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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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22. 新たなる襲撃 /その④



 ─ 6 ──────


 光の壁は牙を防ぎ、剣を止め、悪獣たちとファルハルドたちを分断した。悪獣たちは何度も光の壁に狂ったような体当たりを繰り返す。だが光の壁が揺らぐことはない。



 ファルハルドはそっと光の壁に手を添えてみた。弾かれることなく触れることができた。

 剣を止めた光の壁は、触れれば水のような柔らかな感触だった。かすかに傷の痛みがやわらいだ気がした。


 幹に打ちつけられ、意識を失っていたジャンダルの意識が戻る。光の壁に驚くが、すぐにそれがなんなのかを理解した。



「これ、法術だ。助けが来た、のかな」


 法術。神に仕える神官たちの使う神秘のわざ


 ファルハルドもジャンダルも信仰心とは無縁だが、ジャンダルは旅の途中、ときに巡礼の神官と同行することもあった。


 ジャンダルの薬と併せて病人を癒やしたことや、悪獣や闇の怪物の襲撃から人々を守ったことがある。その時にこの光の壁、『守りの光壁』を見たことがあった。

 ただし、その時に見た光壁はもっとずっと頼りなげで、ここまでの防御力はなかったが。



 ファルハルドの耳は遠くで行われている闘争の音をとらえた。やがて、祈る形に手を合わせた神官らしき二人の人物が、丘の上に駆け上がってきた。


 三頭の悪獣は新たな獲物へと標的を変える。

 思わずファルハルドは悪獣たちを追いかけ、駆け出そうとした。しかし、身体は言うことを聞かない。倒れ込む。


 目だけを悪獣たちに向けたファルハルドの耳に、神官の一人が放った力強い言葉が届く。



「心配無用。安心なされよ」


 一度ファルハルドたちを囲む光壁が消え、新しく悪獣たちを囲む形で光壁が出現する。

 神官たちの低く呟く声と共に光壁は狭まっていく。悪獣たちを完全に身動きできぬよう取り押さえた。


 神官の声の調子が変わり、高らかに祈りの言葉が唱えられた。


「我ら地を耕し生きる者なり。ここに豊穣を司り、実りをもたらすユーン・エル・ティシュタルにこいねがう。闇に囚われし、哀れなる魂を浄化し給え」


 光壁がまぶしく輝き、悪獣たちの苦しげな鳴き声が響き渡る。


 光が消えた時、そこには事切れた悪獣たちが横たわっていた。




 ─ 7 ──────


 二人の神官がファルハルドたちの下に駆け寄って来た。

 二人は頭を剃り、粗末な生成りの布で作られた巡礼用の神官服をまとっている。その体格は神官というより兵士を思わせるがっちりとしたものだ。


 ユーン・エル・ティシュタルは農耕を司る神であり、農耕神の神官は辺境での開拓に従事する者も多い。

 そして辺境におもむく神官は様々な脅威に対抗できるよう、神官戦士の役割を兼ねる者も少なくはない。おそらくこの二人もそうなのだろう。



「我々はユーン・エル・ティシュタル様にお仕えする者でクーヒャールとラーミンと申します。悪獣たちとの争いに気付き駆けつけました」


 年嵩としかさの厳つい顔をした神官が自己紹介をする。ファルハルドとジャンダルも名を名乗る。


「助かった。感謝する。だが悪獣を仕掛けた者たちがいる筈だ。油断するな」


 まだ若い、ラーミンと紹介された神官が頷いた。


「悪獣使いたちには師が向かいました。ご安心下さい」



 ラーミンはジャンダルの怪我を調べ、クーヒャールがファルハルドの怪我に手を当てる。


「悪獣たちに付けられた傷は瘴気にひたされ、肉が腐り落ちることがあります。浄化いたしますので、しばし耐えられよ」


