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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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124. 百折不撓 /その①



 ─ 1 ──────


 救援に駆けつけた挑戦者たちは力強く武器を振るい、悪獣たちを殺していく。悪獣たちは恐れを知らない。隣で仲間が殺されようともひるまない。村を目指す挑戦者たちの歩みは遅々としたものとなっている。


 フーシュマンド教導たちは魔術を次々と放ち、悪獣を斬り裂き、押し潰す。


 フーシュマンドはその杖の先から無数の火の塊を生み出した。弟子の女性、アリマが不思議の言葉を唱えれば、場には不自然な風が吹きすさぶ。生じた風に乗り、フーシュマンドの火は高く広く舞い上がった。


 もう一人の弟子であるザイードは、懐から不思議な文様が刻まれた石を取り出した。その石を離れた位置に投げ、不思議の言葉を唱えた。周囲にある石が震え、動き始める。多数の石が文様の石へと集まり、集まった石は巨大な人型を形作った。


 護衛に付いていた挑戦者たちはざわついた。それは無闇にでかいことを除けば、まるで『むさぼる無機物』の一つ、石人形のようにも見えたから。


 ザイードは挑戦者たちの反応に構うことなく上機嫌に笑い、古木を磨いた小振りの杖を振る。


「ぬははははっ、成功だ。これぞ我が魔導の神髄、『魔導石人』なり。さあ、魔導石人よ、その力を振るい、悪獣たちを蹴散らすのだ」


 ザイードの言葉に反応し、魔導石人は一歩を踏み出し、そして止まった。


 挑戦者たちは無言でザイードを見詰める。ザイードはしばし考え、ぽんと手を叩いた。


「なるほど。刻んだ術式は機能しているが、必要な魔力容量の見積もりを誤ったか。要改善だな」


 ザイードはぶつぶつと改善点について検討し始めた。護衛役の挑戦者たちから向けられる、こいつぶん殴ってやろうかという視線に気付くことはない。



 バーバクたちは、悪獣たちの激しい襲撃から懸命に村を守る。全員が限界まで疲労している。しかし、挑戦者たちが駆けつけたことはわかっている。攻め寄せる悪獣を押し留めるだけなら、充分にできる。懸命に戦い、挑戦者たちが辿り着くまで村を守り抜く。



 そして、ファルハルドは。


 ファルハルドは駆け抜ける。立ち塞がる犬の悪獣を斬り捨て、狼の悪獣の首をねる。


 狼の悪獣が二頭、左右から同時に牙を剥き出し襲い来る。

 不意に空が明るくなった。辺り一帯にフーシュマンドたちが放った火の矢が降り注ぐ。ファルハルドはかわす。悪獣たちは火の矢に貫かれ、焼け死んだ。


 猪の悪獣が突っ込んでくる。跳躍。跳び越え、首の付け根を剣で刺す。

 着地点に四方から悪獣が迫る。宙で身をひるがえし、迫ってきた悪獣の頭を蹴りつけ再度の跳躍。そのまま、悪獣たちの身を踏みつけ、渡っていく。


 今の目的は悪獣の群れに指示を出す悪獣使いのかしらを倒すこと。悪獣の殲滅は新たに駆けつけた挑戦者たちに期待し、ファルハルドは悪獣使いのかしらの下へと辿り着くことを優先する。


 襲いかかってくる悪獣を躱し、立ち塞がる悪獣を斬り捨て、ファルハルドは駆け抜ける。


 見えた。悪獣たちの間に身を隠すようにしている人物が。少し霞んでいる今のファルハルドの目には、その人物の様子は事細かにはわからない。しかし、悪獣の群れの中に無事に身を置く人物が当たり前の人物である訳がない。

