドバン村を、八百頭を越える悪獣の大群と悪神の徒が強襲せり。
尊き光の神々の厚き加護の下、闇を払う聖なる役目に生きる三十一名のパサルナーン迷宮挑戦者と、叡智を体現する真理の探求者たる三名の魔術師の協力により、勇敢なる村人たちは打ち寄せる闇の勢力を撃退す。
この困難なる戦いに命を捧げた殉難の士たち。その身は塵と消えようとも、その名と行いは永遠に消えることなし。
英霊たちの名をここに記す」
ヴァルカとハーミの名を筆頭に、亡くなった二十七名の名が順に読み上げられる。皆は黙祷し、殉難者たちの冥福を祈った。
どこからともなく現れた色とりどりの蝶たちがふわりと空高く舞い上がった。
次話、「安らぎの場所」に続く。
蛇足ながら、今回の部分で少し説明の付け足しを。
石碑の碑文の文面を考えたのはファイサル神官ですが、彼はここで自分を迷宮挑戦者としてカウントしています。なんでだろう? 分けて考えるのが面倒くさかった、とか?
さて、次話が全二回。これで第二章が終了。その後は三ヶ月位更新お休みいたします。悪しからず。