 クーヒャールが祈りの言葉を唱える。


「我ら地を耕し生きる者なり。ここに豊穣を司り、実りを齎すユーン・エル・ティシュタルに希う。闇の存在により傷付けられし身を浄め給え」


 ラーミンもジャンダルの傷に手を当て、同じ祈りの文句を唱える。わずかになにかが身体の中を通り抜ける感覚があり、傷の痛みが和らいだ。

 さらに体力の回復をうながす祈りと、傷の治りを早める祈りも唱えられた。



「実におびただしい傷です。我々の祈りだけでは心許こころもとない。傷薬はお持ちか」

「あるよ」


 怪我の痛みが和らいだジャンダルが立ち上がり、血止めと傷薬を取り出した。余っている晴れ着を裂き、再び薬を塗り布を当てていく。


「神官様たちのお陰で助かったよ。本当にありがとう」

「全てはユーン・エル・ティシュタル様のお導き。感謝ならばユーン・エル・ティシュタル様にお捧げ下され」


 クーヒャールは微笑み、実に神官らしい言葉を返した。



 ジャンダルたちがファルハルドの手当てをする間に、ラーミンがモラードたちを樹上から降ろした。

 子供たちは泣きながらファルハルドに駆け寄って来る。ジーラとモラードはそれぞれエルナーズとジャンダルの服の裾を掴み、心配そうに見ている。


「ファル兄、痛い?」

「なんともない」


 ファルハルドは安心させようと微笑んだ。痛みで笑顔が引きる。が、ファルハルドの笑顔がぎこちないのはいつものこと。ジーラたちはファルハルドの下手くそな強がりには気付かなかった。


「こちらのかたは我々で手当てをいたします。あなたがたはもう休みなさい」


 夜半を回り、ジーラたちはさすがに辛そうだった。それでもファルハルドが心配で誰も眠ろうとしない。止むを得ず、ジャンダルが眠りの笛で強制的に眠らせた。



 一通りファルハルドの傷口を洗い、薬を塗って布で縛った頃、年老いて痩せた神官とクーヒャールと同じ年頃の神官が丘を登ってきた。クーヒャールが年老いた神官に報告をする。


「導師様、こちらにいた悪獣は三頭。それ以外の二十頭以上をこちらのお二人で退治されておりました。

 お一人は脇腹に怪我をされておりますが、心配はありません。こちらのかたの右腕の怪我は酷く、その他夥しい怪我を負われております。

 治癒の祈りは行いましたが、導師様より今一度の祈りをお願いいたします」

「うむ」


 導師は頷き、手に持つ杖を地に突き立て祈りの文句を唱えた。ファルハルドの右腕からの出血は、まだ完全には止まらない。それでもだいぶ楽にはなった。


「医療神に仕える者なら、祈りの言葉だけで傷口をふさぐこともできたであろうが、儂らではここまでじゃ。許されよ」


「いや、助かった。あなたがたの助けがなければこの子たちを守ることもできなかった」

「うん、本当そうだよ。ありがとう。まさかこんな場所で助けが来るなんて思わなかった。悪獣使いもいただろうに大丈夫だった?」



 導師と一緒にやって来た神官がジャンダルに答える。この神官もやはり兵士のような体格と厳つい顔をしている。


「うむ、安心せよ。悪獣使いたちは二人おったが、一人は倒し、もう一人にも深い手傷を負わせた。なにやら腕の立つ護衛がおって取り逃がしたが、すぐに戻って来ることはあるまい」


「うっわー、すごい。神官様たちはそこらの兵士たちよりよっぽど頼りになるね」


「なに。我らは辺境に暮らし、闇のものどもの相手に慣れておるだけよ。全てはユーン・エル・ティシュタル様のお導き。

 今宵は我らが見張りに立つ。其方そなたらは身を休められよ。

 導師様、わたくしは悪獣使いを弔って参ります。お前たちはこちらを頼む」


 神官たちの言葉に甘え、ファルハルドたちは素直に休んだ。その日は夢も見ずに眠り続けた。

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