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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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117. 分水嶺 /その①



 ─ 1 ──────


 ヴァルカを刺したのは一人の人物。襲撃者はファルハルドたちに声を上げる暇も与えず、即座に身をひるがえしファルハルドを狙う。


 ヴァルカはさせない。どす黒く顔色を変えたヴァルカが襲撃者の服をつかみ、進みを邪魔した。ファルハルドとバーバクは襲撃者に向け、武器を振る。

 襲撃者は服を掴むヴァルカの手を振りきり、攻撃を躱した。


 その身熟みごなしは素早く、巧み。

 襲撃者の身熟しを見、ファルハルドは確信する。この人物は暗殺部隊の一員であると。

 同時に理解する。その身熟しはファルハルドよりも素早く、巧みであると。今まで襲ってきたどの追手をも上回る熟練の暗殺者であると。


 不意打ちに失敗した襲撃者は迷うことなく逃走をはかった。

 その後ろ姿を見、ファルハルドは気付いた。この襲撃者は合わせ身の亡者を作り出した人物、悪神の徒の骸に『愚癡ぐち凝結ぎょうけつ』を投げたあの小柄な老人だった。



 ファルハルドたちに老人を追いかけることはできない。刺されたヴァルカが泡を吹き、その場に倒れたために。


「ヴァルカ!」


 ヴァルカの状態から考えても、襲ってきたのが暗殺者であることから考えても、ヴァルカを刺したナイフには間違いなく毒が塗られていた。それも、毒に対して耐性を持つファルハルドにも効く強力な毒が。


 急ぎファルハルドは手持ちの毒消しをヴァルカの口に含ませた。バーバクがヴァルカを担ぎ上げ、村を目指し駆け出した。ファルハルドは悪獣を警戒しながら共に駆けるが、一帯を合わせ身の亡者の肉が覆っているためか、悪獣たちが近づいてくることはなかった。


 村人たちはたちまち出入口を開き、ファルハルドたちを迎え入れる。村人たちの一部はファイサルやペールを呼びに向かった。


 バーバクたちは、ヴァルカを地面に下ろしそっと横たえる。どろどろに汚れたヴァルカの鎖帷子くさりかたびらと服をめくり、傷口を確認する。村人たちが用意してくれた水で洗い、傷口を清めた。


 鎖帷子に守られ、傷そのものは深くはない。ただ、傷口を中心に広範囲が変色している。影響が大きいのはやはり毒。だが、もう手持ちの毒消しはない。ペールたちを待つ間、せめてもとこれも村人たちが用意してくれた清潔な布で傷口を押さえ圧迫する。


 先に駆けつけてきたのはファイサルだった。

 ファイサルも受けている傷こそ掠り傷程度だが、隠しきれないほど疲労している。自ら武器を手に戦う回数は少なくとも、村人たちに『治癒の祈り』などの法術を何度も使用したのだろう。


 駆けつけたファイサルはヴァルカを見た瞬間、顔色を変えた。なにがあったかを確認するよりも先に『解毒の祈り』を祈りはじめた。ファイサルは深く祈りに没入し、一心不乱に祈り続ける。


 ペールもやって来た。自身、武器を手に悪神の徒と戦っていたペールは返り血も浴び、傷も負い、なかなかに壮絶な姿となっている。ただ、ペールもそんなことを気にする余裕もなく、ただちに『解毒の祈り』を祈りはじめた。


 ファイサルとペールの張り詰めた様子に誰も口を挟むことができない。ファルハルドやバーバクは、法術を使用するのはある程度回復させれば戦線に復帰できる者だけだと決めていた話を言い出すこともできない。物音一つ立てないように気を付け、固唾を呑んで見守っている。


 全身を汗でしとどに濡らした頃、二人はやっと祈りをめた。


「毒は浄化した」


 ファイサルは深く息を吐き、口を開く。続けてペールが説明を付け加える。


「だが、受けた毒により、身体各所、特に内臓が傷付いておる。これより先は本人の体力次第である」


 ならば続けて『治癒の祈り』を、と言い出す者はいない。二人がその力の限界まで法術を使用したのは一目でわかるから。『治癒の祈り』を祈らないのは、祈りたくともこれ以上の法術は使用できないからなのだ、と。


 ファルハルドは手持ちの傷薬をヴァルカに使う。ファルハルドやバーバクを始めとして村人にも怪我をしている者はいるが、全てをヴァルカに使用した。

 ファルハルドたちはヴァルカをニユーシャーたちの店に運び、休ませる。




 ─ 2 ──────


 日が暮れ、悪獣たちの攻撃は激しさを増す。この夜の襲撃は今までよりも随分激しい。


 順当ならば今日にもやって来ている筈のパサルナーンからの救援者たちは未だ姿を見せていない。なんらかの理由で出発が遅れたのか、道中に悪獣や悪神の徒が待ち構え歩みが遅れているのか。


