103. 悪神の徒 /その②
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ジャンダルたちは物陰に身を隠しながら慎重に進み、包囲の西側部分に回ることができた。
かなりの時間を使ってしまったが、日暮れまでにはまだ二刻はある。群れの中を通過し、村内に入るだけの時間はある筈だ。
それだけの時間を掛けても通り抜けられないようなら、ジャンダルたちだけで群れの中を通過するのは無理だということだろう。
群れに突入する前、最後の物陰でジャンダルたちは一度目を合わせ頷き合う。
ペールは手を合わせ、祈りの体勢に入る。バーバクは斧を、カルスタンは戦鎚を、ジャンダルは飛礫を手に警戒する。
ここで魔力の大部分を使いきっても構わない。ペールは通常よりも深く祈りに没入する。
風向きが変わる。群れの最後尾にいる悪獣たちがジャンダルたちに気付いた。悪獣が襲いかからんと牙を剥いた、瞬間。高らかに祈りの文言が唱えられた。
「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルに希う。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」
濃密にして、特大。巨大な不可視の拳が放たれる。不可視の拳は進路上の悪獣を全て叩き潰し、群れに空白の空間を作り出した。
不可視の拳は減衰しながらも、村を囲む防衛柵へと届く。柵に取り付いていた猿の悪獣を落とした。柵傍で戦う村人たちもジャンダルたちの存在に気付いた。
ジャンダルたちは、そして悪獣たちも、一斉に駆け出した。
ジャンダルたちは突っ込む。群れに生じた空白に。
悪獣たちは迫る。群れに飛び込んできたジャンダルたちに向けて。
狼の悪獣が牙を剥き出し、バーバクへと跳びかかる。斧を振るい、宙にいるまま斬り裂いた。
迫る犬と狼、鹿の悪獣をカルスタンはまとめて薙ぎ払う。
ジャンダルは飛礫を放つ。ジャンダルの飛礫打ちの技は子供の頃にはすでに完成している。
昔と異なるのは力強さ。昔よりも飛礫に強さと勢いを載せることができている。次から次へと悪獣たちの額の第三の目を潰していく。
ペールは魔力を大量に消費し、疲労困憊。しかし、足取りを乱すことなく駆け、背後から迫る犬の悪獣に鉄球鎖棍棒の鉄球を叩き込む。
悪神の徒、暗殺部隊らしき姿は見られない。ジャンダルたちはただの悪獣たちに負けはしない。
それでも押し寄せる数は尋常ではない。一瞬の気の緩みも許されない。
バーバクとカルスタンの戦い振りはまさに獅子奮迅。
猛り、昂りながらも自らを失わず、進路を塞ぎ襲いかかる悪獣たちを次々に排除していく。犬や狼の悪獣を斬り捨て、猿や兎の悪獣を盾で殴り殺す。
ジャンダルは牛や熊、近寄らせれば特に危険な悪獣を優先して額の目を潰していく。それでも近づく個体は声を上げ早目に注意を促し、戦いの主導権を確保する。背後はペールが守る。
四人は進む。いくらかの手傷を負いながらも、村を囲む防衛柵のその外側、用水路を兼ねた堀にまで辿り着いた。
防衛を主としたものではないため、乗り越えるのはそう大変ではない。バーバクは腰の下まで、ジャンダルは鳩尾までを水に浸かりながら、堀を越え柵に辿り着く。
ここまで来れば村内からの援護も届く。
村人たちにはやって来たのが何者であるのかまでは把握できていない。
それでも光の神々に仕える神官が含まれていること、自分たちの村を襲う悪獣たちと戦う者であることは理解できている。
村人たちは柵の間から斧を振り、槍を突き出し、柵の上から矢を射り、石を投げ、ジャンダルたちを助ける。
ジャンダルたちは一層激しく戦い、悪獣たちを退ける。
村人は柵の出入口を少しだけ開いた。ペールが『守りの光壁』を顕現させ、一時悪獣たちを大きく押し返した。
その間にジャンダルたちは素早く出入口に身を滑らせ、村内に跳び込んだ。
出入口は直ちに封鎖された。
村人たちは諸手を挙げてジャンダルたちを歓迎する、訳がない。無言で目を光らせ、少し距離を置いたままジャンダルたちの様子を窺っている。