 ファルハルドはその人物を目指し、突き進む。


 悪獣使いのかしらは迫るファルハルドを見、骨でできた笛をくわえ強く吹いた。甲高い笛の音が響き渡る。周囲にいる悪獣たちは反応する。一斉にファルハルドに襲いかかった。


 ファルハルドは跳躍。迫る悪獣を跳び越え、一気に悪獣使いのかしらへと迫る。悪獣使いのかしらの反応は遅れた。迫るファルハルドの刃は避けられない。



 だがこの時、一つの影がファルハルドへと忍び寄っていた。

 悪獣使いのかしらに肉薄するファルハルドを、悪獣の間に身を隠したナイフを握る小柄な人影が襲う。




 ─ 2 ──────


 小柄な人影、暗殺部隊の老人に気配はなく、音もない。位置取りは巧み。死角から狙う、その攻撃をファルハルドはとらえることはできなかった。


 だが、躱す。躱せた理由は一つ、この攻撃を予想していたから。


 暗殺部隊との豊富な戦闘経験を持ち、敵がファルハルドを釣り出そうとしていることも理解していた。だから、こうして飛び出せば、必ずや狙ってくると考えた。


 そして、狙うに最も効果的な機は、ファルハルドが悪獣使いのかしらへの攻撃に意識を集中した一瞬。必ずやこの一瞬を狙ってくると予想していた。


 ファルハルドは躱す動作をそのまま悪獣使いのかしらへの攻撃へとつなげ、その喉笛を斬り裂いた。


 しかし、その余分な動作は暗殺者が付けいる隙を生じさせた。老人は無音の踏み込みでナイフを繰り出す。

 ファルハルドは躱せず、なんとか盾を当てらすが、老人は素早い。らされたナイフを即座に返し、息つく間を与えず攻撃を繰り出してくる。


 ファルハルドはその全てを躱し、らせるが、全てがぎりぎり、余裕はない。

 この老人はやはり手強い。以前、感じた通り、その身熟みごなしはファルハルドよりも素早く巧み。こうして向かい合っていてすら、気配を感じさせることもない。


 ファルハルドがまさっているのはイシュフールとしての身軽さと感覚の鋭さ。

 だが、疲労困憊している現状、身軽さは確実に勝るとは言えない。そして、感覚の鋭さも。


 昨日、村内に侵入した暗殺者の毒血で目が少し霞んだまま、まだ完全には回復していなかった。視力回復の薬は持っておらず、ファイサルやペールにも余裕がなく、治癒の祈りを受けることができなかった故に。


 よって老人の動きをとらえることは難しく、態勢を立て直す切っ掛けを掴むこともできない。


 もし、ここにいるのが老人とファルハルドだけであったのなら、すでにファルハルドは殺されていた。

 しかし、悪獣使いのかしらが倒れたことにより、付近の悪獣たちは制御を失っている。悪獣たちはその習性に従い、ファルハルドに襲いかかり、同時に暗殺部隊の老人にも襲いかかっている。

 そして時折、フーシュマンドたちが放った魔術も不規則にこの場に届いている。


 そのお陰で両者は戦いの拍子を乱され、ファルハルドは未だ命を繋ぐことができている。だが、このままいつまでもは保たない。


 この老人は襲い来る悪獣をその身熟しで避け、ナイフで浅く斬る。それだけで、斬られた悪獣は泡を吹き、ひっくり返ってそのまま死んでいく。

 老人が手にするナイフには間違いなく猛毒が塗られている。ヴァルカを刺した時に塗られていた毒が。ファルハルドでも耐えられない猛毒が。


 動きでまさる敵が掠り傷一つで殺せる武器で攻めてくるこの状況、いかなファルハルドでもいずれ刃を受け殺される。そして、状況を打開する道筋も見えない。



 ファルハルドが、救援がやって来たこの時に村を飛び出し、悪獣使いのかしらを狙ったのは、万が一にもこの危険な敵の村内への侵入を避けるため。


 これまでの有利な状況がひっくり返った今、敵はファルハルドを殺すためになら、いよいよ手段を選ばずどんなことでもしてくるだろう。それでは、村人にどれほどの被害が出るのか予想も付かない。


 だからこそ、敢えて標的であるファルハルドが村の外に身を置くことで、敵にとって命を狙いやすい機会を作り、他の者が巻き込まれることを防いだ。


 だから、これはファルハルドの望んだ状況。しかし、想定以上に厳しい状況。打開する糸口も見えないまま、ファルハルドは抗う。


 力みは要らない。気負いも要らない。必要なのは、凍りつくような冷静さ。冷静な見極めを武器として、傷一つが致死となる攻撃を凌ぎ続ける。


 横手から悪獣たちが二人に襲いかかる。

 ファルハルドはその足捌きで躱し、剣で斬り捨てる。老人はその身熟しで避け、ナイフで斬りつける。老人はその動きをそのままファルハルドへの攻撃に繋げた。


 ファルハルドは身を引き、躱した。老人は右手に持つナイフを投げ、踏み込み左手で掴み、流れるような滑らかな刺突。この老人に利き手はない。左右どちらの手も全く同じに使え、自在に持ち替えられる。


 急にナイフを持つ手を切り替えられた時には、それまでの拍子を崩され避けるための反応が遅れてしまう。素早く、空間把握能力に優れるファルハルドをして紙一重。


 ファルハルドは想定を変える。この老人が持つナイフを一本だと思ってはならない。実在するナイフは一本であっても、左右両手にナイフを持っている、そう考え対処しなければ反応が間に合わない。


 老人は攻める。攻める。攻める。ファルハルドは凌ぐ。凌ぐ。凌ぐ。ファルハルドは一方的に押されながら、なんとか凌ぐ。



 そして、その凌ぎ続けた時間が活路を生む。


 それは南から駆けつけた。老人を狙い鋭く繰り出された槍の穂先を、老人はその身熟しで避けた。


 ファルハルドも駆けつけるその人物たちに気付いていた。バーバク、ヴァルカ、ファイサルがファルハルドの危機に駆けつけた。

 今話が全九回。今話終了後、二、三週更新お休みします。

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