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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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116. 餓狼之口 /その⑦



 ─ 8 ──────


 ファルハルドたちは足止めを考える必要がなくなったことから、合わせ身の亡者を囲むように展開していた位置取りを改め、バーバクの元へと集まった。力を合わせ、敵本体部分を目指す。


 まずはヴァルカとファルハルドが突っ込んでいく。かわす動きは最小限に。可能な限り、迫る敵の腕を斬り落としていく。

 バーバクは本体部分への攻撃に備え、力を温存。二人のあとを進み、二人が捌ききれず通した攻撃だけに対応していく。


 合わせ身の亡者は寄らせない。多数の腕を使い、数の力でファルハルドたちを近寄らせない。


 ヴァルカに向けては、ひたすら数を。魔法武器によって腕を斬り落とされようとも、それを上回る数で迫り、押し包もうとする。

 ファルハルドに向けてはヴァルカよりは少ない数を、より複雑な動きで。腕を斬られても即座に修復し、二本、三本、四本と複数の腕で襲いかかる。


 ヴァルカは斬れども間に合わず、周囲を腕に取り囲まれる。ファルハルドは追いかけてくる腕にかわす方向が誘導された。

 合わせ身の亡者は巨大な肉の棍棒を握った太い腕を二本生やし、逃げ道を塞ぐ形でヴァルカとファルハルドに向け振り下ろした。


 ファルハルドは残る力を振り絞り、魔法剣術を発現。肉の棍棒ごと太い腕を切断した。

 ヴァルカが持つ魔法武器は短剣。どれほど鋭くとも、巨大な肉の棍棒、太い腕を一撃で断つには長さが足りない。ヴァルカには躱すことも、斬り開くこともできない。


 だから。バーバクが対応した。本体部分へ向かうことを後回しにし、魔法剣術でヴァルカに迫った肉の棍棒を斬り裂いた。



 合わせ身の亡者はヴァルカとファルハルドに向け渾身の攻撃を繰り出したことにより、他の無数の腕による攻撃は動きが鈍り、散漫となっている。今この時が、本体部分へと至る絶好の機会。


 しかし、ファルハルドは力を使い果たし、満足に動けない。

 ヴァルカは短剣と短くなった槍だけで強引に斬り込んでいくには力強さが足りない。

 バーバクは腕に囲まれた場所に跳び込んだことにより、そのまま次々と迫る腕へと対応せざるを得なくなっている。



 それぞれ単独では届かない。だから、バーバクは戦いながら腰を落とした。そして、ヴァルカに呼びかける。


「ヴァルカ」


 ヴァルカは間違わない。バーバクの意図を汲み取った。ヴァルカはバーバクの肩に足を乗せた。

 二人は息を合わせる。バーバクは一気に伸び上がり、ヴァルカはその動きに合わせ跳んだ。


 ヴァルカはファルハルドに匹敵する跳躍を見せた。取り囲む全ての腕を跳び越え、本体部分へと迫る。合わせ身の亡者は次々と新たな腕を生やし、落下するヴァルカの接近を阻む。


 ヴァルカは振るう、魔法武器である短剣を。ヴァルカは繰り出す、使い慣れた柄の短くなった槍を。

 攻撃を受けながらも、行く手を阻む全ての腕を斬り裂いた。落下の勢い全てを載せ、短剣を振り下ろす。刃は半球型となった本体部分へと届く。


 肉を斬り裂く。しかし、中心にある『愚癡ぐち凝結ぎょうけつ』には届かない。

 攻撃だけを考えたヴァルカは、地面に身を打ちつける。今は攻めるべき時。ヴァルカは痛みを抑え込み、起き上がる。足を動かし、踏み込み中心へ届かせんとより深く斬り込んだ。


 それでも、刃は『愚癡の凝結』には届かない。しかし、その断面に『愚癡の凝結』を露出させた。

 身を打ちつけいためたヴァルカは次の動作が遅れた。さらなる追撃を求めるが、新たに生えた腕に手脚を捕られる。


 振りほどこうとする間に断面の肉が盛り上がり、ゆったりと傷口が塞がっていく。

 ここまで追い込みながら、届かない。目の前にしながらなにもできない。ヴァルカは無念さに奥歯を噛みしめる。



 だが、ヴァルカの懸命の攻めは無駄とはならない。無駄にはさせない。バーバクが、身を囲む腕を斬り開き追いついた。肉の壁になど邪魔させない。合わせ身の亡者が新たに生やした腕ごと断つ。


