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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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118. 分水嶺 /その②



 ─ 4 ──────


 ファルハルドと暗殺部隊の者は、他の者たちとは距離を取り斬り結ぶ。両者にとって相手を自らの仲間に向かわせる訳にはいかないために。そして、闇にまぎれて戦うことにけた二人にとって、この状況下での仲間の手助けは足手まといにしかならないためでもある。


 この暗殺部隊の者の剣技は、昼間に襲ってきた刺客よりも一段落ちる。代わりに気配の消し方や陰に紛れる体捌きでは一枚上手。今この状況では実に戦いにくい相手だ。

 単に腕が立つだけではこの敵とは戦えない。渡り合えるのは、陰に潜む敵を捉えられ、目で見えぬ攻撃も察知することのできる者。


 両者は静かに鋭く戦いながら、どちらが優勢とも言えない状態。目まぐるしく斬り結ぶ。



 一方、バーバクたちと悪神の徒たちは、バーバクたちが優勢だ。昼間の戦いまでで強い加護持ちは出尽くしたのか、今村に侵入した悪神の徒には加護持ちはいないか、いても弱い加護を得ている者しかいない。バーバクたちなら、武器を交わす戦いでは負けはしない。


 注意せねばならないのは悪神の徒のわざ、邪術。距離を詰め、術を唱える暇を与えぬようにはするが、全ての術を妨害することはできない。

 距離を詰めれぬ相手とは可能な限り術者との間に別の悪神の徒を挟む位置取りをするが、狂信者たちの思考はバーバクたちの思惑を越える。仲間を巻き込むことにまるで頓着せず、邪術を行使してくる。


 それでも、バーバクたちは戦闘に熟練した者たちだ。闇の小球や見えない刃、絡み取った者を切り裂く鋭利な投網などの、物理的な攻撃手段と変わらないものであれば充分に対応できる。厄介なのは様々な異常を引き起こす術。


 邪術により、戦っている敵ごとまとめてバーバクが酩酊状態におちいらされた。立っているのもやっとの状態。別の敵がバーバクを狙う。

 寸前にファイサルが割って入り、敵には鉄棍をくらわしバーバクの異常を治す。


 カルスタンは認識を誤認させる邪術に掛けられる。敵を味方に、味方を敵に見誤ってしまう。カルスタンは戦鎚を向ける。共に多くの修羅場を潜り抜けてきた仲間、ペールに。カルスタンは戦鎚を握る手に力を籠めた。


 しかし、戦鎚はペールには振り下ろされなかった。戦士の本能が、為すべきことをカルスタンに語りかける。

 カルスタンは戦鎚を振り下ろす、自らの頭に。強く叩き過ぎ片膝をつく羽目になったが、自分の力で術を解いた。背後に迫っていた敵をまとめて薙ぎ払う。


 敵は仲間を犠牲にすることを厭わない。ペールと武器を振るい戦っている相手に、敵は『腐食の呪い』を掛けた。


 呪いにより敵の身体はゆっくりと腐り始める。敵は自らの状態に構わず、襲い来る。もし万が一、腐食部分に触れてしまえば『腐食の呪い』はペールにも及ぶ。

 ペールは『守りの光壁』を顕現し、接近を阻む。敵は光壁に武器を叩きつけ光壁を破らんとするが、ペールの光壁は揺るがない。『腐食の呪い』を受けた敵を光壁で囲み、浄化した。



 悪神の徒たちはこの場を離脱することもできず、徐々に削られていく。残るは祭司が五人、戦士が二人。


 武器を振るい戦う者たちはバーバクたちにはかなわない。邪術を使っても、及ばない。いかに常人と異なる考え方を持つ狂信者たちであっても、このままでは無駄に全滅することは理解できる。

 故に、悪神の徒たちは村を襲う手段を変更する。狂信者らしい狂った方法に。


 残った二人の戦士たちをバーバクとカルスタンに向かわせ、祭司たちは自分たちの周りに『穢悪えお拒壁きょへき』を展開する。重ね合わされた頑丈な拒壁はファイサルやペールであっても一筋縄には破れない。


