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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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120. 分水嶺 /その④



 ─ 6 ──────


 東の空から朝日が昇り、日はカルドバン村を照らす。


 日が差し、悪獣たちからの圧力は幾分か弱まった。しかし、激しく攻め寄せてきていること自体に変わりはない。村を包囲し襲う悪獣たちは、多くが殺されその数を半減させている筈だが、見える範囲内ではそこまでは減ってはいない。悪獣使いたちによる悪獣の補充が行われているためだ。


 柵傍に転がる多数の悪獣たちの死骸も、積み上がるまでには至っていない。他の悪獣たちによってむさぼり喰われているがために。


 悪獣の大群による襲撃が始まってより、今日で九日目。さらに昨晩は待機中の者たちも全て投入した上で必死に抵抗した。村人たちは全員が疲労困憊している。

 武器を手に戦う者たちは頬がけ、目は落ち窪み、歩くだけでふらつく者もいるが、全員が奇妙に目をぎらつかせている。心が燃え盛っている証拠だ。


 村人たちが懸命に戦うなか、ファルハルドたちも村人たちと力を合わせ戦っている。ゼブが北東部で、カルスタンが南東部で、そしてファルハルドが北西部で戦う。バーバクたちは目を覚ますこともなく眠り続けている。


 攻め寄せる敵の中に見えるのは、悪獣と悪獣使いのみ。悪獣使い以外の悪神の徒の姿は見えない。昨夜までの戦いで全員を倒したのか、もし仮に残っている者がいるのだとしても、極少数だけだろう。


 姿は見えない。見えないが、警戒すべき相手が残っている。ファルハルドを狙い、ヴァルカに毒のナイフを突き立てた小柄な老人。凄腕の暗殺者がひそんでいる。




 北東部。声を出し続けているゼブはしわがれ声になりながら、今も指示を飛ばし続けている。


「ロヒット、ハモン、交代だ、後ろに下がれ。カピラ、イスモ、穴を埋めろ。踏み込み過ぎるな、槍で突け」


 ゼブは一人一人の名を呼びながら細かく指示を出している。


 ゼブがパサルナーンのガッファリー家に仕えて三十有余年。その間には共に仕える者たちをまとめ上げていたこともあれば、非常事態にその場にいる一般人たちも含めて多人数の心を一つにすることで切り抜けた経験もある。


 ゼブは村人たちに余裕がなくなってきているこの現状で、指示するにはなにが必要なのかを知っている。誰がなにをしなければならないのか、指示は可能な限り明確かつ具体的に行わなければならない。自身戦いながら、わかりやすい指示を心がける。


 ゼブの的確な指示により、村人たちは戦えている。ゼブの指示がなければ、この最も厳しい襲撃を受ける北東部分の戦線はとうの昔に崩壊していたことだろう。


 そして、ゼブはその粘り強く抵抗する村人たちの姿に胸を打たれている。

 ゼブから的確な指示を貰えること、昼間ファルハルドたちが強敵を倒す姿を見ていること、いずれ救援がやって来ることを伝えられていること。それらのお陰があるとはいえ、ただの村人たちが困難極まりないこの襲撃に粘り強く抵抗していることにゼブは密かに感動していた。


 『折れぬ心持つオスク』と言い、背後には守らねばならぬ家族がいるとしても、手に負えぬ困難に出会えば、人は容易く心を折るもの。なのに、このカルドバン村の住人たちは、今も変わらず抵抗を続けている。


 ゼブは思う。村人たちを勝利させてやりたい、と。全員を生き残らせてやりたい、と。


 武に生きる者とはいえ、ゼブもすでに初老。数日続く戦いに、体力的にはきつくなっている。しかし、弱音を零すことはない。指揮を衰えさせることはない。懸命に戦う村人たちの姿から力を貰い、戦い続ける。



 南西部。カルスタンは力強く戦鎚を振り、柵を乗り越えようとした猿の悪獣たちをまとめて叩き殺した。


 カルスタンは身体中に包帯が巻かれている。満身創痍の痛々しい姿。しかし、その姿に弱々しさは全くない。次々に悪獣を叩き伏せ、ときに共に戦う村人たちに声を掛け鼓舞している。


 村人たちは高揚している。悲壮感などまるでない。この頼りになる力強い戦士と共に戦えることに気持ちをたかぶらせ、抵抗を続けている。



 そして、北西部。ファルハルドは剣を振るう。ファルハルドが村人たちに声を掛けることはほとんどない。わずかに「下がれ」、あるいは「右」など細かな指示をする程度だ。


 だからと言って、それを不満に思う者などいない。この場で戦うほとんどの村人たちよりも年若いファルハルドが、誰よりも多く、誰よりも激しく戦い、危険な状態に陥った村人を助けているのだから。


