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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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101. 凶報 /その③



 ─ 3 ──────


 あの毒巨人との戦いから、じきに一年が経つ。

 今ではバーバクたちは怪我からも恢復し、パサルナーン迷宮六層目に挑む日々を過ごしている。


 バーバクとハーミは大量の毒血を浴び、肉体も魔力も限界まで酷使したが、それでもその被害は以前毒巨人と戦った時よりも軽かった。毒消しの粥を食べ続け毒耐性を得ていたことと、『魔力増幅薬』を使用した結果による。


 『蛮勇の旋律』による後遺症も目立つほどではなかった。限界に挑むような戦いであるのは、前回も今回も同じであるのだから。


 ただ、一月は寝込み、充分に動けるようになるのに三箇月、以前と同様に戦えるようになるまでには半年を要しはしたが。


 ジャンダルやカルスタン、ペールはもっと短い月日で恢復している。二月ほどで元通りに戦える状態に戻した。



 そして、六層目では巨人たちとぶつかる頻度が上がり、戦いが長引いた時に新たな巨人が襲ってくる回数が増えている。


 それでも、あの激闘を勝ち抜いたジャンダルたちにとっては問題とならない。挑戦は順調に進んでいる。最近ではいつ七層目に挑戦しようかと話し合ってもいる。



 大変でありながらも、充実した日々だ。


 昔と変わったこととして、外に食事に行く回数が減ったままであることが挙げられる。今では拠点で食事を摂るのと、外に食事を摂りに行く割合は七三ほどになっている。


 なぜか。理由は簡単。バーバクが結婚し、その相手が皆の分を含め、手料理を用意してくれるようになったからだ。


 バーバクの結婚相手は誰か。長年の馴染みの相手であったラサーである。


 去年の秋がちょうどラサーの年季が明ける時期に当たっていたのだが、バーバクが復讐に囚われ続けていたことが原因で、二人の関係は変わらず客と娼婦のままでとどまっていた。


 それが、バーバクが再び重体となったことを切っ掛けにして関係が進み、一緒になることになったのだ。


 ちなみに、『ラサー』は娼婦として白華館に出ていた時の名前なので、今は元の名である『レーヴァ』に戻している。

 ラサーと呼んではいけない。決して呼んではいけない。うっかりとでも呼んでしまえば、筆舌に尽くしがたい恐怖を体験することになる。



 その時もレーヴァが作ってくれた手料理を皆で味わっていた。食卓は今日も賑やかだ。肉の塊に手を伸ばしたバーバクの皿に、レーヴァががさっと野菜を載せた。


「ほーら、野菜も食べなさい」


 レーヴァは柔らかく注意する。バーバクはいかにもな厭そうな顔をするが、その口元は緩んでいる。ちょっとした遣り取り一つ一つが幸せなのだろう。


 ジャンダルたちはにやにやしながら眺めている。

 戦うとなれば多くの者を圧倒できるバーバクが、家ではどちらかと言えば尻に敷かれている。いや、手綱を握られていると言うべきか。そんな姿が微笑ましい。


 今まで、ここは戦いに赴くための『拠点』であった。今は、皆が暮らす『家』となっている。

 こんな日々も良いものだ。それがバーバクとレーヴァを眺めるジャンダルたちの感想だった。




 そんな食事の最中に突然の激しい音が響き渡った。誰かが、建物の扉を強く叩いている。


 もう、日は暮れている。いったい、誰か。バーバクは一階へと階段を降り、小剣に手を掛けた状態で警戒しながらわずかに入口の扉を開けた。


 そこにいたのは二人の人物。

 一人は近所に住む顔見知りの住人だった。そして、もう一人。それは住人に肩を貸され、なんとか身体を支えている傷だらけで疲れきった青年。青年の腰には使い込まれた小剣が佩かれている。


 はっきりとは思い出せないが、バーバクはその青年も見掛けたことがある気がした。


 青年は必死になにかを話そうとしている。ただ、なにを言っているのかは聞き取れない。疲労と乾きでまともに声を出すことができていないのだ。不明瞭な言葉らしきものを繰り返している。


