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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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131. 百折不撓 /その⑧



 ─ 11 ──────


 負の波動はカルドバン村の中へも届いた。


 村内には亡骸がある。襲いかかってきた悪獣や悪神の徒の死骸は全て柵の外へと投げ捨てられ、村内には存在しない。


 村内にある骸、それはこの襲撃で死亡した村人たち。最初期に亡くなった村人たちに関しては、ファイサルやペールが簡易的な弔いを上げ、火葬を行っている。

 しかし昨夜からは、襲撃がより一層激しくなったために、発生した死亡者の弔いを上げることができず、村の広場の一角に安置していた。


 その亡骸に負の波動が届く。亡骸は変質し、うごめしかばねと化して動き出す。


 蠢く屍の動きは速くなく、耐久力も高くない。闇の怪物であるとは言え、村人たちであっても数人掛かりであるならば倒すことも可能だ。顔を知り、人柄を知っていた者に躊躇ためらいなく武器を振るえるのであるならば。


 生前を知る者が、家族だった者が怨みに歪んだ表情で襲い来る。村人たちは武器を手にしたまま固まった。

 必要なことだとはわかっている。襲い来るのはすでに人ではない。躊躇うことに救いはない。わかってはいる。割り切り、武器を振り下ろそうとするが、どうしてもできない。仲間だった者に武器を振るえる訳がない。村人たちにできるのは、悲鳴を上げ、後退あとずさることだけ。


 蠢く屍たちは迫る。これと戦えるのは。



 これ以上下がる場所がなく、村人たちは追いつかれる。村人をその強力ごうりきで締め上げ、肉を食い千切らんとした蠢く屍を、斧の一振りが両断した。蠢く屍を倒したのは救援に駆けつけ、村の防衛に加わっていた挑戦者たち。


 救援に駆けつけた挑戦者たちの約半数、十三名がカルドバン村に辿り着き、柵傍で悪獣たちを倒す戦いに加わっていた。そのほとんどの者は、村へ向かってくる悪獣たちが数少なくなった時点で柵外での戦いに移っていた。負傷の大きかった四名だけが、そのまま村内での防衛に残っていた。


 その村内に残っていた挑戦者たちが次々と蠢く屍たちを倒していく。村人たちのある者は安堵し、ある者は見るに耐えられず堅く目を閉じ、ある者は恨みがましい眼を挑戦者たちに向ける。

 それでも止める者も、非難を口にする者もいない。必要なことだとわかっているから。


 ただし、村内に発生した蠢く屍はこれだけではなかった。柵傍での戦いで重傷を負い、まだ息はあるが瀕死である者たちがいた。この者たちにも強い負の波動が作用し、蠢く屍へと変えられた。


 この者たちがいたのは柵傍、広場からは離れた場所。数は少なく動き出すのが遅かったこともあり、挑戦者たちはこちらにも蠢く屍が発生したことには気付いていない。


 蠢く屍は柵傍で戦う村人へと襲いかかる。さっきまで共に戦い、励まし合った仲間が闇の怪物と化し襲い来る。

 村人たちは恐慌をきたし、腰を抜かした。蠢く屍は村人に覆い被さり、貪り喰わんとする。


 そこに響くは一つの声。


穿うがて!」


 魔力の塊が蠢く屍を撃ち抜いた。それは悪神の祭司長が放った闇色の小球にも似た小さな魔力の塊。ただし、瘴気を含む闇の魔力ではなく、変質させていないそのままの魔力を勢いよく撃ち出しただけのもの。


 村内にはもう一人挑戦者がいた。それはあとから救援に駆けつけた者たちとは別の者。右手を失う大怪我を負い、その後も戦闘に参加し、気を失ったままニユーシャーたちの店に寝かされていた者。


 ジャンダルは村まで届いた負の波動が身体を通り抜ける気色悪さで目を覚ました。そして異変に気付き、この場面に出会でくわしたのだ。


 もう一つ、再度の負の波動が引き起こした変化がある。それは。




 暗殺部隊の老人の特徴が色濃い小柄な合わせ身の亡者はファルハルドを追い詰める。ファルハルドは合わせ身の亡者の動きを捉えなんとか渡り合うが、合わせ身の亡者はどれほど斬られようとも即座に修復し、まるでこたえた様子がない。


 疲労により、ついにファルハルドの体力は限界に達し、攻撃を避けられない。ハーミの援護も及ばない。ハーミは重い一撃で飛ばされ、ファルハルドは脚を絡み取られた。濡れた地面に転がされる。ファルハルドの胸を貫かんと合わせ身の亡者が迫る。


 その時、誰も予想しない異変が起こる。


 ファルハルドを貫かんとする腕を、合わせ身の亡者の背中から生えた別の腕が止めた。


 なにが起こったのか、ファルハルドにもハーミにもわからない。ファルハルドたちの思考は追いつかない。


 合わせ身の亡者は腕を止めた背中から生える腕を引き千切る。しかし、新たに二本の腕が生え、合わせ身の亡者の上半身を抱え込み、締め上げる。


 その姿を見た瞬間、ファルハルドは理解した。この合わせ身の亡者の行動を阻害する現象がなんなのかを。


「ヴァルカ……」


 ファルハルドは呟いた。


 そう、暗殺部隊の老人が自らの胸に『愚癡ぐち凝結ぎょうけつ』を削り出したナイフを突き立て『呪われし亡者』に変質した際、周辺にある骸は老人へと引き寄せられていた。

 老人の最も近くにあった骸、それはヴァルカの亡骸。ヴァルカの亡骸はこの合わせ身の亡者に取り込まれていた。


 負の波動は骸を亡者へと変質させる作用を持つ。再度放たれた規格外に強烈な負の波動は、合わせ身の亡者に取り込まれていたヴァルカの亡骸にも影響を及ぼした。


 それは通常ならばあり得ぬこと。すでに取り込まれている亡骸は完全に合わせ身の亡者を構成する一部となり、独立して行動することなどあり得ないのだから。


 しかし、強靱な魂を持つ者ならば。絶望を知り、絶望を乗り越え、命を懸け、そして死してなお貫き通さんとする強き意志を持つ者であるならば、重なり合った偶然が奇跡を起こす。


