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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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112. 餓狼之口 /その③



 ─ 3 ──────


 それはファルハルドでなければ気付くことはできなかった。気配はなく、音もない襲撃。


 暗殺者は張っていた。夜明け前の最も暗い刻限に村内に侵入。ファルハルドを探すことなく警戒の網を張り、一つの場所に静かに身をひそめ待ち構えていた。




 ファルハルドは比較的敵が手薄な分、柵を守る村人も手薄な南東部分を中心に手を貸し、苦戦していた村人たちを助けていた。

 そのまましばらく戦っていれば、北東部分が騒がしくなる。多数の敵の襲来を聞かされたファルハルドは、救援のため北東部分に向け移動する。


 そして、その途中で通りかかる。暗殺者が待ち受けるその場所に。



 路地を駆けるファルハルドに、背後から一つの影が迫る。それは一切の気配を断った暗殺者。音もなく、匂いもない。

 ファルハルドが気付けた理由は一つ、風。


 暗殺者の刃が届く直前、吹いていた風の向きが変わった。それは微かな手懸かり。鋭敏な感覚を持つファルハルドだからこそ気付けた。ほんのわずかにだけ、ファルハルドに吹き付けてくる風が周囲よりも弱いことに。


 さっきまでなかった風を塞ぐなにかが、背後に存在する。判断の根拠はただの勘。それでもファルハルドは勘に従い剣を抜き、背後に向け小剣を振る。


 鳴り響く硬い金属音。ファルハルドの小剣は、背後から迫る暗殺者の刃を弾いた。


 奇襲を防いだ。しかし、ファルハルドの体勢は崩れている。敵は右手に刃を黒く焼いた小剣を、左手に同じく刃を黒く焼いた短剣を持ち、息つく暇を与えず連続攻撃を繰り出してくる。


 ファルハルドはなんとかしのぐ。だが、体勢は崩れたまま、立て直すことができない。


 斜め下からの掬い上げるような斬撃。ファルハルドは盾で弾き、後ろに下がる。

 敵は右手の斬撃が弾かれた勢いを乗せ、踏み込み左手の短剣で心臓を狙った刺突を繰り出す。


 ファルハルドは敵の刺突を剣で叩き落とそうとする。

 当たる寸前、敵は軌道を変えた。腰を落とし、短剣の狙いは下に。ファルハルドの剣は空振り。敵は下腹を狙う。


 ファルハルドは身に付けた足捌きでかわす。それは敵にとって予想の範囲内。誘導されていた。短剣を躱す動きで、ファルハルドは建物によって二方向が塞がれた場所に追い込まれる。躱す余地はほとんどない。


 光の反射を防ぐために刃を黒く焼いている暗殺者の剣が、今はぬらりと濡れ、光を反射している。間違いなく暗殺者の剣にはファルハルドにも効く毒が塗られている。掠り傷一つ受ける訳にはいかない。


 ファルハルドは集中する。躱せないなら、剣で弾き盾でらす。敵は斬撃を弾かれ、刺突を逸らされようとも止まらない。左右の剣による激しく素早い連撃を繰り出し、ファルハルドをのがさない。



 両者の剣技と素早さは同等。身熟みごなしはファルハルドが上。力強さと状況は暗殺者が優位。


 大きく違うのは時間。


 暗殺者はファルハルド一人さえ仕留められればそれでいい。その他のことを気に掛ける必要はない。

 ファルハルドは違う。北東部分の喧噪は続き、より大きく激しくなっている。他の方角から聞こえる獣の咆吼もより激しくなっている。暗殺部隊を倒したところで、村に甚大な被害が出ては意味がない。このままいつまでも暗殺者一人の相手をしている訳にはいかない。


 勝負を急ぐ。ならば、採るべき手段は魔法剣術、ではない。


 魔力を引き出すには深い集中が必要となる。集中力を高めた戦い方自体は、ファルハルドにとっては常に行っていること。しかし、この暗殺者の鋭く速い両手の攻撃を凌ぎながら、魔力を引き出せるだけの深い集中を行うことは難しい。

 もしそれだけの深い集中を行えば、わずかな、だがこの敵相手では致命的となる隙を生じさせることになる。


 その上、ファルハルドの体内魔力は未だ完全には回復していない。日常生活、通常の戦闘を行うにはなんの問題もない。しかし、限界に挑むような真に困難な戦いを行える状態ではない。

 ここから先、どれほどの戦いがいつまで続くのかわからない現状からも、負担の大きい魔法剣術発現の無駄打ちはできない。


 だから、行うべきはファルハルドにとっての基本中の基本。すなわち、集中し、思考を巡らせ活路を探すこと。



 剣を弾き、一歩深く踏み込む。しかし、それ以上進むことはできない。敵は立ち塞がったまま。ファルハルドが斬りつけるより先に、敵の攻撃が繰り出される。敵の続く攻撃に対応せざるを得ない。


