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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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102. 悪神の徒 /その①



 ─ 1 ──────


 ジャンダルたちは、盾、鎧、兜、武器、血止めや布、食料、水などの重量のある装備一式を身に着けた状態で、二日でカルドバン村の近くにまで歩を進めた。


 そのまま進めば、あと二刻ほどで村に着くが、現状を把握せずに飛び込むなど自殺行為でしかない。まずは村の状態を確認する。

 村を襲っているのが悪獣たちである以上、その獣の嗅覚が嗅ぎ取る範囲は広いだろう。ジャンダルたちは風向きに気をつけながら慎重に近づいていった。


 途中、何度かはぐれらしき悪獣とあたったが、全て声を上げる間も与えず瞬殺する。



 村を見下ろせる場所まで進めば、圧力さえ感じさせる空気の震えが伝わってくる。それは、多数の、厚みがある獣の吠え声や唸り声。


 身を低くし、樹々の間からそっと覗き見たジャンダルたちは息を呑む。村の周囲全てを悪獣が埋め尽くしている。


 元となっている獣は過半数を犬や狼が占め、残りを鹿や馬、牛、猿、熊など多様な種が占めている。

 その総数は五百か、六百か、それともそれ以上なのか。これだけの数を見慣れないジャンダルたちには、おおよその数すら把握しかねるほどだ。


 驚きにしばし無言となる。しばらく続いた重い沈黙を、カルスタンの呟きが破った。


「闇の怪物どもの姿がないな」


 言われ、ジャンダルも気付く。確かにこれほどの悪獣が集まっていながら、見える範囲内に闇の怪物の姿は一体たりとも見られない。


 ならば、多少は対処しやすくもなるかとジャンダルは考えた。

 だが、違う。カルスタンが言っているのはそういう意味ではない。バーバクとペールはその発言の意図に気付いている。


「これだけの規模の群れを率いているのが双頭犬人でないとなると」


 バーバクが話し、ペールがあとを引き継いだ。


「うむ。率いているのは悪獣使いである。それも野良ではあるまい。これほどの数をまとめられるだけの人数が出張っているのだ。奴ら、悪神の徒として活動しておる。呪われた教団の邪悪な教えを大々的に実践しようとしておるのだ」