 理由ははっきりとしないが、確実なのはこの夜の襲撃に対応できるのはすでにこの村にいる者たちだけだということ。村人たちは激しい攻めを必死にしのぐ。


 激しい襲撃に、ファルハルドたちはこの夜は自分たちも共に戦うべきだと考えたが、それはやはり村長により止められた。


 村人たちにも疲労が溜まり負傷者も増えているが、どう見てもファルハルドたちの状態のほうがより深刻だ。それに昼間のファルハルドたちの戦いぶりを目にしたことで、村人たちの士気は上がっている。

 ファルハルドたちは充分に身体を休め、明日に備えて欲しいと言われ、ゼブ以外は身を休めることにした。


 ゼブだけはほとんど負傷もなく疲労も他の者より軽いことから、本人の強い申し出もあり、しばしの休息と食事を摂った後は昼間と同じく北東部分で指揮を執ることになった。



 今夜は満月、空に雲も少ない。夜ではあっても、視界は比較的良い。

 その明るい夜、夜明け前の満月が西の空に傾く頃。悪神の徒による強襲が行われる。




 ─ 3 ──────


 油断があった、訳では全くない。村人たちも充分な警戒は行っていた。

 ただ、そこかしこで悪獣による激しい攻めが行われるなか、西側部分は静謐を保っていた。悪獣たちはこちらには近寄ろうとせず、ここに攻めてくることがなかったのだ。


 そのため、村人たちは最低限の見張り役だけを残し、それ以外の人員は他の場所の防衛へと回していた。

 だから、気付きようがなかった。気配を消した暗殺部隊の者が忍び寄っていることに。それはヴァルカにナイフを突き立てた小柄な老人とは別の者。


 暗殺部隊の者は誰にも気付かれず、応急措置だけを施した防衛柵の破損箇所から西側部分へと侵入した。静かに背後から見張り役の腎臓を刺し、次々と殺害していく。

 全ての見張り役を片付け、出入口を開き悪神の徒たちを村内へと招き入れる。闇を信奉する者たちが一気に村内に侵入してきた。


 柵傍で決死の防衛戦を戦っている村人たちの意識は、全て柵外へと向けられている。そこに村内に侵入した悪神の徒に背後から襲われては一溜まりもない。これから展開されるのは阿鼻叫喚の地獄絵図。


 しかし。


「な、がっ」


 物陰から刃が伸び、闇を信奉する者たちを斬り捨てる。



 村内各所へと散ろうとする悪神の徒たちを斬った者、それはファルハルド。

 ファルハルドたちが休んでいる場所はニユーシャーの店だった。そう、村の西側部分、その柵傍、出入口付近にある店で。暗殺部隊の者が侵入した防衛柵の破損箇所からも大きくは離れていない場所で。


 元々感覚が鋭く、さらに普段から眠る際も意識の一部を覚醒させたまま休むファルハルドは、暗殺部隊の者が見張り役を襲う微かな物音と闘争の気配を感知し目を覚ました。

 非常事態に備え鎧を着たまま休んでいたファルハルドは、すぐさま必要な準備を整える。兜や盾などの装備を手に取り、素早くバーバクたちに声を掛け、飛び出した。


 悪神の徒たちはファルハルドの剣から逃れ、各所へ散ろうとする。させない。今この場の戦いには、ファルハルドに有利な点が一つ、不利な点が一つある。


 有利な点とは、暗殺部隊と戦い続けることで実戦の腕を磨いたファルハルドは、闇に紛れ死角をく戦い方も身に付けていることだ。


 明るい満月の夜とはいえ、今は夜。なおかつ、そこかしこに建物や荷物が作る物陰がある。悪神の徒たちは多数で襲い、邪術を使い、ファルハルドを排除しようとする。

 しかし、ファルハルドは陰から陰へと身を移し的を絞らせない。この状況では、悪神の徒たちはファルハルドには対抗できない。


 不利な点とは、昼間の戦いで限界近くまで疲労し、まだ充分な回復ができていないこと。魔法剣術の使用は不可能、動きにきれもない。


 それでも、有利は不利を上回る。ファルハルドは次々と悪神の徒を斬っていく。この場でファルハルドに対抗できる敵はただ一人。


 悪神の徒へと振り下ろしたファルハルドの剣を、暗殺部隊の者が受け止めた。両者は同じ黒い刃を撃ち合わせる。


 ファルハルドは合わせ身の亡者との戦いで、クース少年に造ってもらった小剣を失っていた。

 そのため、昼間に村内で倒した暗殺者の使っていた小剣を回収した。暗殺部隊で使われる刃を黒い焼いた小剣はファルハルドにとって最も使い慣れた武器。存分に剣を振るう。


 悪神の徒たちは暗殺部隊の者がファルハルドを止めている隙にこの場から離れようとするが、それはすでに遅過ぎた。バーバクたちも準備を整え駆けつけたからだ。



 ファルハルド対暗殺部隊の者、バーバクたち四人対悪神の徒十余名。村人たちは知らず、なれど村の一角でカルドバン村の命運を左右する戦いが繰り広げられる。

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