 その拒壁が形作る囲いの中から、途切れ途切れに祭司たちの唱える不吉な文言が漏れ聞こえてくる。

 ファイサルやペールは顔色を変える。法術を使い懸命に拒壁を破らんとする。拒壁は乱れる、隙間ができる。しかし、拒壁を破るよりも先に、祭司たちの術は完成した。


 それは呪詛。祭司たちは自分たちを生贄とし、儀式を執り行った。音がする。低くうなり、高く耳を掻き乱す、無数の羽持つ虫たちがぶつかり合いながら興奮し、ますます盛んに飛び交う様に似た音が。


 音は次第に膨らんでいく。拒壁は外からの攻撃ではなく、内からむしばまれ崩れ去った。拒壁が破れたそこには人の姿はない。あるのは、一つ。血のように赤黒い大渦。


 咄嗟にバーバクたちは跳びすさび、距離を取った。バーバクとカルスタンと戦っていた悪神の徒たちは恍惚とした表情を浮かべ、大渦に呑み込まれていった。悪神の徒たちが呑み込まれると同時に大渦は拡大する。


 ファルハルドと斬り結んでいた暗殺部隊の者は一瞬の隙を衝き、身をひるがえして姿を消した。



 悪神の徒たちが生み出した大渦、それは『貪婪どんらん赩渦きょくか』。生命いのちある者を呑み込み、呑み込んだ者の生を糧として拡大し続ける死の大渦。


 呑み込んだ悪神の徒たちを糧とし、『赩渦』は拡がっていく。このまま拡大を許せば、カルドバン村の住民たちは全員が逃れようもなく呑み込まれることになる。


 ファイサルとペールは光壁を顕現し、赩渦を押さえ込まんとする。光壁と赩渦はぶつかり合う。光壁は削られ、きしむ。赩渦は乱れ、荒れ狂う。ファイサルとペールはより深く祈りに入る。赩渦の拡大は抑えられる。しかし。


「くっ、これは……、抑えられぬ」


 ファイサルとペールは同時に叫んだ。光壁は崩れた。赩渦は渦巻く。



 ファルハルドたちは打つ手なく立ち尽くす。赩渦の拡大に合わせ、皆はじりじりと後退していく。このまま下がるだけではどうにもならない。


 皆が下がるなか、バーバクが斧を構え前に出た。皆はざわついた。カルスタンが問いかける。


「どうする気だ」

「魔法剣術ならば、魔法そのものを斬ることができる。ならば、この大渦も斬れる筈だ」

「…………」


 確かに魔力をまとわせた武器でなら、魔法や魔力を斬ることもできる。しかし、今回の対象はファイサルやペールでも押さえ込むことができないほどの強力な呪詛。必ず斬れるとは言えない。


 それでも、他に手はない。やるしかない。悪獣たちに取り囲まれたカルドバン村から村人たち全員を逃すことなど、とてもできはしないのだから。


「それしかないか」


 カルスタンは息を吐き、懐から小袋を取り出す。それは魔導具『付与の粉』。擬似的に魔法剣術と同じ状態を発生させるための魔導具。

 ファルハルドも足を踏みしめ、剣を構えた。だが、それはバーバクが止めた。


「ファルハルド、お前はいい。それより、さっきの暗殺部隊の奴が妨害してこないように見張っていてくれ」


 今のファルハルドは疲労が溜まり、魔法剣術を使えない。

 並の者ならそれで終わりの話だが、自分を追い込み限界を越えることを当たり前とするファルハルドなら、この状態で無理矢理魔法剣術を発現しかねない。その身に宿す剣才はそんな不可能事も可能とする。


 しかし、それはあまりに危険が大きい。存在の根源となる魔力すら使い果たしてもおかしくないほどだ。だからバーバクは止めた。危険を冒すのは自分でいいと。


 ファルハルドも自分の状態はわかっている。制止の言葉に逆らってまで行おうとはしなかった。一歩下がり、周辺の警戒を行う。


 ファイサルとペールは再度の守りの光壁を顕現させるため、調子を整え準備する。光壁で赩渦を抑えきることはできなかったが、しばらくなら抑えることはできた。赩渦を斬ろうとするバーバクとカルスタンを一時だけでも守ることはできる筈だ。


 全員が呼吸を合わせる。赩渦は拡大している。バーバクは深く集中する。カルスタンは付与の粉を戦鎚に振りかけ、手でなぞる。ファイサルとペールは手を合わせ、その場に膝をついた。


 赩渦はバーバクとカルスタンに迫る。二人は武器を振りかぶる。バーバクは合図を送った。


「やるぞ!」

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