21. 新たなる襲撃 /その③
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ファルハルドは小剣を地面に突き立て、剣に凭れかかるようにその場に膝をついた。
すかさずジャンダルが駆け寄る。腰の後ろの小鞄から薬を取り出し、ファルハルドの右腕に血止めを塗り、毒消しを飲ませた。
ちょっと待っててと言い、急ぎ放置していた荷車から晴れ着を引っ張り出した。晴れ着を引き裂き、その布で右腕の付け根を固く縛り、さらに右腕に包帯として巻いていく。
右腕以外の無数の傷はさほど深くはない。まずは血止めを塗り、布を当てるだけに留めた。
「兄さん、ごめん。おいらがもっと上手く当てられてたら。ちゃんと剣を振れたら」
「なに言ってる。ほとんどお前が倒しただろう。お前がいなければ、全員死んでいた」
「でも、でも」
「モラードたちを守れた。充分だ。それよりもモラードたちを降ろしてやってくれ。さっきから泣きそうな顔でこっちを見てるぞ」
振り返ったジャンダルの目に、懸命に泣くのを堪えるモラードたちの炎に照らされた顔が映った。
ジャンダルは泣きそうになっていた自分の顔をごしごしと拭い、普段通りの笑顔を作った。
「はは、まったく。しょうがないな」
モラードたちに声を掛け、ジャンダルは大木の下まで小走りで向かった。
だが、下で受け止めるので綱を伝って降りるよう伝えた時、再び甲高い笛の音が鳴り響く。
そのまま樹上に留まるように言い置き、ジャンダルはファルハルドのいる場所に駆け戻った。声を掛けようとしたジャンダルの耳にファルハルドの呻き声が届いた。
「糞ったれ」
「どうしたの。今のって」
丘の下、離れた場所。月明りだけが地面を照らすなか、ファルハルドの目には新たに駆け寄って来る悪獣の姿が映っていた。
「やられた。奴らまだ手玉を残してやがった。悪獣が十頭向かってくるぞ」
「なんてこったい」
ファルハルドは唇をきつく噛み締め、ジャンダルは拳を堅く握り締める。
「ジャンダル、『子孫繁栄』をくれ」
「ちょっ、兄さん駄目だよ。怪我をしている時に飲めば出血が激しくなるんだ」
「構わない。今のままでは戦えない。必ずモラードたちを守り抜く」
「…………。しゃーないね」
溜息をつき、革袋の栓を開け、水と共に『子孫繁栄』を飲ませた。
ジャンダルは急ぎ集められるだけの飛礫を拾い集める。ナイフは深々と刺さり抜けなかった。代わりに荷車に積んであった、暗殺部隊から回収していた予備の黒い小剣を腰に佩く。
ファルハルドは右腕が動かず、疲労困憊。本来は立っていることもできない状態だ。出血からいっても、もはや長時間は戦えない。
ジャンダルも小剣を佩いている。が、ジャンダルは剣が苦手。剣を振っても戦力にはなりがたい。回収できた飛礫は元の三分の一もない。錘付きの鎖は二本あるが、悪獣相手では牽制にもならない。
この絶望的な状況にも二人の戦意は衰えない。二人の後ろには守るべき子供たちがいる。自分たちは討ち果てようとも、必ず子供たちは守りきる。
悪獣たちが迫り来るなか、二人は雄々しく吠えその身を奮い立たせた。
─ 5 ──────
悪獣たちはすでに丘の下に達し、止まることなく駆け登って来る。
ジャンダルの目にも、新たに迫る悪獣たちの赤く光る第三の目が見えた。
丘の半ばに達した悪獣を狙う。ジャンダルは高い集中力の下、神技を見せた。実に八頭の悪獣の額の目に当てる。
二頭を怯ませ、六頭の額の目を潰した。肩は痛み、爪は割れ、指先の皮は破れたが気に掛けることはない。右手で小剣を構え、左手で鎖を持つ。
額の目を潰された六頭はその場で転げ回っている。無傷の二頭を先頭に、遅れてしばし怯んだもう二頭の悪獣も牙を剥き出しファルハルドたちに迫る。
無傷の二頭は分かれ、ファルハルド、ジャンダルそれぞれに迫る。
ファルハルドは左手で小剣を持ち、右足を引き半身になって構える。もはやぎりぎりでの見切りはできない。迫る悪獣に合わせ、その場で跳んだ。
額の目に剣を突き刺すが、悪獣の攻撃を避けきれず、後ろに跳ね飛ばされ大木に身をぶつける。
身体を浮かせ、踏ん張らずに飛ばされた分だけ衝撃を逃し、被害を抑えた。それでもすぐにその場で立ち上がることはできない。片膝をついた。
その片膝をついたファルハルドの目に、弾き飛ばされて来るジャンダルの背中が見えた。
ジャンダルは迫る悪獣に鎖を投げつけた。だがやはり人間相手と違い、足を止めることはできず歩調を乱しただけだった。
剣を構える。迫る悪獣の牙を避けようと身を捩った。牙を完全に避けることはできず、脇腹に傷を負いながら弾き飛ばされた。
弾き飛ばされるジャンダルをファルハルドが身体で受け止める。が、支えきれずジャンダルともども大木の幹に身体を打ちつけ、地面に転がった。
横たわる二人に、三頭の悪獣が牙を剥き出し襲いかかる。
ファルハルドは身を起こし、大振りに剣を振るい、牽制する。悪獣たちは全く怯まない。
ファルハルドは膝立ちになり、鼻先を斬り裂き、剣の平で悪獣たちの横面を叩き牙を逸らす。
一度は逸らした。だが、それで悪獣たちの攻撃が止むことはない。獣臭い息がかかる。牙を剥き、二人の喉を引き裂こうとする。
これ以上は躱せない。
ファルハルドは誓った。子供たちを安心して暮らせる場所に送り届けるまで、決して死にはしないと誓った。
無念。もはや、これまで。誓いは守れそうにない。それでも、せめて子供たちは守ってみせる。
喰らいつかれようとも悪獣に剣を突き立てる。たとえ、喉を裂かれようとも悪獣たちを全滅させるまで諦めない。
牙と剣が交錯する。
悪獣たちが二人に牙を突き立てようとし、ファルハルドが悪獣の額の目に剣を突き立てようとした、その瞬間。
ファルハルドたちと悪獣の間に光り輝く壁が立ち昇った。




