132. 百折不撓 /その⑨
─ 12 ──────
合わせ身の亡者は長く尾を引く悲鳴を上げた。その身は崩れる。同時に残り二体の合わせ身の亡者の身も崩れた。
ファルハルドはこれ以上立っていられない。その場に両膝をつく。
「大丈夫か」
ハーミは駆け寄り、声を掛けた。バーバクたちも戦っていた場で膝をついたまま、心配そうにこちらを見ている。
合わせ身の亡者はその身を崩したが、多数の蠢く屍たちは変わらず活動し、挑戦者たちに襲いかかっている。
フーシュマンドとアリマは途切れ途切れに魔術を放ち、蠢く屍の殲滅に力を貸し、ゼブとペールは武器を振るい、その二人を守っている。
ザイードに関しては完全にへたり込み、地面に座り込んでいる。いや、よく見てみれば違う。座り込んでいるのは確かだが、座ったままで魔導石人を構成していた石を手に取り、なにやら調べているようだ。
「無茶をし過ぎだ」
ハーミは焦り、膝をつくファルハルドの身に触れようとする。しかし、今のファルハルドに触れて良いものかどうかわからない。躊躇い、伸ばした手を握っては開きと繰り返す。
今回ファルハルドは、雪熊将軍と戦った際よりも長時間大量の魔力を根源の領域より引き出し続けた。前回と違い大きな怪我こそ負っていないが、根源の魔力を引き出し続けた反動は今回のほうが遙かに大きい。
全身に耐えがたい痛みが走っているが、その痛みを明確に感じることすらできない。まるで自分の身体という境界が曖昧なものとなったようだ。少しでも気を抜けば、そのまま自分という存在が揺らぎ、ばらばらに砕け散ってしまう。
ファルハルドは精神を一点に集中させる。まだ、死ねない。自分には為すべきことがある。パサルナーン神殿遺跡でレイラの延命を願うまで死ぬ訳にはいかない。
ファルハルドは己が誓いを思い、心を強く保つ。その胸を満たすはレイラとの約束。必ずレイラの下へと帰ると告げた己が言葉が、レイラの笑顔が胸を満たす。
次第に身体の感覚が戻ってきた。全身に走る激しい痛みをはっきりと感じる。その痛みこそが、ここに自分が存在していることを強く感じさせる。立つことも、声を出すこともできないが、ファルハルドは崩壊の危機を乗り越えた。
ハーミは未だ心配そうだが、どうやらファルハルドは最悪の状態を脱したようだと安堵した。少し回復し、こちらに歩いてくるバーバクたちへと振り返り口を開こうとした時。
ハーミの総身の毛が逆立った。他の者たちも同時にそれを感じる。急速に負の気配が高まっている。合わせ身の亡者はまだ消滅していない。
─ 13 ──────
「ファ……、ルゥゥゥ、ハルゥ……ドォオォォォォオ」
暗殺部隊の老人が素となった小柄な合わせ身の亡者の執念は消えない。どろどろの肉の塊となりながら、周囲に漂う負の想念を集め、急激に負の気配を高めていく。
バーバクたちは武器を手に駆け出そうとした。しかし、全員が歩くのもやっとの状態。動きは鈍く、間に合わない。ハーミの法術も間に合わない。
負の気配が危険なまでに膨らみ、ついに決定的な一線を超える。
その時。もはや形を保つこともできない不定形の肉の塊が合わせ身の亡者を覆った。わずかな時間、負の気配の高まりが途絶える。
ハーミは覚悟を決める。これは必要なこと。ファルハルドに振り返り、告げた。
「済まんのう。約束は守れぬようだ。お主はちゃんと人生を楽しめ、自分を肯定しろ。そして、必ずや深奥の遺跡へと到るのだぞ」
「…………」
ハーミの思いが、覚悟がはっきりと手に取るように伝わってくる。ファルハルドは声が出せない。動けない。ハーミを止めることができない。
ハーミは手を合わせ、祈りの言葉を紡ぐ。それは定まった文言ではない。己が心のままに祈る。
「我は闇の侵攻に抗う者、誓いを立てたるハーミ・タリーブ=リー・パルレファーデなり。
諦めぬ者の守護者、守る者を庇護せる神、全ての闇に抗う揺るぎなき守り手、我が信ずる神、抗う戦神パルラ・エル・アータル様に願い奉る。
