107. 悪神の徒 /その⑥
この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。
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バーバクは今、カルドバン村の南側部分で悪神の徒二人を相手取っている。
敵は岩のように重く硬い拳の持ち主。おそらくは第四の悪霊とも呼ばれる悪神チェノーゼ・ボルアルゴの加護を得た者。生身で錘に匹敵する拳と、鎧と同等の硬い皮膚を持つ。
バーバクたちは最初四人で戦い、敵は三人であった。しかし、敵一人を倒すと同時に、村の北東部分にも悪神の徒が侵入しようとしているとの一報が届く。
バーバクはここは自分一人で大丈夫だとジャンダルたち三人を北東部に向かわせた。
悪神の徒は手強い。しかし、単に強く硬い拳と頑丈で硬い皮膚を持つだけであるのなら、それは装備を身に着けた敵と戦うのと変わりはない。姿形から邪術の使い手もいないと判断し、バーバクは自分一人でも相手取れると考えたのだ。
容易い敵ではないが、バーバクは着実に敵を追い詰めていく。
一方、北東部に駆けつけたジャンダルたちが対する敵は四人。二人は素早く、二人は人よりは速く力強い動きを得ている。ただ、この敵も邪術に関しては使えないようだ。
面倒なのは連携を取ってくるところ。単純な強さなら獣人よりも劣っている。しかし、戦いにくさはこの四人のほうが上。ジャンダルたちと敵の戦いは決定打に欠け、長引いている。
そして、その戦いの最中に村の西側部分から破壊音と多数の悲鳴が聞こえた。
悲鳴が聞こえたのは村の西側部分の中間付近。それはニユーシャーたちの店がある辺りとなる。
誰よりも速く、ジャンダルは反応した。おいらが行くと言い残し、ジャンダルは駆け出した。
カルスタンとペールが止める間もなかった。遠ざかるジャンダルの背にカルスタンは「馬鹿。一人で行くな」と怒鳴り、ペールは「無理はするでない」と叫んだ。
聞いているのかいないのか、ジャンダルは歩を緩めることなく駆け去った。ジャンダルを追いかけたい。
しかし、それはできない。目の前の敵を倒さなければ動くに動けない。カルスタンとペールは胸の内でジャンダルの無事を願い、目の前の敵との戦いに集中する。
ジャンダルは動揺している。
閑古鳥が鳴いているとは言え、宿屋を兼ねているニユーシャーの店は村の周辺部、柵傍に近い場所にある。それも出入口からほど近い場所に。
この時刻にニユーシャーたちが店にいるのか、食事を配りにでも出ているのか、ジャンダルは知らない。
しかし、店近くから大勢の悲鳴が上がったことから、平静な気持ちではいられない。徒事ではない事態が起こっているのは予想が付くのだから。
ジャンダルは乱れた心のまま急ぐ。
近づけば、向かう先からよりはっきりと大勢の悲鳴が聞こえてきた。角を曲がる。
ジャンダルは見た。建物が壊され、村人たちが網に捕らわれ連れ去られようとする姿を。その中にジーラが含まれている姿を。
一瞬でジャンダルの血は沸騰する。
敵は九人。全員が闇色の長衣をまとっている。
飛礫を打つ。見せる神技。ジャンダルの飛礫は正確に九人を打つ。敵は網を手放した。
捕らわれた村人たちは網が絡まりなかなか抜け出せない。ジャンダルは駆け寄り手を貸したい。しかし、それはできない。敵は邪魔をしたジャンダルを排除しようと襲いかかって来た。
九人の内、三人は錘を構え、一人は鉄球鎖棍棒を握り締めている。残りの五人は錫杖をその手に持つ。
錘を持つ者と鉄球鎖棍棒を持つ者が武器を手に迫る。おそらくはこの四人は神官戦士に当たる役目を持つ者たちだろう。
錫杖持つ五人の内、少し形の違う錫杖を持つ一人以外の四人がジャンダルに向け、声を揃え祈りの文言を唱えた。
「世界を統べし真なる神よ、賤しき僕が希う。この愚物を偉大なる力で穿ち給え」
闇色の小球が打ち出された。速い。だが、直線的。自身、投擲武器を得意とするジャンダルにとっては読み易い。軌道の違う四つの球であっても、避けることは難しくない。
しかし、避ける間に駆け寄る四人に距離を詰められた。