 ペールは強い苛立ちを含んだ目で言ってのけた。光の神々に仕える神官にとって、悪神の徒の存在とその行いは最も忌まわしいものであるからだ。


 この自分では気付けなかった視座を与えられたことにより、ジャンダルの気付きは他の者では考えが及ばない点へと届く。


「てことは、あそこにはイルトゥーランの暗殺部隊もいるね。て言うか、これって暗殺部隊が仕掛けた作戦、だよ」


「なんと。では、ファルハルドを殺す目的でイルトゥーランはこれほどの大群を用意し、一村を襲っていると申すのか」


「そう。前にもあったんだよね。暗殺部隊が悪獣使いを使って襲撃してくるのは、初めてじゃないんだ。前の時は兄さんをるために連れごと消そうと悪獣をけしかけてきたんだ。

 イルトゥーランは、て言うかベルク王だね。ベルク王は悪神の徒と手を組んでたようなんだ。


 もしかしたら、これはもっと大きな作戦の一環かもしんないけどさ。この前の兄さんからの手紙で刑期終了が早まったって書いてたじゃない。

 今この時に、おいらたちが親しくしてる村が悪獣の群れに襲われるのが偶然の訳がないよ。


 帰ってくる兄さんの、まさにその目の前でカルドバン村を滅ぼして、絶望と無力さを味わわせて心折ろうってはらじゃないの」


「狂気の沙汰だな」

「許せん」


 バーバクは怒りに顔を歪め、カルスタンは拳を握り宙を殴る。



「なら、どうするかって話なんだけど。どうしよ。大群とは聞いてたけど、まっさか、こんなにいるとはね」


 不用意に群れの中に飛び込めば、そのまま磨り減らされて終わる確率は高い。だからと言ってジャンダルたちに諦めて引き返す気などない。



 差し当たり、選択肢は大きく分けるなら三つ。


 一つ、待つ。情報収集をしつつ他の挑戦者たちを待ち、充分な人数が集まってから戦いを挑む。

 二つ、削る。他の挑戦者を待つことなく戦い、攻撃と退避を繰り返し外から数を削っていく。

 三つ、伝える。一先ずは悪獣を倒すことより救援が来たことを村人に伝えるのを優先し、群れの中を一気に駆け抜け村内に入る。



 一つ目、他の挑戦者たちを待つ選択肢が一番確実ではある。数に対抗するには数がいる。


 同数は必要ない。困難な戦いが待ち受けるとわかって、参加する者たちだ。やってくるのは迷宮挑戦者のなかでも腕に覚えのある者たちである筈だ。

 悪獣相手なら十分の一も必要ない。その半分でも事足りる。


 ただし、その場合はやって来るまでに日数が掛かることが致命的だ。

 出発はジャンダルたちの一日遅れ、移動速度も標準的なものならそこからもう一日。大人数が移動するならさらに遅くなるかも知れない。


 何人がやって来るのかもわからず、そして悪神の徒がいるのなら何人いれば充分なのかなどわかりようもない。

 カルドバン村は今どうなっているのか、このままの状態でいつまで保つのか、なにも情報がないなかで、この選択肢は採りにくい。


 二つ目の敵の数を減らしていく場合ならどうか。

 簡単にはいかないだろう。だが、バーバクたちにならできる。それだけの戦闘経験と連携は積んでいる。つまり、可能な範囲内でできることを行い、状況の変化を図るということ。


 現在の一方的に村が攻められるだけの状況からは変化するが、効果はどうか。


 包囲の外縁部でジャンダルたち四人が戦った程度で、それが全体の形勢にまで影響を与えられるとは思えない。

 また、攻められ余裕のない村人たちに、助けに来た者たちが外で戦っていると伝わるのかどうかも疑問だ。


 となると、無駄ではないが効果のほどはあまり期待できない。


 ならば、選ぶのは三つ目になるだろうか。


 パサルナーンに救援要請が届いたこと、それを受け、こうして救援が駆けつけて来ていることを伝えることができれば、村人たちも安心するだろう。

 それに、ジャンダルたちが村人たちと力を合わせれば、より確実に長く村の防衛を行うことができるだろう。


 ただ、群れの中を通り抜け、村にまで辿り着くのは容易ではない。悪神の徒がいるのならなおさらだ。

 下手をすれば、なにもできないまま無駄に死ぬ。その確率は低くない。



 群れをまとめる悪獣使いたちを狩り出し、群れを瓦解させてはどうかという意見も出たが、この大群の中から隠れている悪獣使いを見つけ出すことは難しく、戦いながらでは探す余裕があるとは思えない。

 暗殺部隊もいるのなら、乱戦時の危険度はさらに増す。


 そして、ここにとどまり、なにもしなければ村はどんどん疲弊していく。だらだらと話し合っていられる時間はない。


 ジャンダルたちは決断した。群れの中を突破し、村内に入ると。



 残る問題は一つ。どうやって突破するのかだ。

 執れる手段はあまりない。迷う余地がないだけに、逆に方法はすぐに決まった。


 まずは村を囲む包囲が最も薄い西側部分を突入箇所に定めた。

 そこまでは見つからないように注意して進まなければならない。万が一、突入前に捕捉された時には、襲ってくる敵を倒しながらイルマク山へ撤退し態勢を立て直す。


 見つかることなく西側まで回り込むことができれば、最初にペールによる不可視の拳を叩き込み、生じる隙間に飛び込む。


 魔法剣術を使え、悪神の徒から魔法攻撃を受けたとしても対抗できるバーバクを先頭に、次を馬力のあるカルスタンが、その後ろを離れた位置への攻撃が可能なジャンダルとペールの順で進み、戦闘はバーバクとカルスタンが中心になって行い、ジャンダルとペールは敵の動きの把握や二人の援護に専念する。



 方針を決め、ジャンダルたちは動き出した。

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