 そんな姿を見せられれば、当然村人たちも奮起する。悪獣たちがどれほど攻め寄せようとも、一歩たりとも村内に足を踏み入れさせはしない。




 皆が時の経過も忘れ戦ううち、いつの間にか日は中天に昇っていた。日の力が強まる刻限のためか、それとも多くの悪獣が殺されたためか、悪獣たちの襲撃は幾分(ゆる)やかなものとなった。


 この間に負傷者を下がらせ手当をし、休める者には食事を摂らせ休ませる。


 順繰りに休み、皆はファルハルドにも休んでくれと声を掛けた。ファルハルドは後方に下がり、息を整える。

 戦っている村人たちを見回す。巧みな戦い方ではないが、それぞれが懸命に戦い悪獣たちを倒している。これなら大丈夫そうだとファルハルドは気を緩め、大きく息を吐いた。


 食事を摂り終わった村人が、ラーメシュによって用意された食事をファルハルドにも差し出した。ファルハルドは器に手を伸ばす。

 しかし、その伸ばしかけた手は中途半端な位置で止まった。


 ファルハルドは不意に顔を上げる。村人は戸惑い、不審げな表情を浮かべた。

 ファルハルドがその表情を見ることはない。顔を向けるのは別の方角。鋭敏なファルハルドの耳は、今までとは異なる振動を聞き取っていた。


 即座に近くの建物の屋根に上り、振動を感じた方角に目を向けた。


 ファルハルドの身の毛がよだつ。その先に見えたもの。それは一塊となった猪の悪獣たちがまっしぐらに突進してくる姿だった。

 悪獣使いたちは人手の手薄な西側部分を狙い、猪の悪獣による防衛柵の破壊を目指してきた。


 ファルハルドは敵の接近を伝え、屋根を蹴る。屋根から屋根へと跳び移り、西側部分への最短距離を駆け抜ける。



 西側部分では、夜明け前に暗殺部隊の者や悪神の徒たちの侵入を許したことから、一時減らしていた配置する人数を今は元に戻している。

 しかし、一塊となり攻め寄せてくる猪の悪獣の数は四十頭を超えている。とてもではないが、今いる人数だけでは柵に接触される前に倒しきることなど不可能。


 これまでの襲撃で防御柵はあちらこちらが傷んでいる。ましてや、応急措置で最低限の修復をしているだけの破損箇所を攻められでもすれば一溜まりもない。


 柵の外の地面を覆っていた『合わせ身の亡者』のとろけた血肉は、朝日に当たりその大半が地面に染み込むようにして消えていた。


 それでもまだ所々に肉片が残り、腐肉の臭いも強く漂っている。こちら側に攻めてくる悪獣の数は少なかった。そのため、西側部分を守る村人たちは多くが待機の状態で身体を休めていた。


 最初に猪の悪獣の突進に気付いたのは、悪獣と戦っている者ではなくその待機中の者だった。慌て、大声で告げる。柵傍で暴れる悪獣たちのその向こう、離れた位置から一塊となった猪の悪獣たちが突進してくると。


 待機していた者たちは急ぎ弓を手に取り、矢を射掛けていく。一斉に矢を放ち、放たれた矢は次から次へと猪の悪獣たちの身に刺さる。一頭、二頭、三頭と倒れる悪獣が出てくるが、その勢いに変化なし。残りの悪獣たちは、矢が刺さろうともその勢いのままに駆けて来る。


 西側部分を守る村人は緊急事態を知らせる金物を打ち鳴らした。しかし、もはや助けは間に合わない。猪の悪獣は迫る。


「ひぃっ」


 迫る猪の悪獣の迫力に呑まれ、その進路上にあたる村人は逃げ出そうとした。釣られ、柵傍で戦っている他の村人たちの腰まで引ける。防衛体制が崩れかける。



 その時、屋根の上からファルハルドが飛び降りた。村人たちは驚き、動きが止まる。


 ファルハルドは村人たちに声を掛けようとはしない。

 ファルハルドが考えるのは一つ。敵の排除。ただそれのみ。


 止まることなく柵も柵傍にいる悪獣たちをも跳び越え、まっすぐに猪の悪獣たちへと走り寄る。


 その迷いのなく飛び出す姿に、村人たちは呆気にとられ一時的に恐怖を忘れた。

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