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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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105. 悪神の徒 /その④



 ─ 5 ──────


 日が暮れ、次第に夜の闇が迫ってくる。


 この日はエンサーフの月十一日(中のハキィークァの日)。満月の二日前、薄曇りの夜。

 かなり明る目の夜ではあるが、夜は闇の存在たちの時間。悪獣の活動はより活発となり、村を激しく攻め立てる。


 村人たちは各所に用意してある篝火を焚き、襲撃に対応する。

 ジャンダルたちも村人たちと協力し防衛に加わるつもりであったが、カルドバン村の村長から夜間は休み、昼間の悪神の徒による襲撃への対処を頼みたい旨を伝えられた。


 確かに戦える者はいくらでもいて欲しいが、この襲撃がいつまで続くのか、他の救援がいつやって来るのかがわからない。村人たちも戦う者、休む者、予備としていつでも戦える状態で待機して身体を休める者に分かれている。


 これだけの規模は初めてであっても、悪獣による村への襲撃はこれまでに何度もあった。柵に守られた村内から悪獣の襲撃をしのぐことは村人でもできる。

 そして、悪神の徒は、闇そのものである悪神を信奉する者たちであっても人は人。活動は基本的に日のある昼間であることが多い。


 だからこそ、ジャンダルたちには、村人には荷が重い悪神の徒の相手を頼みたいということであった。


 ジャンダルたちは納得し、明日に備えその日はゆっくり休むことにした。




「ジャン兄!」

「あんたら」

「やあ、皆。元気かい」


 ジャンダルたちは休む場として、ニユーシャーたちの店を選んだ。見たところ、ニユーシャーたちは怪我することもなく過ごせているようだ。ジャンダルたちを歓迎する。


 ニユーシャーたちは、モラードが無事パサルナーンに辿り着いたと聞き安堵した。


 救援を求める使者は敵が徘徊する地を抜け、離れた場所にまで辿り着かなければならず、辿り着いたところで必ずしも救援要請が聞き入れられるとは限らない。

 走るだけでも危険な上に、助けを求める役目を果たせなければ、とてもではないが二度と村には帰ってこられない。


 使者役は必要ではあるが、実に困難な役目だ。無事、役目を果たせたことを心から喜んだ。



 話を聞けば、ニユーシャーとラーメシュは武器を手に戦う役ではなく、他の村人たちと協力し皆の食事を作り、世話を焼く役目を果たしていると言う。


 行っていることは普段とそう大きくは変わらないが、少しでも食糧の消費を抑えられるように普段なら捨てる部分も使って可食部分を多く取れるようにすることや、燃料を節約しながらの調理など、料理人でなければ難しい点も多くいろいろ工夫も必要で、なかなか大変なようだ。

 ジーラもその手伝いをしているそうだ。


「あれ? エルナーズ、その格好どうしたの」


 エルナーズは勇ましい、とまでは言わないが、髪を短くばっさりと切り、泥や土埃に汚れた男物の服を着ている。


 訊いてみれば、エルナーズは自ら志願し、投石を行う役に加わっているそうだ。


 最初は他の村人たちは反対し、止めた。しかし、本人が熱心に希望したこと、それまでに多くの村人たちに石投げを教える教師役を行っていたことから、戦う役目である投石役に加わることを認められた。

 防衛戦のなかで次第に頭角を現し、今では小集団の指揮役として頼られているほどだ。


「へえー、凄いね」


 エルナーズは恥ずかしそうに身を縮めて首を振る。


「ううん、そんなことないよ。私も村を守る役に立ちたいだけだよ」


 住んでいる村を賊に襲われ失ったエルナーズの未だ完全には癒えぬ心の傷と、その辛さに負けずに生きようとする懸命さが良く伝わってくる。


 だから、ジャンダルたちはできるだけ楽観的な言葉を選び、努めて明るく話す。


「そっかー、頑張ってんだね。うんうん。おいらたちも駆けつけたし、数日すれば他の挑戦者たちも追いついてくる筈だから、もう大丈夫だよ」


 ジャンダルはにっかり笑う。バーバクはその太い腕を曲げ、大きな力瘤を作ってみせる。


「だな。ここからは俺たちに任せてくれ。村を襲う悪者は俺がまとめて退治してやるからな」


 カルスタンは普段以上に胸を張り、堂々たる態度を見せる。


「その通りだ。悪獣なんぞ何頭来ようが、俺の戦鎚の一振りで全部ぶっ飛ばしてやるぜ」


 ペールも疲労を隠し、安心するように伝える。


「人は闇のものどもになど負けはせぬ。心を強く持てば、怖れるものなどなにもない。さあ、皆で戦神様に祈りを」


「いや、そういうのはいいから」

「ぬ」


 ペールとジャンダルはいつもやっている遣り取りを繰り返す。


 バーバクとカルスタンは笑っているが、ニユーシャーたちは付いていけていない。農村に暮らす村人であるニユーシャーたちは素直であった。ペールの言葉に従い、手を合わせ祈りを上げようとしていたのだ。


 なぜ、ジャンダルがペールを止めたのかわからず、手を合わせた格好のまま首をかしげている。


 ジャンダルは苦笑し、バーバクたちは笑ってジャンダルとペールをうながした。


 ジャンダルは深々と頭を下げ、いやに真面目くさった声で、

「これは失礼致しました、神官様。どうか無知蒙昧なわたくしの愚かな言動をお許しくださいませ」

と言葉面だけは謝罪してみせるが、その表情は思いっきり笑っている。


 バーバクとカルスタンは吹き出し、ニユーシャーたちはますます不思議そうな顔をする。

 ペールは一瞬呆れ顔になるが、すぐに気を取り直し、「では、皆で共に祈ろう」と声を掛けた。


 皆は笑いを控え、厳粛な顔で手を合わせた。ペールが祈りの文言をつむぐ。


「闇を打ち払う猛々しき神であるナスラ・エル・アータルよ。寄る辺なき我らは御身に願う。


 臆病なる我らに闇と戦う勇気を与え給え、地にある我らが光と共に在れますように。

 弱き我らに信じ抜く強さを与え給え、迷い多き我らが道をあやまることなきように。

 身勝手なる我らに助け合える優しさを与え給え、一人で生きられぬ我らが共に在れますように。


 御名をたたえ、御心を満たし、御目を喜ばせる日を迎えられんがため、この困難な日を生き抜く力を与え賜らんことを望み奉る」


 ジャンダルに信仰心は欠片もなく、バーバクやカルスタンも篤信を持ち合わせない。

 それでもこのときばかりは、ニユーシャーたちに合わせ誠心をもって共に祈りを上げた。

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