115. 餓狼之口 /その⑥
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ヴァルカは迫る腕を槍で突き刺した。側面から別の腕が迫る。刺さったままの槍を振り、腕に腕をぶつけて攻撃を防いだ。
次から次へと新たな腕が迫る。槍を引き抜き、素早く左右に振り、迫る腕を螻蛄首で殴りつける。ときに近づきときに離れ、攻撃を引きつけ、翻弄する。
バーバクは腕を斬り落とし、脚を斬り落とす。新たな手脚が生える際の肉の流れから、『愚癡の凝結』が手脚部分にはないことを確認。
確認できたことはもう一つ。この合わせ身の亡者の身体には骨がない。全てが肉からできている。骨格に邪魔をされない分、斬り落とす、あるいは深く斬るのは遣りやすくはなる。
迫る腕を斬り落とし、突き進む。大きく口を開けた獣の頭に斧を振り下ろす。脳天から真っ二つに裂いた。断面に『愚癡の凝結』は見当たらない。
間近に寄ったバーバクを狙い、肉の棍棒が振り下ろされる。バーバクは手にする斧に魔力をまとわせ、その全身に力を籠める。
触れ合う肉の棍棒と斧の刃。伝わる圧力。バーバクは逆らう。刃は肉の棍棒を斬り裂いた。そして斧を振り、肉の棍棒を持つ腕を斬り落とした。
そして、気付く。これまでと違い、合わせ身の亡者は斬られた腕を即座に修復してこないと。目を凝らして良く見れば、ゆっくりとではあるが再生はしている。
これはつまり。
「ファルハルド。魔法剣術だ。こいつは魔法剣術でつけた傷は再生させるのに時間が掛かる」
ファルハルドは迫る腕を掻い潜り、跳躍。敵の腕の上に着地し、そのまま駆ける。駆けながら、剣に魔力をまとわせる。
頭を落としても特に影響はなかった。ならば、狙うのは。
ファルハルドは敵に駆け寄り、肉の棍棒を持つもう一本の腕を肩から斬り落とした。そして、続けて斬り上げる剣で、斬り落とした腕の脇の下から首までをまとめて斬る。
このまま敵の胴を寸刻みに斬り落とそうとさらなる斬撃を狙うが、踏み出した足は滑り、剣を覆う魔力は霧散した。
ファルハルドの持つ魔力量は決して多くはない。続く連戦、バーバクとヴァルカを悪獣の群れから助け出す際の魔法剣術の使用が祟り、ここに来て疲労により魔法剣術の維持ができなくなったのだ。
ファルハルドは掴みかかってくる腕を斬り落としたが、その陰に隠れていた拳を固め殴りかかる腕への対応が遅れた。
避けることができず、なんとか盾を合わした。細い腕にあり得ぬ膂力。衝撃が身体を突き抜ける。ファルハルドは敵の背から投げ出された。
地に着く直前、身を翻し足から降りるが、次の動作が遅れる。疲労が溜まっている。次から次へと迫る敵の腕に対応しきれず、いくつもの打撃を受けていく。
バーバクとヴァルカは激しく攻め立てる。ファルハルドに向かう攻撃が減り、距離を取り体勢を立て直すことができた。
ファルハルドは息を整えながら考える。これだけ攻めても、状況はなに一つ良くなっていない。このままではじり貧。
バーバクの動きは疲労を感じさせない力強いものだが、バーバクも魔法剣術の発現は止めている。満足な効果が見られない状態で発現し続けるのは、バーバクであっても消耗が大き過ぎるのだろう。
ヴァルカもまだ動きのきれは維持しているが、最初の頃に比べれば動きが悪くなっている。
このまま同じことを繰り返していれば、『愚癡の凝結』を見つけるよりも先に全員が限界を迎える。方法を変えなければならない。
どう変えるべきか。
探りながら戦うのが無理ならば、行うのは決め打ち。
これまで戦った体内に核石を持つ怪物たちは、核石はその身体の中心付近にあった。そして、この合わせ身の亡者も手脚や頭部分にはないことがわかっている。
だから。『愚癡の凝結』は中心にあると決めてかかる。それで間違っていれば、その時に改めて考え直せば良い。
ファルハルドは決断し、迫る敵の腕を掻い潜り、三度敵の背を目指す。
ファルハルドは、疲労と負傷から先ほどまでよりも動きが悪い。接近を目指すが、なかなか敵に近寄れない。
ファルハルドの様子を見て取り、バーバクとヴァルカはより一層激しく攻める。