ジャンダルは足下の土を蹴り上げる。敵は武器を振るうが、視界を妨げられわずかに攻撃が遅れた。
ジャンダルは近くの家屋に跳び込んだ。敵は追いかける。それがジャンダルの狙い。追いかけて来た敵は狭い位置に集まった。
追ってきた四人を狙い、物陰から投げナイフを放つ。二人には避けられ、一人は鎖帷子の上から左肩に刺さる。残る一人は喉に刺さり、鉄球鎖棍棒を持つ男は倒れた。
ジャンダルはすぐさま窓から外へと飛び出した。叶うならそのまま物陰に隠れて笛を吹き、『眠りの笛』で眠らせたい。
だが、相手は邪術の使い手。高い確率で眠りの笛の効果は防がれる。
ならばせめて、次から次へと物陰から物陰へと身を隠して移動し、飛礫やナイフを放ち続けたいところ。
だが、それもできない。ここにいるのはジャンダルだけではないのだから。
ジャンダルは自身を囮とし、敵の注意を引きつける。これ以上、村人を狙わせないために。捕らわれていたジーラたちが逃げるための時間を稼ぐために。
家屋の外で待ち構える錫杖を持つ者たちは、飛び出してきたジャンダルの姿をすぐに捉えた。即座にジャンダルを狙い、錫杖を構える。
その時、村の外で、なにかが爆発する音が聞こえた。
まだ他でも敵が暴れているのか。ジャンダルは舌打ちをする。だが、なにかがおかしい。敵に微かな動揺が見られる。なにがあったのか。
音がした場所は少し距離がある。おそらくはイルマク山の山中。あるいは救援が来たのか。ジャンダルには確かなことなどわからない。
だが、肝心なのは別のこと。今重要なのは目の前の敵の気が逸れ、隙が生まれたことだ。
ジャンダルは飛礫を放ち、投げナイフを放つ。飛礫は二人の額を打ち、二人には避けられる。投げナイフは防がれた。狙った錫杖の形が違う男が邪術で防いだのだ。
「世界を統べし真なる神よ、賤しき僕が希う。我らへと到る害意を拒み給え」
光の神々に仕える神官の使う『守りの光壁』の対となる邪術、『穢悪の拒壁』。防御力は光壁よりも一段落ちるが、触れたものを傷付ける効果が高い攻勢防壁。
それを顕現し、ジャンダルの投げナイフを防いだ。
『穢悪の拒壁』に触れた投げナイフは粉々に砕け散る。ジャンダルは理解した。その顕現する速さと行使された邪術の力強さから考えて、この者がこの九人の長であると。
こいつを倒しさえすれば、この集団の統率は乱れる筈。そして、こいつを倒せなければ残りの七人を倒したとしても、すぐに態勢を立て直してくるのだと予想できる。
だが、どうやって倒すのか。
身熟しを見るに、近接戦の実力はそれほどでもない。ジャンダルからも一枚落ちる程度。ただし、邪術の使い手としてはかなりの実力者。
一対一でも困難な上に、現状は八対一。さらには周囲には未だ逃げ遅れている村人たちがいる。
ジャンダルは思考を加速する。活路はどこか。己に執れる手段を考える。
腰の革帯に挟んである鉄球鎖棍棒や腰の後ろに差す大振りのナイフ、腰に巻いてある鎖を手に遮二無二切り込む。無理、却下。
得意の飛礫や投げナイフなどを投げる。悪くはないが、ジャンダルが投擲武器を使うことはすでに敵に把握されている。それだけで勝つことは難しい。
毒茸の粉などの毒薬を使用する。近くに村人がいる状況では使えない。使うとすれば、飛礫や投げナイフに塗して使用する形か。
『眠りの笛』を始めとしたエルメスタの術。これも難しい。邪術の使い手が複数では分が悪過ぎる。
勝つ手段が見つからない。こりゃ駄目だとジャンダルは早々に諦めた。
今でこそパサルナーン迷宮全層制覇を目指し、戦い続ける日々を送っているが、ジャンダルのその本質は戦士ではなく、旅人であり商人。大事なのは勝利ではなく、利益。利を得られさえすれば、勝つことになど拘わらない。
この場合の利とはなにか。最大の利は敵を排除し、安全安心を手に入れること。それができないのであるのなら、ジャンダルがいなければ連れ去られていた村人たちを無事に逃げおおさせることさえできれば、充分な利を得られたと言える。
だとすれば、やらねばならないことは明白だ。注意を引きつけて、村人が逃げられるだけの時間稼ぎ。それならば無理に勝つ必要はない。場をぐちゃぐちゃに掻き回し、長引かせればそれで良い。
