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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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127. 百折不撓 /その④



 ─ 6 ──────


 空には雲が増え、ぽつりぽつりと雨が降り始める。


 喧噪の場所に辿り着く前に、ファルハルドたちはなぜ騒ぎが起こっているのか、その理由を理解した。

 悪獣が牙を剥き出し、襲い来る。その悪獣の身は骨が剥き出しとなり、肉は半ば腐っている。この場で『呪われし亡者』が発生している。


 今、ファルハルドたちに襲いかかってきたのは、単に死骸が再び活動し始めただけの『うごめしかばね』。

 ファルハルドたちであるならば、倒すに容易い相手。救援に駆けつけた歴戦の挑戦者たちをして、騒ぎとなることはない。だからあり得るのは、より強力な亡者が発生しているということ。


 近づき、見えた。ファルハルドたちが戦った相手とも似た合わせ身の亡者が暴れている。それも一体だけではない。すぐに見える範囲内だけでも三体が。そして、おそらくはもっと数多く。


 大きさはファルハルドたちが相手取った合わせ身の亡者よりも二回りは小さく、再生能力も低いようだ。

 ただし、素早い。獣の素早さを保持している。合わせ身の亡者は長く伸ばした腕を鞭のようにしならせ、駆け巡る。



 ファルハルドたちは敵の姿を確認し、そのまま村内に入った。


 挑戦者たちは苦戦している。しているが、決してかなわない訳ではない。あくまで手古摺てこずっているというだけの話だ。

 連戦に肉体を酷使し、限界まで疲労しているファルハルドたちが手を貸すまでもない。今のファルハルドたちが加われば、逆に足を引っ張りかねないからでもある。


 よってファルハルドたちは村人と共に、村内に押し寄せる悪獣を撃退することに専念する。




 一方、打ち捨てられている暗殺部隊の老人には、まだ息があった。


 暗殺部隊に伝わる各種秘薬を服用している老人は、バーバクにより胴を両断されてもまだ完全には死んでいなかった。地面に横たわったまま、瞳孔が開いた目を見開き、狂気に染まった笑みを浮かべている。


 老人は自らの懐に手を入れ、取り出した。取り出したのは抜き身のナイフ。それはまだらに濃淡のある、光を吸い込む闇色の結晶体、『愚癡ぐち凝結ぎょうけつ』をナイフの形に削り出した物だった。


 老人は取り出したナイフを自らの胸に突き立てた。


 濃密な負の気配が一気に膨らむ。膨らんだ負の気配は辺りを包み、物理的な力を伴い渦巻き始める。その渦の中で、一帯の死骸は半ば崩れながら老人へと引き寄せられていく。


 老人の身体は変質していく。老人の笑みは高笑いへと変わった。


「いひひひっ、ひひゃひゃひゃっ。ふふっ、いっ、ひゃっ、ひゃっひゃ、ひゃぁアァアァァァッァァァァッァァッ」


 渦が止み、高笑いが止んだ時。そこにはもう、人の姿はなかった。闇の怪物が歩み出す。




 ─ 7 ──────


 村に帰還したファルハルドたちは北東部分を守る戦いに加わった。悪獣たちの攻めは激しくとも、この攻撃さえしのげればと希望の見えている皆は力強く戦う。


 目の前の悪獣を倒し南の方角に目をやれば、けぶる霧雨の向こうに合わせ身の亡者の身体がくの字に折り曲がる姿が見えた。戦神の神官による不可視の拳が合わせ身の亡者の身をえぐり、打ちのめしたのだ。


 よくよく見てみれば、その不可視の拳を放った神官はハーミだった。


 不可視の拳を放ち合わせ身の亡者を打ちのめしたと思えば、振り返り迫る悪獣を鉄球鎖棍棒で殴りつけ、さらには危険に陥った挑戦者を守りの光壁で守る。八面六臂、ハーミは生き生きと戦っている。