バーバクは斧を振るい腕を斬り落としては、少しずつ合わせ身の亡者との距離を詰めていく。近づくごとに敵の手数が増えていく。バーバクは懸命に戦う。
ヴァルカは避け、槍を振って迫る腕を叩く。くねらせバーバクを死角から狙う腕に槍を繰り出し、串刺しにした。
その大きく踏み込んだヴァルカを狙い、別の腕が襲い来る。避けきれぬヴァルカは咄嗟に槍を翳した。柄で受ける。柄から嫌な音がした。
ヴァルカは転がされた。すぐに起き上がったヴァルカの手の中で、槍の柄は半ばから折れていた。左右の手にそれぞれ柄の短くなった槍と、ただの棒となった折れた柄を持ち、それらを振るい迫る合わせ身の亡者の腕を捌いていく。
しかし、短くなった柄で殴りつける程度では、充分に逸らすことなどできない。ヴァルカは追い込まれる。
その姿を見、ファルハルドは自らの腰の短剣を抜いた。
「ヴァルカ、使え」
アレクシオスより受け継いだ魔法武器をヴァルカへと投げ渡した。
ファルハルドはアレクシオスから短剣の魔法武器を譲られたことから、それまで使っていた短剣を黒犬兵団の鍛冶見習い、クース少年に譲っていた。
黒犬兵団には短剣を主武器として使う者はおらず、それなら今後鍛冶職人としての修行を本格化させるクース少年に手本として使ってもらうことが、最も活かせる方法だと考えたからだ。
柄頭の貴石だけを、古い短剣から新しい短剣に付け替えてもらった。
クース少年は良質の短剣を譲られたことで奮起し、ファルハルドのために新しい小剣を打ってくれた。それが今、ファルハルドが使用している小剣だ。
正直、まだまだ鍛えは甘く、さほど良い物ではない。ただ、重心位置や握り具合、刃の厚みや長さなど、全てがファルハルドに最適化して造られていることから、ファルハルドにとって使いやすい品となっている。
ヴァルカは右手の棒を捨て、短剣を掴んだ。右手で魔法武器の短剣を、左手で短くなった槍を振るう。短剣は容易く迫る腕を斬り裂き、ヴァルカに余裕が生まれた。ヴァルカはここぞと攻める。
バーバクとヴァルカの奮闘に、ファルハルドも応える。掴む腕を避け、躱しきれぬ打撃を逸らし、がむしゃらに突っ込み、本体へと届く。
疲労になど構っていられない。魔力を引き出し、剣にまとわせる。中心、人の上半身と獣の背中が繋がった部分を狙い剣を振る。微かに硬い手応えが伝わった。
断面に今まではなかったものが見えた。斑に濃淡のある、光を吸い込む闇色の結晶体。親指程度の大きさだった『愚癡の凝結』は、死者の想念を吸収し握り拳程度の大きさにまで育っていた。
ファルハルドの斬撃は『愚癡の凝結』を掠めた。肉が盛り上がり、傷口はゆっくりと塞がっていく。
ファルハルドは再度の斬撃を狙うが、合わせ身の亡者は遣らせない。無数の腕を生えさせ、ファルハルドを襲う。
ファルハルドは斬る。斬って、斬って、斬りまくる。しかし、続かない。魔力が限界を迎える。剣をまとう魔力が消え、斬れぬ拳に打たれ、飛ばされた。
ファルハルドは地面を転がり、片膝をついた。肩で息をしながら、必要な情報を伝える。
「あった。中心部分だ。人と獣の繋ぎ目に『凝結』があった」
バーバクとヴァルカは疲弊したファルハルドに代わり、自分たちで決めんと踏み出した。
だがその目の前で、合わせ身の亡者の身体が変化していく。人や獣の形が崩れて、同時に周囲の骸から肉が集まる速度が速まった。
その形は、無数の目を持つ半球状の肉の塊から数えきれぬ腕が生えた異形と化す。合わせ身の亡者は移動を捨て、防御と攻撃に特化した形態となった。
ファルハルドたちは戸惑い、同時に安堵する。
この形なら、『愚癡の凝結』は間違いなく中心にある。
戸惑うのは、厚い肉のその中心に刃を届かせるのは困難を極めるから。
安堵したのは、わざわざ合わせ身の亡者が形態を変えたのは、ファルハルドに斬られたことでそれだけの身の危険を感じたと推測できるから。
つまり、刃を届かせることさえできれば、倒せるということ。
三人の疲労は濃く、受けている負傷も少なくない。
だが、彼らは戦士。倒すべき敵を前にして、細くとも見えた勝利への道を前にして、逡巡する筈もない。果敢に攻める。




