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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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128. 百折不撓 /その⑤



 ─ 8 ──────


 ファルハルドたちが柵外へと出ると同時に、合わせ身の亡者は反応する。


 それまではゆっくりとした歩み、今はファルハルドへ向け走り出した。特別素早いと言うほどではない。ないが、巨体らしい一歩の大きさで見る間に距離を詰めてくる。


 まだ離れた位置で右腕を振りかざす。腕が伸びる。その伸展速度は速い。先端を槍の穂先状に変形させ、真っ直ぐにファルハルドを狙う。


 ファルハルドはその足捌きでかわす。腕はファルハルドを追いかける。ファルハルドは敵を引きつけつつ躱し、仲間に合図を送った。


 この合わせ身の亡者はファルハルドに固執している。昨日合わせ身の亡者と戦った時とは逆に、今回はファルハルドがおとりとなって敵の攻撃を引きつけ、仲間たちに敵本体への攻撃を任せた。


 この合わせ身の亡者のまとう瘴気はそれほど強いものではない。バーバクたちなら、体内魔力を活性化させることで充分に抵抗できる。

 ただし瘴気は、周囲から骸が集まるごとにわずかずつ濃くなっていく。のんびりと時間を掛けてはいられない。


 ファイサルとペールはひびだらけの光壁を顕現し、攻め入るバーバクたちを守る。バーバクは魔法剣術を、カルスタンとゼブは付与の粉により武器に魔力をまとわせる。


 全員が疲労し、手持ちの付与の粉はこれが最後。この一撃で決めんとバーバクたちは全力の攻撃を繰り出した。


 しかし、攻撃は当たらない。


 合わせ身の亡者はどんな骸が寄り集まってできているかで形態も特性も大きく変わる。

 この合わせ身の亡者の大本となり、その意識を形作っているのは暗殺部隊の老人。ファルハルドを越える身熟みごなしの素早さと巧みさを持った人物。


 人であったときよりは劣るとはいえ、亡者となってなお充分な速さと巧みさをもってバーバクたちの攻撃を避けてみせた。


 合わせ身の亡者は無造作にバーバクたちを蹴り飛ばした。この合わせ身の亡者は巨人に匹敵する巨体。ろくに技術もないただの蹴りで、バーバクたちをまとめて吹き飛ばした。


 光壁の守りもあり、負傷はない。しかし、バーバクたちは全てを籠めた攻撃を避けられ、ファイサルたちの光壁も消滅した。これ以上、打つ手がない。


 だが、諦めない。バーバクたちは武器を振るい、果敢に攻める。多くの攻撃は避けられ、やっと与えられる傷も軽度。効いている様子はまるでない。それでも攻める。なんとしてでも倒さんと、攻撃を重ね、小さな傷を積み上げていく。


 ファルハルドは自らに迫る腕を躱し、斬りつける。敵はファルハルドを狙い、同時に攻めかけてくるバーバクたちをうるさそうに薙ぎ払った。


 ゼブとペールの二人が攻撃をくらい、投げ飛ばされた。深刻な負傷は生じていない。

 ただ、疲労や近接戦の戦闘技術から、今の二人ではこれ以上この合わせ身の亡者の相手をするのは厳しい。二人はこの合わせ身の亡者の相手から外れ、周囲から襲いかかってくる別の敵と戦う。


 だいぶ減ったがまだまだいる悪獣たちは、この合わせ身の亡者を恐れ近づいては来ない。集まり来るは亡者たち。うごめしかばねたちは、まるでこの合わせ身の亡者に引き寄せられるように近づいてくる。


 ゼブとペールは戦う。バーバク、カルスタン、ファイサルの邪魔をさせぬと、次々と集まってくる亡者たちを排除する。


 この合わせ身の亡者の再生能力は、昨日戦った合わせ身の亡者よりも劣っている。バーバクたちは移動を妨害するため、下半身を中心に攻撃を重ね、ついに刃は骨に達した。一気に脚を落とさんと、バーバクたちは踏み込んだ。


 合わせ身の亡者は大きな負傷を受けたことにより、初めてバーバクたちに意識を向けた。腰付近より無数の細い腕を生やし、踏み込んだバーバクたちの足を絡み取る。

 雨に濡れた地面では踏ん張りは弱くなる。バーバクたちは足を取られ転がされた。即座に合わせ身の亡者は左腕を刃状に変化させ、振り下ろす。


 バーバクたちに意識が向いたことで、向けられる攻撃が緩んだファルハルドが、剣を振りかぶり跳び込んだ。バーバクたちに振り下ろされようとした太い腕を斬り飛ばした。


 『呪われし亡者』は屍が闇の怪物に変じたもの。死者が素となった亡者は当たり前の痛みを感じない。腕を斬り落とされながら平然と右腕を刃状に変化させ、再度バーバクたちを狙う。


 ファルハルドもバーバクたちも間に合わない。刃は迫る。



 そこに響く祈りの文言。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 闇の存在のみを撃つ力強い不可視の拳が振り下ろされる腕を砕いた。ハーミが仲間の危機に駆けつけた。見れば、他の挑戦者たちも悪獣、亡者と戦いながらこの場を目指し、進んでいる。


 ハーミは合わせ身の亡者相手に身構えながら、バーバクへと笑って見せた。


「どうした、なにを寝ておる。眠いのなら、下がって休んでおれ」


 バーバクは足に絡みつく腕を引き千切り、笑い返す。


「馬鹿野郎、少し泥遊びを楽しんでただけだ」


 カルスタンとファイサルも礼を言って立ち上がった。合わせ身の亡者はバーバクたちを攻めるが、その攻撃はハーミが光壁を顕現し防いだ。離れた位置では、今もファルハルドが激しい攻めを引きつけながら躱している。