 そして他の挑戦者たちも武器を振るい、合わせ身の亡者を斬りつける。ただ、ハーミの不可視の拳と較べれば、あまり効いていないように見えた。亡者相手には武器による攻撃よりも、法術による攻撃のほうがより有効だということだろうか。


 さらに離れた位置では、別の合わせ身の亡者の全身に穴が空き、雨にも消えぬ勢いで燃え上がっていた。これも誰かの法術、あるいはフーシュマンド教導の魔術によるものか。


 ファルハルドは思い出す。昔、パサルナーンを目指し旅した時、泊まったパサルナーン高原にある村の村長に聞かされた話を。

 元挑戦者であるその村長は言っていた。巨人たちの階層から先は、魔術の使い手がいないと進むのが難しくなると。


 こうして、実際にファルハルドが剣で戦い苦戦した敵を魔法により効率的に倒す姿を目にすれば、その意見もなるほどと頷けた。


 やはり魔術や法術などの魔法を使える者がいれば、採れる戦い方の幅が大きく広がる。仲間と力を合わせる重要性もよくわかる。



 ファルハルドがハーミたちの戦いに気を取られていた時、北東部分で戦っている村人たちが悲鳴を上げた。その姿を見てしまったが故に。その気配に打たれてしまったが故に。


 村人たちの視界に入ったもの。それは複数体の骸が寄り合わさったもの。巨大な人型を取り、遠目には腐乱した巨人の死骸にも見えなくはない。そう、遠目でならば。


 その姿をはっきりと目にした者は誰もが思う。忌まわしい。存在すること自体、決して許されないと。


 その血のしたたる肉や腐乱した肉で構成された身体は『呪われし亡者』らしい特徴。それだけならば、他の場所で暴れている合わせ身の亡者たちと変わらない。


 だが、この亡者は。


 この合わせ身の亡者の全身には無数の顔が張りついている。

 素となった獣や人の苦痛に歪み、怨みに歪んだ顔が。横顔が視界を掠めるだけで魂を侵食されるほどの、深い怨嗟に染まりきり、醜く歪んだ顔が。


 その全身にある無数の顔は、絶えず休まず声を上げている。

 死せる者の怨みの声を。生ける者への怨みの声を。訴え続けている。なぜ、我々は死ななければならなかったのかと。なぜ、お前たちは生きているのかと。なぜ、こんな不平等が許されるのかと。なぜ、なぜ、なぜ、と。なぜ、なのかと。訴え続けている。


 そして、この怪物自身の顔も一つの声を上げている。その部位には明確な目鼻などはない。あるのは漠然とした穴。そこから、ただ一つの名だけを繰り返し呼んでいる。


「ファ……ド。……ルド。……ハァァァァルド。ファァァル、……ハァァァルゥドォォォォォ。ファァァァルハルゥゥゥゥゥドォ」


 ファルハルドへ向ける強い執着。ファルハルドにはわかる。この怪物の正体が。あの暗殺部隊の老人が素体となった合わせ身の亡者なのだと。


 この怪物はファルハルドを求め、村へと迫ってくる。この怪物を決して村に近寄らせてはならない。


 この怪物は、昨日戦った合わせ身の亡者など比較にもならないほどの、強烈で陰惨な負の気配をまとっている。あまりに濃厚で、あまりに陰鬱な負の気配は、もはやただの気配に留まらない。


 この怪物の進路から逃れ遅れた悪獣は気配に当てられ倒れ、倒れた悪獣の身はぼろぼろと崩れ、この怪物に取り込まれていく。濃厚な負の気配は瘴気と化し、触れるものをむしばんでいく。


 ファルハルドはこの敵を迎え撃つため、柵外へと飛び出した。

 仲間たちも止めはしない。共に迎え撃つ。ファルハルド、バーバク、カルスタン、ゼブ、ファイサル、ペール。仲間たちは力を合わせ、この敵に立ち向かう。

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