129. 百折不撓 /その⑥
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場では悪獣や亡者と挑戦者たちが入り乱れ、混戦状態となっている。
村を襲っていた悪獣のうち、大半は殺され生き残っているものはもう残り少ない。村人たちは抵抗を続けながら、一部は怪我人の収容や柵の応急修理に回り、一部は外で行われている戦いに目を奪われている。
死せる悪獣たちは『蠢く屍』と化し、倒されていた蠢く屍は再び立ち上がる。
ただし、挑戦者たちが倒した小型の合わせ身の亡者に復活する様子はない。蘇ったのは合わせ身の亡者よりも下位の存在である蠢く屍のみだ。
蘇った蠢く屍たちは、村ではなく暗殺部隊の老人が素となった合わせ身の亡者の下へと向かう。挑戦者たちは進ませない。立ち塞がり、当たるを幸いに武器を振るい倒していく。
しかし蠢く屍の数は多く、人数少ない挑戦者たちでは手が回らず多くの亡者たちの接近を許してしまう。
亡者は進む。だが、合わせ身の亡者の下へは辿り着けない。この場には強力な魔術の使い手がいるのだから。
フーシュマンド教導が火の矢や小さな炎蛇を作り出し、近づく亡者たちを焼き尽くす。どうしても発生するわずかな取りこぼしは、ゼブとペールが倒す。
なんとしてでも、合わせ身の亡者の下には辿り着かせない。これ以上の合わせ身の亡者の強化を許す訳にはいかないのだから。
合わせ身の亡者と魔導石人は互いを削り合う。
魔導石人の攻撃は単純。ただ拳を固め殴りつけるだけ。技巧もなければ、特別速い訳でもない。
しかし、頑丈で怖れを知らぬ石人は、深く踏み込み、何度攻撃をくらおうとも平然と拳を繰り出し続ける。
合わせ身の亡者は石人の攻撃を避け、長く撓らせた腕で打つ。といって、石人の攻撃を全て避けられる訳ではない。
なぜなら、誘導されているから。ファルハルドへの執着に囚われた合わせ身の亡者は石人と戦いながら、同時にファルハルドへの攻撃も続けている。当然取れる位置取りは限定される。
そのためファルハルドは、休むこともなく囮として攻撃を引きつける役を熟している。
合わせ身の亡者は石人を太い腕で打ち、ファルハルドへは別に生やした多数の細い腕を使い、囲み込む形で襲いかかる。動きが鈍っている今のファルハルドにはその包囲から飛び出すことも、全てを躱すこともできない。
だが、問題ない。ファルハルドは一人ではないのだから。バーバク、カルスタン、ファイサルが迫る多数の腕を叩き斬り、薙ぎ払い、引き千切る。それでも間に合わない攻撃をハーミが光壁で防ぎ、不可視の拳で叩き潰す。
合わせ身の亡者からはさらなる攻撃。右半身全ての部位から腕を生やし、圧倒的な数と量を向ける。
いかなバーバクたちでも、この全てに対応することはできない。なんとか半数は止めた。残りの半数の腕が、ファルハルドを捕らえ、貫き、叩き潰さんと迫る。
吹き荒れる突風。アリマが、離れた位置から風の刃を巻き起こし、ファルハルドに迫る腕を切り裂いた。風の刃から逃れたわずかな腕をファルハルドは躱し、斬り落とした。
戦いは均衡する。しかし、均衡は永遠には続かない。均衡が崩れる場所、それは。
魔導石人が拳を握り合わせ身の亡者を打つが、寸時打った姿勢のまま停止し、次の動作が遅れた。合わせ身の亡者は撓らせた太い腕で石人を打ち据える。打たれた箇所の石が砕け、損傷する。
今までならすぐに周囲から石が引き寄せられ、損傷箇所を修復していた。しかし、今は。新たな石が引き寄せられる速度が鈍り、修復速度も落ちている。
少し離れた位置から魔導石人の戦いぶりを見守っているザイードは、苦い顔で圧し折らんばかりに手にする杖を握り締める。魔導石人の背中に取り付けている光輪の輝きが消えかかっている。これ以上、魔導石人を稼働させられない。
ザイードは大声で上機嫌に笑い、元気いっぱいに見えたが、実際には光輪の作成に保有魔力のほとんどを使用していた。
触媒を利用したところで、物質化するほど高密度に魔力を凝集するには莫大な魔力を必要とする。新しい光輪を作成できるだけの魔力の余力はない。
フーシュマンドやアリマも魔術を放っている状態。こちらにも余裕はない。
見る間に魔導石人の動きが鈍り、途切れ途切れとしたものになっていく。合わせ身の亡者は容赦なく打ち据える。
腕部分を砕かれる。もはや攻撃を繰り出せない。脚部分を壊される。立っていられない。転がり泥濘んだ地面に横たわった魔導石人を、合わせ身の亡者は踏みつける。
「あぁっ」
ザイードは悲鳴を上げた。魔導石人は身体の中心にあった文様を刻んだ石を砕かれ、ただの石の集まりへと還った。
魔導石人が消え、合わせ身の亡者はその全ての攻撃をファルハルドへと向ける。
背後からアリマが風の刃を放ち、合わせ身の亡者の背中を切り裂いた。傷は即座に修復される。魔導石人の相手に割いていた労力が必要なくなったことで、再生能力が上がっている。
ファルハルドに向けた攻撃はハーミが光壁で防いだ。合わせ身の亡者は苛立ったのか、太い二本の腕をより太く長く伸ばし、乱雑に振り回す。
ハーミの光壁に守られ、ファルハルドたちにはその攻撃は届かない。しかし、何度も瘴気をまとった強い攻撃を加えられ、光壁には亀裂が入る。
腕はフーシュマンドたちをも襲う。アリマが腕を切り裂き、フーシュマンドが傷口を焼くことで攻撃と再生を妨害するが、フーシュマンドたちの意識が太い腕への対応に向いた隙を衝き、合わせ身の亡者は細い腕を長く伸ばし近づいて来る亡者に触れた。
たちまち亡者は合わせ身の亡者に吸収された。合わせ身の亡者の傷は修復され、力と瘴気が増す。
合わせ身の亡者は多数の細い腕を生やし、その腕に瘴気をまとわせファルハルドを襲う。
ファルハルドたちは魔導石人が戦っている間に多少は疲労から回復している。迫る腕を叩き斬り、合わせ身の亡者へ向け踏み込んだ。
合わせ身の亡者は寄らせない。細い多数の腕による攻撃に、太く撓らせた腕での攻撃を併せ、ファルハルドたちを近寄らせない。
そのファルハルドたちに集中した合わせ身の亡者に対し、アリマが今まで以上に巨大で鋭い風の刃を放つ。
「真理の扉をいざ開かん。我が一なる意志に従いて、無形の刃は断ち切らん」
風の刃は合わせ身の亡者を背後から襲い、その身を四散五裂に切り裂いた。
しかし。合わせ身の亡者は、その身をばらばらに切り裂かれようとも終わらない。
切り裂かれた身は地に落ち、蠢く。蠢く肉は各個に寄り集まり、寄り集まった身は複数の人型を形作る。合計四体、巨大であった合わせ身の亡者は、四体の人と変わらぬ大きさの合わせ身の亡者となり襲い来る。
一体はフーシュマンドたちに、一体はゼブとペールに、そして二体がファルハルドたちに襲いかかる。




