114. 餓狼之口 /その⑤
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「『合わせ身の亡者』?」
ファルハルドは尋ねた。バーバクは答える。
「そうだ。『呪われし亡者』の一つ。その名の通り、複数体の骸が寄り集まってできた亡者だ。なにが、どのくらい集まるかで、形態も特性もまるで変わってくる。これだけの負の気配だ。あれは手強いぞ」
「だが、やるしかないな」
ヴァルカは少し声を震わせながら言う。
傍にいる村人たちは全員が恐怖に呑まれている。柵の中からの援護ですら無理だろう。そして、他の場所では変わらず襲撃が続いている。カルスタン、ペール、ゼブは最も襲撃の激しい北東部分で戦い、ファイサルは東から南までの広い範囲に手を貸している。
つまり、この『合わせ身の亡者』に対することができるのは、バーバク、ヴァルカ、ファルハルドの三人のみ。
「そうだ。村に近寄らせるな。体当たりでもくらえば、柵が保たん。俺たちで片を付けるんだ」
「ああ」
バーバクの言葉にヴァルカとファルハルドは応える。バーバクはヴァルカに目をやり、説明を付け加えた。
「『合わせ身の亡者』は強力だが、上位の亡者ではない。魔法武器じゃない普通の武器でも傷を与えることはできる。多少、効きは悪いがな」
「おう」
ヴァルカは手にする槍を握り締め直す。
「行くぞ!」
ファルハルドたちは再び柵を乗り越え、外に出た。出入口から出てしまえば、恐怖に呑まれた村人たちは出入口の封鎖を忘れかねないからだ。
ファルハルドたちは地に降り立った。周囲に悪獣たちの姿はない。
悪獣たちは潮が引くようにこの場から離れている。どれほど悪獣使いたちが嗾けようとしても、従わない。
悪獣たちも『合わせ身の亡者』の負の気配に圧倒されている。それとも、その身に取り込まれることを怖れているのか。一時的にこの場では悪獣からの襲撃は止んでいる。
バーバクたちは『合わせ身の亡者』に向け進む。『合わせ身の亡者』も村へ向け進んでくる。充分に身が固まっていないのか、一歩進むごとにその身は崩れ、崩れるごとに新たに肉が集まり身を形作る。
身が崩れる状態のために、その移動速度は遅い。遅いが、止まることもない。人と獣、両方の口から奇怪な唸り声を上げながら、ゆっくりと村へ近づいてくる。
この『合わせ身の亡者』が獣と人が合わさったものであることは姿を見るだけでもわかる。当然、特性もそれに準ずるだろう。
ただ、身が崩れ、ゆっくりとした動きとなっている現在、獣の素早さは発揮することができていない。感覚の鋭さはあるにしても、それは頭に置いておけば対応できる。警戒すべきは人の部分。人の思考や知性、技術がどの程度残っているかで対策は全く変わってくる。
ファルハルドたちは『合わせ身の亡者』を取り囲むように、広がり展開する。まずは牽制し、進みを邪魔することを狙った。
『合わせ身の亡者』は反応する。ファルハルドを無視し、バーバクとヴァルカの二人に攻めかかる。両掌から肉でできた棍棒が生えてきた。その肉の棍棒をバーバクとヴァルカ目掛け遮二無二振るう。
ヴァルカは少し腰が引けていた分、『合わせ身の亡者』との間に距離があった。身を掠められながらも、迫る肉の棍棒を躱した。
バーバクは積極的に攻めかかろうと、最も距離を詰めていた。避けようとしても間に合わない。盾を翳し地を踏みしめた。全身に力を籠め、肉の棍棒を迎え撃つ。
『力抜きん出たウルス』の一人であるバーバク。しかし『合わせ身の亡者』の一撃の前に、盾はばらばらに砕け、体格と筋力に優れるその身は吹き飛ばされた。
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バーバクたちの戦いを見ていた村人たちは悲鳴を上げる。
当たる直前、合わせ身の亡者の腕が伸び、バーバクは完全に体勢が整う前に攻撃を受けた。肉の棍棒の一撃により宙を舞ったバーバクは、身長の倍ほどの距離を飛ばされ、地面に身体を打ちつける。
それでも、頑健な肉体を持つバーバクは頭を振り、すぐに立ち上がった。だが、身体に力が入らない。膝が折れ、その場に片膝をついた。
急に腕が伸びることは予想外。だがそれ以上に一つの点で、バーバクたちはこの敵の実力を見誤っていた。
この合わせ身の亡者の素となった死骸には悪神の徒の骸があった。そして、その悪神の徒は悪神の加護を得ていた。ならば、亡者となってからも悪神の加護が効いていてもおかしくはない。
バーバクの戦った逞しい二人組の得ていた悪神の加護、悪神ドゥボーグ・ボルアルゴの加護により、この合わせ身の亡者には見た目から予想できる以上の膂力があった。
真正面から攻撃を受けたバーバクは、体勢が整う前であったこと以上に、予想を超える威力であったために力負けし吹き飛ばされたのだ。
バーバクを狙う合わせ身の亡者をファルハルドとヴァルカが妨げようとする。進路上に身を乗り出し、剣を振るい気を引こうとするが、合わせ身の亡者はファルハルドにはまるで興味を示さない。ヴァルカにだけ反応した。