それならばできる。器用さを活かし、持ちうる全てを使えばできる筈。
体勢を立て直し狙ってくる敵の姿を見ながら、呼吸二つ分の時間で以上のことを考え、決断した。
ジャンダルは場を掻き乱すために行動する。追いついてきた二人の敵が振るう錘を躱しつつ、地面に落ちている石を拾い、同時に土埃を巻き上げる。
身を隠すには足りないが、目潰しには充分だ。反射的に、土埃に目を瞑った敵にジャンダルは飛礫を打つ。
飛礫は防がれた。錫杖持つ一人が、離れた位置でジャンダルの飛礫に備え、いつでも穢悪の拒壁を顕現できるように構えていたからだ。
敵は数の優位を活かし、役割を分けてきた。
ならばと、ジャンダルは狙う。傍近くに迫る錘持つ敵三人と、離れた位置にいる錫杖持つ者、併せて四人に同時に飛礫を放つ。錫杖持つ者二人が文言を唱え、穢悪の拒壁が二つ顕現された。
予想の範囲内。ジャンダルは飛礫を放つと同時に駆けていた。穢悪の拒壁は身を囲む黒い渦。敵の視界は不鮮明となる。
ジャンダルは腰の大振りのナイフを抜き、錫杖持つ一人を狙い駆け寄った。
しかし、届くより速く、横から闇色の小球が打ち出される。ジャンダルは慌てて停まり、小球を避けた。
錘持つ三人が背後から迫り、錘を振るう。地面に転がり避ける。ジャンダルを追いかけ、小球が放たれる。身を掠め、当たった箇所の肌が灼けた。
ジャンダルは止まらない。そのまま転がり、物陰に隠れた。錘持つ者が追いついてくる前に家屋の中に逃げ込んだ。
先ほどジャンダルを建物内にまで追いかけようとして、投げナイフで一人が倒されたことから、敵は一瞬追いかけることを躊躇った。その間を活用し、ジャンダルは屋内の状態を把握。
入口付近が騒がしくなる。敵は注意しつつ侵入してきた。
ジャンダルは侵入してきた敵に向け、手近にあった椅子を投げつける。注意している敵にさしたる被害は与えられない。それでも進む敵の足は止まった。
ジャンダルはさらに水の入った樽も投げつけようとするが、重過ぎて持ち上がらない。仕方がないので、傍にあるいくつかの小物を次々と投げつけすぐに窓から脱出した。
外では形の違う錫杖を持つ者が待ち構えていた。闇色の小球が放たれる。ジャンダルはひょえっと叫び、なんとか避けた。
錫杖持つ者たちはそれぞれ別の窓の所でジャンダルを待ち構えていた。今、目の前にいるのは一人だけ。そして、網に捕らわれていたジーラたちもすでに逃げることができている。ジャンダルはこれ以上は必要ないと、このまま自分もこの場から逃げだそうとした。
その時、ジャンダルが避けた闇色の小球が家屋横に積まれている麦藁の山に当たった。小さな悲鳴が上がり、麦藁の山が崩れる。
ジャンダルは驚き、目を向けた。そこでは一人の幼子が頭を抱え震えていた。逃げ遅れた幼子が麦藁の山に隠れていたのだ。
「逃げろ!」
ジャンダルは叫ぶ。しかし、震える幼子は恐怖に立ち竦み、その場にしゃがみ込んでしまった。
形の違う錫杖持つ者は顔を歪め、嗤う。錫杖を幼子に向け、ジャンダルに聞かせるように一音一音をはっきりと、そしてゆっくりと文言を唱え始める。
この糞が。ジャンダルの頭が芯から熱くなる。ジャンダルは敵が文言を唱え始めると同時に幼子に向け、駆け出した。
文言は唱えられた。
「世界を統べし真なる神よ、賤しき僕が希う。この愚物を偉大なる力で穿ち給え」
これまでとは比べものにならない大球が打ち出される。
ジャンダルから幼子のいる場所にまでは距離がある。間に合わない。敵はそのことを理解しているからこそ、より力を籠められるようゆっくりと文言を唱えたのだ。
大球が迫る。ジャンダルは懸命にその腕を伸ばす。間に合わない。ジャンダルは吠えた。地を蹴った。大球は迫る。
ジャンダルは幼子を救うことだけを考えて跳んだ。他のことなど考えない。
その伸ばした腕は届く、幼子に。
幼子は助かった。大球に呑まれる寸前にジャンダルは幼子を突き飛ばし、大球は幼子の身を掠めることなく救われた。
代わりに。
幼子を助けるため、懸命に伸ばしたジャンダルの右腕が大球に呑まれた。
「ぁがぁあぁぁああぁあぁぁっっっ」
ジャンダルは絶叫する。ジャンダルの右手は、手首から先が消し飛んだ。