 足を止めず狭い範囲内で細かな移動を繰り返す。右手側に引きつけ、隙を見て左側から脱出。妨害される。

 ならばと敵の脚を狙い、敵の意識を下に集中させる。充分に繰り返した後、跳躍で敵の頭上を越えんと狙う。甘かった。その程度のことは読まれている。


 ファルハルドは敵の狙いを読もうと、敵の目を覗き込む。なにも読めない。あるのは、虚無だけ。そこにはどんな感情も浮かんでいない。

 敵の意図を読むことはできない。剣を用いて、道を斬り開くしか手はない。


 何度も脱出を試みる。だが、抜け出せない。全ての攻撃を防ぎ、傷を受けてはいない。同時に、状況を変えることもできていない。



 両者共に傷はなく、どちらもまだ目立つほどの疲労はしていない。


 敵の攻撃を防ぐうちに、力の差によりファルハルドはじりじりと押されていた。背後にある建物の壁との距離が近づき、動ける余地は一層(せば)まっていく。


 敵はファルハルドを追い込もうとも、油断することなく焦ることもなく、変わらぬ調子で攻撃を繰り出してくる。



 背後の壁との距離がいよいよ近づいた時、ファルハルドは敵の攻撃に合わせ、片足を地面から背後の壁へと移した。そのまま背後の壁を強く蹴り、迫る敵の小剣に盾を叩きつけるように前へと突っ込んでいった。


 敵は小剣を弾かれ、体勢を崩した。ファルハルドは前へと進む。


 敵は左手の短剣でファルハルドの脇腹を狙う。ファルハルドは身を傾け刃を躱しつつ、踏み出した足を軸に半回転。さっきまでと敵との位置を入れ替えた。


 塞がれた場所から抜け出せたといっても、敵に背を向け離脱することはできない。そんなことをすれば背後から襲われる。


 だから、ファルハルドは暗殺者を倒すために攻める。繰り出すは刺突。敵は躱し、敵も刺突で狙ってくる。


 ファルハルドは盾を使ってらし、胴を狙い斬撃。敵は狭い範囲内で素早く足を踏み替える。ファルハルドの刃を避け、同時に左手の短剣で下腹を狙う。


 ファルハルドはさっきまでよりも動ける余地が広がった分、敵の攻撃を躱しやすくなっている。わずかに下がりながら横に足を踏み出して躱し、繰り出す斬撃。敵はファルハルドの斬撃を小剣で受けんとした。


 ファルハルドの目はその全ての動きをとらえている。


 小剣同士が打ち合わされる寸前。ファルハルドは足運び、重心移動と併せ、剣の軌道を変える。狙うは迫る小剣を握る敵の右手の手首。


 刃は骨に達し、敵の右手首を半ば断つ。敵は寸時の硬直。しかし、すぐさま左手の短剣で反撃してくる。ファルハルドはその短剣に意識を向けた。


 だから、見逃した。敵の右手の動きを。


 敵は右手首を斬り裂かれ、小剣を取り落としていた。そして、その手首からは鮮血が噴き出している。


 至近距離での戦い。両者は極近くに立っている。

 敵は左手の短剣を繰り出しながら、傷付いた右腕を動かしその位置を変えた。噴き出した血液の一部がファルハルドにも降りかかる。皮膚に、そしてわずかながら目にも。



 途端に走る灼けつく痛み。同時に目がかすむ。


 ファルハルドは血の入った左目をつむりながら、剣を振りきった。痛みに動きが鈍り、中途半端に体勢の崩れた敵は避けられない。その身を斬り裂いた。




 ファルハルドは倒れた敵から離れ、壁に背をもたれかけさせ痛む左目に手を当て何度も目をしばたいた。痛みも霞み具合もなかなか変わらない。


 やられた。これこそが敵の狙い。暗殺者は最初からこれを狙っていたのだ。


 暗殺部隊の目的はファルハルドの殺害。ただし、これまで散々追手を退けてきたファルハルドを不意打ち程度で殺せるとは考えない。


 だから。暗殺部隊は目的を分けた。まずは第一段階として、ファルハルドの目の良さを奪いにきた。ファルハルドは目だけに限らず、耳など他の感覚器官も鋭い。それでも人より優れる目の良さを失えば、ファルハルドの戦う力は大きく減じる。


 当然、ファルハルドの目に入った血液はただの血ではない。ほんのわずか目に入っただけでファルハルドの目を霞ませる、これは毒血。


 単純に戦う前に毒を飲んだという話ではないだろう。暗殺者は手強かった。毒に侵され弱った状態では、とてもではないがファルハルドとまともに戦える筈がない。


 おそらくは、バーバクやハーミが毒消しの粥を摂取し続けることで毒耐性を得たように、なんらかの方法で身体を毒に馴染ませ、その身に流れる血液に毒を含ませても動ける身体を作り上げたのだ。それだけの準備を整え、襲いかかってきたのだろう。


 不意打ちも剣に毒を塗っていたことも、全てはこの視力を奪うことから注意を逸らすための目眩まし。

 暗殺者は全てを、自分の命をも道具とし、ファルハルドを弱らせることだけを狙ったのだ。



 ファルハルドは腰から水袋を外し、ざばりと水を掛け目を洗う。しばらくの間、何度も目をまたたいて毒血を洗い流し、視力の回復を図った。


 北東部分の喧噪は続いている。視力は元通りに回復とはいかないが、それでも痛みは減り、目の霞みはだいぶましにはなった。


 ファルハルドは一度大きく頭を振り、北東部分に向かった。

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