当然のことだ。現状、村人たちにとってジャンダルたちはいったいどこの誰で何者なのか、正体が知れない状態なのだから。
一応は味方だと考え村内に招き入れはしたが、非常事態の最中、いきなり完全に信用しろと言っても無理というものだ。
村人たちは緊張した様子で、ジャンダルたちが何者なのか、どうするのかを警戒している。
不意に、ジャンダルがするすると前に進み出た。警戒心や悪意のまるでない明るい笑顔を浮かべ、陽気な声で話しかけた。
「やあ、皆、お久しぶり。助けに来たよ。エルナーズとかジーラは無事かい?」
この発言に村人たちの緊張が解ける。ジャンダルは何度もこの村を訪れている。落ち着きさえすれば、村人たちもそれが見覚えのあるジャンダルであることに気が付いた。
取り敢えず今、村がどうなっているのか、ジャンダルたちが問いかけようとしたその時。不自然な振動が伝わり、悲鳴が上がる。
それは村の北側から伝わってきた。
他の村人たちが動くよりも早く、ジャンダルたちは駆け出した。ペールも遅れることなく駆けるが、だいぶ息が乱れている。抑えてはいるが、かなり疲労が溜まっているのだろう。
現場に向かう途中、どこからかエルナーズが投石の合図を出しているらしき声が聞こえた気がした。
現場に駆けつけたジャンダルたちは見た。十名以上の村人たちが血を流して倒れ、傍に怪しげな一人の人物が立っている姿を。
その人物は長い蓬髪を振り乱し、取り憑かれたような熱を帯びた目付きをしている。
そして、その身には闇色に染められた巡礼服のようにも見える長衣をまとっている。それはペールが着ている神官服とは少し形が違う。魔術師たちが着ている物とも異なっている。
大まかな形は同じだが、細かな部分が違い、なにより最も目立つ部分が全く違う。
神官服ならば、己が信じる神を表す文様が縫い付けられている。そこには神を表すとは思えぬ奇妙な文様が縫い付けられている。
それが表すものを知らずとも、目にした者は誰もが感じる。あまりに禍々しく、不吉であると。
ペールが鼻に皺を寄せ、その目付きを険悪なものにする。忌々しげに吐き出した。
「悪神の徒め」
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一定の間隔で、村を守る柵になにかが激しく叩きつけられている。その度に柵は揺れ、振動が伝わってくる。
ジャンダルが柵から身を乗り出す。
見た。筋骨逞しい大男が戦鎚を振るい、柵を破ろうとしている。
村人たちは大男をなんとかしようと、懸命に矢を射り、投石をぶつけるが、大男にあまり効いた様子はない。平然と戦鎚を振り、柵を破壊しようとしている。
このままでは保たない。
焦ったジャンダルの隙を衝き、村内に侵入していた悪神の徒が襲いかかる。獣の如き素早さと激しさ。ジャンダルの回避は間に合わない。
間一髪。バーバクが割り込み、攻撃を盾で受け止めた。バーバクは大声で指示をする。
「こいつは俺が引き受ける。お前たちは外の奴を片付けろ」
「わかった」
バーバクは素早い敵との相性は決して良くない。
それでも、悪神の徒には奴ら特有の術がある。ペールが疲労している現在、魔法剣術を使えるバーバクが相手をするのが一番確実だ。
もっとも、それを言うなら外の敵に関しても同じであるかも知れないが。
だからこそ、バーバクは自分以外の三人で当たらせた。三人掛かりであるならば、早々敗れはしない筈だと考えてのことだ。
柵の外では大男が戦鎚を振り回しているせいか、近くにいる悪獣の数は多くない。悪獣の相手は村人たちに任せ、ペールには村人の手助けと柵内からジャンダルたちへの援護を頼み、カルスタンとジャンダルは柵を乗り越え、再び柵の外へと飛び出した。
ジャンダルは柵を乗り越えると同時に飛礫を打ち、大男を狙う。
戦鎚を振るっている最中なのだ。大男に飛礫を避けることはできない。
額を打った。血を流す。しかし、大男には堪えた様子はない。
ジャンダルたちは確信する。この大男は、そして村内に侵入した蓬髪の男も、悪神の加護を得ているのだと。