 バーバクの一振りは『愚癡の凝結』へと届く。しかし、邪魔をする腕に側面から押され、わずかに軌道がずれた。斧の刃は『愚癡の凝結』の端を斬り裂くとどまった。


 合わせ身の亡者は苦しげに肉を震わせる。そのまま、黙ってられる筈もない。合わせ身の亡者は新しい腕を生やすのではなく、不定形の肉の集まりを一気に放った。


 斬れども斬りきれぬ多量の肉が二人に迫る。ヴァルカとバーバクを押し流し、同時に多量の肉で包み動きを止めた。武器を振ろうにも、二人は身を肉に包まれ動けない。



 もはや、動ける者は一人だけ。バーバクとヴァルカは叫んだ。


「決めろ!」


 合わせ身の亡者は、存在の危機に意識の全てをバーバクとヴァルカに向け、ファルハルドへの対応がおろそかになっていた。


 どれほど疲弊していようとも関係ない。ここで動かなければ、全ては終わる。だから、ファルハルドはその身に残る体内魔力を活性化させ、無理矢理その身を動かした。


 ファルハルドは跳んだ。もう魔法剣術は使えない。問題ない。『愚癡の凝結』は剥き出しになっている。魔力をまとわせぬ斬撃でも斬り裂くことは可能だ。


 合わせ身の亡者は多数の腕を束ね、ファルハルドの前にかざした。

 ファルハルドは腕を斬り裂くが、半ばまで裂いたところで合わせ身の亡者が束ねた腕に仕込んでいた硬い肉に刃が食い込み、剣の進みが阻まれる。

 剣の進みが急停止したことから、ファルハルドは落下の勢いに負け剣を手放してしまった。


 小剣は失われ、予備の短剣は今ヴァルカの手に。ファルハルドは無手となる。ファルハルドは諦めない。ならば、盾で殴りつけんと身構える。


 合わせ身の亡者の本体部分に着地する。そこから『愚癡の凝結』が剥き出しとなっている傷口に向け跳び降り、体重を載せ『愚癡の凝結』を殴る。


 合わせ身の亡者は身を震わせるが、ファルハルドの力では『愚癡の凝結』は砕けない。少しずつ『愚癡の凝結』は肉で覆われていく。



 その時、ヴァルカが魔法武器で包み込む肉を少しずつ斬り裂き、右腕一本を解放した。


「ファルハルド!」


 ヴァルカはファルハルドへと短剣を投げる。ファルハルドは腕を伸ばし短剣を掴んだ。


 しかし、これまでの遣り取りで、合わせ身の亡者もヴァルカとファルハルドの動きを予想した。短剣を受け取るため伸ばしたファルハルドの右腕に、合わせ身の亡者は複数の腕をまとわりつかせ締め上げる。


 魔法武器を手にしたが、腕にまとわりつく肉を振りきれるだけの力はファルハルドにはない。腕を動かせず、剣を振れない。

 その隙をかれ、左腕にも肉をまとわりつかせられる。左腕も動かせない。『愚癡の凝結』を覆う肉はゆっくりと厚みを増していく。


 ファルハルドは歯を食い縛り、懸命に抵抗する。腕はぴくりとも動かない。


 だから。ファルハルドは短剣を手放した。短剣が落下する。ファルハルドは身を傾け、首を伸ばした。


 落ちる短剣の柄をくわえる。首を振り、右腕を捕らえる肉に斬りつける。さらに一度二度と短剣を振り、右腕にまとわりついた肉を断ち斬った。


 短剣を手で持ち直し、左腕を捕らえる肉も斬る。ファルハルドは解放。

 踏み込む。『愚癡の凝結』に向け、短剣を振りかぶる。合わせ身の亡者はファルハルドを捕らえようとする。



 ファルハルドは短剣を振り下ろした。硬い物同士がぶつかり合う透明な音が鳴り渡る。魔法武器は、覆う肉ごと『愚癡の凝結』を両断した。合わせ身の亡者の全身は激しく波打った。


 ファルハルドは止まらない。ここで合わせ身の亡者を仕留められなければ、行き詰まる。万が一の修復も許さない。一閃、二閃、三閃と止まることなく短剣を振り、『愚癡の凝結』を細切れにした。


 合わせ身の亡者は大きく身体を波打たせ、その身体が膨らんだ。そのまま身体を形作る肉は弾けた。




 ファルハルドたちは肉が弾ける勢いに押し流される。流され、どろどろにとろけた肉と共に地面に横たわった。三人は、蕩けた多量の肉に溺れかける。


 最初にバーバクが立ち上がった。地面を覆う血肉に足を取られながらも進み、ヴァルカとファルハルドに手を貸し起き上がらせる。


 三人とも頭から蕩けた肉を被り、実に酷い格好だ。だが、そんなことは気にならない。強敵に勝ち抜いた。その充実感はなにものにも勝る。三人は笑顔を見せ、肩を叩き合う。




 不意に影が揺らいだ。


 それは立っていた場所と顔を向けていた角度により、偶然にもヴァルカだけが目にすることができた。


 考える前に身体が動いていた。咄嗟にファルハルドを突き飛ばす。そのヴァルカの腹にナイフが突き立てられた。

 次話、「分水嶺」に続く。


 来週、再来週は更新お休みします。次回更新は9月10日予定。

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