 ハーミが加わったことで、バーバクたちは息を吹き返した。攻撃の手数が増え、与えられる傷が大きくなる。それでも、やはり形勢を変えるには及ばない。


 痛みを感じない亡者が攻撃を避けるようとすることは少ない。しかし、この亡者は。巧みで素早い動きで攻撃を避ける。そして繰り出す攻撃には少しずつ濃くなる瘴気をまとわせ、ただの打撃で灼けるような痛みを生じさせる。


 疲労により、ファルハルドの動きからもきれが失われてきた。躱しきれぬ攻撃がファルハルドを打つ。


 ファルハルドは盾を当て、らした。逸らされた腕から新たな細い腕が生える。ファルハルドは打たれ、投げ飛ばされた。合わせ身の亡者は腕をしならせ、ファルハルドを打ち殺さんとする。


 ハーミが光壁を顕現し、守る。しかし、バーバクたちにも次々と攻撃は迫る。ハーミはファルハルド相手と同時に、バーバクたちにも光壁を展開した。同時展開により、一つ一つの光壁の強度は落ちてしまう。


 合わせ身の亡者はファルハルドを狙う腕に瘴気を集中させた。濃密な瘴気をまとった一撃で、ファルハルドを守る光壁は砕け散る。ファルハルドは躱せない。太い腕がファルハルドを打つ。


 なんとか跳びながら受けることで、可能な限り打撃の勢いを殺した。ファルハルドは泥濘ぬかるんだ地面を転がった。致命傷は避けられた。しかし、すぐには立ち上がれない。追撃が来る。ファルハルドには避けられない。



 ファルハルドを叩き潰そうとした腕は、その眼前で風の刃に切り裂かれた。


 風の刃を生み出したのは、巨大な人型に抱えられた女性。その巨大な人型に抱えられた者はもう一人いる。

 生えるに任せている髪の毛を無造作に伸ばし、手には古木を磨いた杖を持ち、袖口や裾が擦り切れて襤褸襤褸になった薄墨色の長衣を着た初老の男性。


 フーシュマンド教導とその弟子が護衛役の挑戦者たちを置き去りにし、周囲を囲む悪獣や亡者を蹴散らし駆けつけた。


 フーシュマンドたちを抱える巨大な人型は、石によってできている。ぱっと見には『動く石人形』にも似ている。

 ただ、警戒心は起こらない。フーシュマンドとアリマが安心して抱えられているのだから。すぐ後ろに、楽しげに高笑いを上げている人物がいるのだから。


「良いぞ。我が改善策は完璧だ。ぬはははははっ、絶好調ではないか」


 ザイードは、周囲の様子を気に掛けることなく上機嫌に笑っている。


「さあ、魔導石人よ。あの醜い腐肉の塊を叩きのめせ」


 魔導石人は抱えるフーシュマンドたちを少し乱雑に地面に落とし、合わせ身の亡者に殴りかかった。


 その一撃は重い。ただ一撃で合わせ身の亡者の肉をえぐる。合わせ身の亡者は反撃。魔導石人の打たれた箇所は、身を形成する石が砕ける。


 合わせ身の亡者、魔導石人、両者は互いに攻撃をくらいながら、止まることなく互いを打ち合う。


 両者は打たれ身体を損なえども、それぞれが周辺に転がる骸と石を引き寄せ身体を修復する。損傷と再生を繰り返し、自らの損傷を気に掛けることなく、戦い続ける。


 合わせ身の亡者は魔導石人と打ち合いながらも、ファルハルドやバーバクたちへの攻撃も継続する。しかし、その程度は緩んだ。ファルハルドたちには余裕が生まれ、態勢を立て直すことができた。


 ハーミが皆に治癒の祈りを祈って回る。祈りを受けながら、魔導石人が戦う様子に目を向ける。なにかの光が視界の隅をぎる。よく見てみれば、魔導石人の背中でなにかが輝いている。


 それは光輪。魔導石人を稼働させるため、ザイードが施した改善策がこれだ。

 触媒を利用し、物質化するまでに高密度に凝縮された魔力の塊がその正体。その魔力の塊を外付けすることで、動かなかった魔導石人を稼働させたのだ。


 気になる点が一つある。光輪の光は徐々に弱まっている。取り付けた光輪の魔力を使い果たした時、再び魔導石人の動きは止まる。


 ファルハルドたちにその詳細はわからない。それでも、この石の人型の稼働時間に限界があるだろうことは予想がつく。ならば、この間に、とファルハルドたちは攻める。


 魔導石人とファルハルドたちの攻撃は、ついに合わせ身の亡者の再生能力を上回った。損傷は蓄積し、合わせ身の亡者の身はじりじりと削られていく。



 しかし、戦いはまだ終わらない。この合わせ身の亡者は追い込まれることで、秘められた能力を開花させた。


 追い込まれた合わせ身の亡者は、その全身を震わせる。それぞれが勝手に恨み言を述べていた、全身にある怨みに醜く歪んだ顔が一斉に咆吼を上げた。


 放たれたのは声にならない咆吼、負の波動。負の波動は紆濤うねりとなって一帯を走る。負の波動が走り抜け、生者は悪寒を覚え、死骸は亡者と変じ、倒されていた亡者は再び動き始めた。


 動き始めた無数の亡者たちは一点に向け、進む。向かう先は合わせ身の亡者の下。

 戦いは激しさを増す。

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