 同根相克。暗殺部隊の老人が素となった合わせ身の亡者とヴァルカは同じ一つの身体で繋がり合いながら、互いが互いを攻め合っている。


 ヴァルカは合わせ身の亡者を締め上げ、動きを止めんとする。合わせ身の亡者はヴァルカを引き千切り、あるいは取り込み、邪魔させまいとする。

 ヴァルカは激しく抵抗するが、意識を持つことができたこと自体が奇跡。徐々にその動きは弱々しく緩慢となっていく。


 ファルハルドは深く息を吸う。剣を手に、強く地を踏みしめる。ヴァルカの思いを無駄にはしない。死しても貫くその意地を無駄にはさせない。覚悟を決め、剣を手にしたまま精神を集中し己の内を探る。


 存在の全てを懸けてファルハルドを助けんとする友の心意気に応え、ファルハルドもまたその全てを懸ける。


 精神を集中し、深く深く己が内へと潜る。探す。求め、見出みいだす。根源の領域へと至る道筋を。触れる。そこを満たすは強大な力。


 存在の根源となる魔力を使い果たせば、人の身はちりとなって崩壊する。

 ファルハルドには生きて帰るという約束がある。為すと誓った決意がある。誓いを果たさず死ぬことなど許されない。


 それでも。今ここで全てを懸ける。誓いも心意気に応えることも、どちらも同じだけ大事なことなのだから。愛する女性ひとも、肩を並べて戦う友も等しく大切な者なのだから。


 根源の領域を満たす魔力を引き出す。全身にみなぎる力と存在の揺らぐ激しい痛み。強く短く息を吐く。地を蹴る。疾駆。



 合わせ身の亡者は、咆吼と共に身にまとわりつくヴァルカの身体を引き千切る。感じていた。肌をひりつかせる恐るべき敵が迫っていることを。


 合わせ身の亡者は振り向いた。見た。力に満ちたファルハルドを。その戦いの才を存分に発揮するファルハルドを。


 腕を太く長く伸ばし、撓らせた腕でファルハルドを打たんとする。ファルハルドは迫る腕を斬り裂いた。

 合わせ身の亡者は胴から無数の腕を生やし、ファルハルドを貫かんとする。ファルハルドは躱す。止まらない。踏み込む。合わせ身の亡者は奇声を上げる。


 至近距離、手を伸ばせば互いに届く距離の攻防。


 合わせ身の亡者は無数の腕でファルハルドを前から横から背後から狙う。ファルハルドは右手から迫る腕を斬り裂き、最小の足捌きで身を滑らし腕が狙う位置から脱出。そのまま胴を薙ぐ。硬い手応え。愚癡の凝結を斬る。


 しかし、その程度では合わせ身の亡者は倒れない。

 わかっている。だからファルハルドは止まらない。根源の魔力を引き出し続け、合わせ身の亡者の周りを回りながら斬る。


 合わせ身の亡者は穂先の如く硬く尖らせた腕を、ファルハルドの進路に置き、待ち構える。

 ファルハルドは加速。盾の一撃に体重を載せ、待ち構える腕を砕いた。そのまま踏み込み、愚癡の凝結を突き刺した。体重を掛け下へと斬り裂く。そこから膝を使い、伸び上がり、愚癡の凝結を下から斜め上へと斬り上げた。


 合わせ身の亡者は身を震わせる。しかし、まだ倒れない。桁外れの再生能力をもって、斬られた断面を繋ぎ合わせる。愚癡の凝結までは治せない。だが、肉で愚癡の凝結を包み込み、崩壊を防ぎ戦い続ける。


 合わせ身の亡者は物量で攻める。至近距離で剣を振るファルハルドを狙い、鋭く尖らせた無数の腕を生やした。ファルハルドは剣に魔力をまとわせ、一気に無数の腕を斬り捨てた。


 ファルハルドは合わせ身の亡者を圧倒している。だが、倒しきれない。このまま戦い続ければファルハルドの限界が先にくる。もはやいつ魔力を使い果たし、その身が崩壊してもおかしくないのだから。


 このまま戦い続ければファルハルドの限界が先にくる。だが、戦いはこのままでは続かない。すぐ傍にもう一人、仲間がいるのだから。


 動きの素早い敵が得意ではないハーミは、この小柄な合わせ身の亡者の動きを捉えることができず、ここまで戦闘に充分に参加できてはいなかった。

 だが今、合わせ身の亡者はファルハルドに圧倒され、移動はできず同じ場所で戦うのみ。ハーミは手を合わせ、深く祈りに没入し祈りの文言を唱える。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 合わせ身の亡者とファルハルドは極近くにいる。撃ち出される不可視の拳はファルハルドをも巻き込む。だが、問題はない。不可視の拳は闇の存在のみを撃つ。


 強力な不可視の拳に撃たれ、刹那合わせ身の亡者の動きが止まる。

 決める。連撃。ファルハルドは愚癡の凝結を細切れに切断した。

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