進路を変えるまでには至らないが、立ち止まりヴァルカに向け肉の棍棒を振るった。ヴァルカはまともに撃ち合わせはせず、避けることに専念する。合わせ身の亡者は腕を伸ばし、ヴァルカを捉えようとする。
ファルハルドは考える。なぜ、この敵はバーバクとヴァルカにだけ反応するのかと。
バーバクは言っていた。合わせ身の亡者はどんな死骸がどのくらい集まるかで、形態も特性もまるで変わってくる、と。
この亡者は人と獣の死骸が合わさったもの。ただ、今のところ、獣らしい特徴は見せていない。凄まじい膂力も獣の特性ではなく、悪神の加護だろう。
つまり、この亡者の強く表に出ている特徴は全て人に由来する。
となればバーバクとヴァルカに執着する理由も、人の部分に原因がある筈。
だとすれば、その理由は。殺された悪神の徒の怨み。バーバクとヴァルカへの憎しみに囚われているのだ。
であれば、ファルハルドがどうすべきなのかも決まってくる。バーバクとヴァルカに合わせ身の亡者を引きつけてもらい、その間にファルハルドがこの亡者を倒す。これが最善。
バーバクも多少蹌踉めきながらも立ち上がり、合わせ身の亡者の攻撃を凌げている。バーバクとヴァルカになら任せても大丈夫だ。
ファルハルドは決断に従い、動く。合わせ身の亡者の背後に回り、跳躍。獣部分の背に着地。剣を振るい、合わせ身の亡者に斬りつける。
しかし、どれほど剣を浴びせようとも、効果はない。肉が集まり、傷はたちどころに修復された。
ファルハルドは以前戦った蠢く屍や泥人形のことを思い出す。亡者である蠢く屍や自己修復能力を持つ泥人形に有効であった攻撃方法は、その身を完全に斬り落とすことであった。
ならばと狙う。一閃。ファルハルドは人部分の首を狙い、その頭を落とした。
だが、しかし。結果は変わらない。堪えた様子もなく、即座に新たな頭部が生えてきた。
この一連の攻撃により初めてファルハルドを敵として認識したのか、合わせ身の亡者は人部分の背からファルハルドに向け新しい腕を生やし掴みかかる。ファルハルドはその腕を斬り落とす。
合わせ身の亡者は痛みを感じた様子もなく、次々と腕を生やし、同時にファルハルドが足場としている獣の背中部分から無数の手を生やし、ファルハルドの足を捕らえようとする。
ファルハルドは足を掴んだ手を引き千切り、合わせ身の亡者の背中から跳び出した。
合わせ身の亡者から生えた複数の腕は、宙にいるファルハルドに向け伸びてくる。ファルハルドは空中でその身を翻し、迫る腕を次々と斬り飛ばした。
地に降り立ったファルハルドは敵の攻撃を躱しては、斬りつける。だが、やはり結果は変わらない。腕をどれほど斬ろうとも、次から次へと新しい腕が生えてくる。
バーバクとヴァルカも戦っているが、そちらも同じだ。
そして、状況は徐々に悪化している。周囲にある死骸から肉が集まり続けているのだ。これが続く限り、合わせ身の亡者はどんどん強化されていく。
わかっていても、止める方法がない。周囲にはこれまでの戦いで倒した無数の死骸が横たわっているのだから。
これか。ファルハルドは考えた。ファルハルドを始末するために、暗殺部隊が用意した仕掛けがこれなのか、と。
村を悪獣や悪神の徒に襲わせ、それらに抵抗できなければその時点で村は滅ぶ。抵抗し、敵を倒せば倒すほど、大量の死骸が発生する。
そこに合わせ身の亡者を生じさせれば、その亡者は通常の個体など比較にならぬほどに強化されていく。
生きるため選択し、懸命に抗うごとに、少しずつ深みに嵌まっていく。
まさに、徒労を味わわせ、後悔を噛みしめさせ、心折る遣り方。
だが、ファルハルドの心は微塵も揺るがない。数々の死線と絶望を乗り越えたファルハルドは、今更この程度の悪意に打ちのめされたりはしない。それはバーバクやヴァルカも同じだ。
諦めることのないファルハルドは考える。どうすれば、この敵が倒せるのか。敵の攻撃を躱し、迫る腕を斬り飛ばしながらファルハルドが考えを巡らせるなか、バーバクが指示をする。
「二人とも。こいつの再生力は強過ぎる。このまま、どれだけ肉を斬っても埒が明かん。核石だ。合わせ身の亡者には、骸を結び付ける核となる結晶体、『愚癡の凝結』がある筈だ。それを見つけて、砕くんだ」
言われ、ファルハルドは思い出した。合わせ身の亡者が発生する前に見た光景を。
「バーバク、ヴァルカ。合わせ身の亡者が発生する直前のことだ。この辺りに姿を見せた老人が懐からなにかを取り出し、悪神の徒の骸へ投げていた」
バーバクは自分に向け振り回される、肉の棍棒を叩き斬りながら応える。
「それだ。それが『愚癡の凝結』だ。それを探せ」
「だが」
ファルハルドも戦いながら続ける。
「見つけるのは難しい。せいぜい親指ぐらいの大きさだった。どうやって探す」
「どうもこうもない。探すしかない。愚図愚図してれば、すぐに夜になるぞ」
夜は闇の存在たちの時間。闇の存在はその力を増す。まだまだ日が暮れるには時間があるが、すでに日は傾きはじめている。いつまでも終わりの見えない戦いを続ける訳にはいかない。
「やれやれ」
「仕方ないな」
三人は希望を求め、その身に力を籠め一斉に攻めかかる。