闇に抗う力を与え給え。悪しきものを止める力を与え給え。弱き者たちと闇に抗う者たちを守る力を与え給え。
我はここに全てを捧げん。何卒、悪しきものより守る、揺るぎなき堅固なる守りを顕現させ給え」
ハーミの身体が強く輝き、その身は光の中に溶けていく。
「おっさん!」
バーバクは叫んだ。ハーミは笑った。光に包まれ笑った。目も眩む光の中で、ハーミは微笑んだ。
ハーミの姿が光の中に消えると同時に、光は不壊の光壁と成り、合わせ身の亡者を取り囲んだ。
負の気配は一気に膨らむ。光と闇、力と力がぶつかり合う。
耳を劈く轟音が鳴り響く。大気が振動し、大地が震える。光壁は押され軋む。しかし、揺るがない。ハーミが全てを捧げ顕現した光壁は闇の力に敗れはしない。
ただ、一筋。ただ一筋のみ、展開速度が間に合わず、闇の力の流出を許した。
細く鋭く吹き出した闇の力は、全てを蝕む闇の刃と成ってバーバクたちへと迫る。
避けることはできる。だが、闇の刃の進路上にはカルドバン村がある。だから。バーバクもまた己が限界を越え、持ち得る全ての魔力を引き出した。その戦斧は大きく強い光に覆われる。
踏み込む。バーバクは魂を震わせる咆哮と共に斧を振り下ろす。再び光と闇がぶつかり合う。光をまとった戦斧は闇の刃を砕いた。破片が飛び散る。
バーバクは全てを籠めて斧を振りきった。回避行動は取れない。飛び散る闇の破片はバーバクの左腕を切断し、左脚の筋を断った。カルスタンたちは倒れるバーバクを抱き止め、傷口を押さえる。
ファルハルドは立つことも声を出すこともできないが、その全てを見聞きしていた。
ファルハルドは指一本動かすことができない。だが、激情がその身を衝き動かす。憤怒と共に立ち上がり、激情を迸らせ、剣を遠いイルトゥーランの王城に向け吼える。
「ベルク! この悲劇を生み出したお前を俺は許さない。己が我欲から苦しみを生み、悲しみを創り出すお前が存在することを許さない。お前こそが悲劇の元凶、仲間の仇。必ずお前の首を打ち落とす。
俺は『飛天』。イルトゥーラン最強の戦士、雪山の勇者、雪熊将軍オルハンを降し、その戦士の魂を受け継ぐ『飛天』のファルハルド。
何者が立ちはだかろうと、遠き地に身を置こうとも、俺を阻むことは誰にもできない。遙かなる天を越え、必ずやその首に剣を届かせる。首を洗って待っていろ!」
ファルハルドが告げたのは誓い。湧き上がる激情を、天を証人とした誓いの言葉として述べた。
ファルハルドの告げる言葉を聞いた者は、その宣言する姿を見た者は、全員が畏怖し息を呑む。
歴戦の挑戦者たちまでもが畏怖した理由は、ファルハルドの見せた圧倒的な激情だけが理由ではない。
少し離れた位置にいる者たちにも感じ取れる。ファルハルドの身を動かしているのは存在の根源となる魔力なのだと。そして、ファルハルドは今、自らの激情に我を忘れ、根源の魔力を最後の一滴まで使い尽くそうとしているのだと。
ファルハルドの身を人には耐えられぬ痛みが襲う。左腕でなにかが砕ける音と燃え盛るような熱を感じた瞬間、ファルハルドの意識は途切れた。
次話、「そして、戦いは終わり」に続く。
来週、再来週は更新お休みします。次回更新は1月14日予定。
一年前に「二つの戦い」を書き終えてから、既に一年。
うわお、まじですか。確かその時、二章の残りが後三分の一か四分の一くらいになるとか書いたような気が……。いや、きっと気のせいだね。気のせいに違いない。気のせいなんでい。
うん、気のせい違うね。
ですが、いよいよ二章も後わずか。わずか、だと思う。わずか、だよね。違うかな? 違うかも。きっと違うね。ああ、違うとも。
嘘です。予定通りなら、残り二話で五、六回分になる予定です。本当、予定通りならですが。
よろしければ、残りもお付き合い頂ければ幸いであります。
お読み頂いています皆様に感謝を込めて。皆様、良いお年を。