 バーバクは扉を開き、二人を招き入れた。二階に向け、大声で水を持ってくるよう伝えた。


 住人の説明によれば、この青年はバーバクたちの住む家を探し、この近所の建物の扉を片端から叩いていたそうだ。

 その息も絶え絶えな必死の様子を案じ、この住人が肩を貸しここに連れてきたのだという。



 水を入れた杯を持ってきたジャンダルが青年を見て、声を上げた。


「え? モラード!」


 そう、その青年とはカルドバン村の住人、モラードだった。


 バーバクがモラードを見て、見かけたことがある気がしたのは、以前顔を合わせていたからだった。


 バーバクたちもファルハルドがいない二年の間に、一度ジャンダルと共にカルドバン村を訪れていた。ファルハルドが気に掛けている人たちに、この二年間の不在を伝え、自分たちがいながら守れなかったことを謝罪するために。


 ただ、バーバクがモラードと顔を合わせたのは一度きりであり、今回徒事(ただごと)でない様子からもそれがモラードであるとは気付けなかった。



 ジャンダルが水を飲ませ、近所の住人と代わってモラードに肩を貸し、三階の今は空いているファルハルドの部屋に運んだ。


 モラードはジャンダルの腕を握り締め、懸命になにかを伝えようとするが、まずは寝台に寝かせハーミが『治癒の祈り』を祈ることにした。


 少し回復し、やっと口を利けるようになったモラードは伝えた。カルドバン村が見たこともない悪獣の大群に襲われていると。



 それは二日前の昼に始まった。


 最初に気付いたのは村の周囲に広がる畑を耕している者たちだった。人の領域の最前線と違い、カルドバン村の辺りでは闇の怪物たちの襲撃は頻繁ではない。それでも完全に途絶えることもない。


 当然、警戒は怠っていなかった。だから、村人は先に気付くことができた。村に向け、迫ってくる悪獣の群れに。


「悪獣だ! 皆、逃げろ!」


 口々に叫ぶ。村人たちは決して無力な存在ではない。しかし、戦うことを本職とする者たちでもない。充分な準備もなしに、悪獣を撃退することなどできない。


 畑に出ている村人たちは慌てふためき、手にする物を投げ捨て駆け出した。一刻も早く頑丈な柵に守られた集落内に逃げ込もうと、近くにある出入口へと殺到する。


 その時。一人の者が振り返った。つい、振り返ってしまった。

 そして、見た。かつて見たこともないほどの悪獣の大群を。


 攻め寄せる悪獣の大群をまともに見てしまった村人は、恐慌をきたし悲鳴を上げた。その悲鳴に気を取られた者はその場で振り返り、足が止まった者たちは皆、次々と悪獣の波に呑み込まれていった。


 外にいた村民たちが集落内に逃げ込むと同時に、出入口は厳重に封鎖された。



 集落内にいた者たちは、最初の叫び声を聞いてすぐに行動していた。

 集落内に悪獣の来襲を触れ、男たちは武器を取り、女たちは食料、薬の手配をし、子供たちは頑丈な建物内に匿った。そして、もう一つ。救援を求める使者を走らせた。


 北東から迫る悪獣の大群に気付いた段階で、この村にいる者だけでは凌げないと理解できていた。だから助けを求めるため、若く足の速い者たちをまだ悪獣たちがいない方角へと走らせた。


 一組は西へ。西にある隣村までは、普通に歩けば二日掛かる距離がある。

 もう一組を南へ。イルマク山を越えた場所、パサルナーンへ。他国になり、距離も普通に歩けば三日も掛かるほどある。

 それでも、パサルナーンには挑戦者たちがいる。国の枠に縛られず、自由に動ける者たちが。闇の存在との戦いに慣れた者たちが。


 差し出せる報酬はあまりない。最善は隣村に連絡を取り、国軍に救援要請を送ること。

 しかし、初動が遅くなりがちな国の機関が動くのでは、助けが来るまでにいったい何日掛かるのかまるで予想が付かない。


 だからこそ、パサルナーンへも人を走らせたのだ。挑戦者にはこのカルドバン村出身の者も、パサルナーンへ向かう際この村を通り、縁を結んだ者もいるのだから。



 救援要請には、西と南、それぞれに三名ずつの若者を走らせた。

 しかし、なんとか目的地に辿り着くことができたのは、その内の一人だけ。モラードだけだった。


 群れから離れた悪獣がそれぞれの若者を追いかけた。西に向かった者たちは二刻も進めず、喰い殺された。南へ向かった者たちにも悪獣は追いつき、襲いかかる。


 モラードは今年十四歳。成人前の、やっと少年から青年へと変わろうとする年齢。

 だが、ファルハルドに憧れ、幼い頃からファルハルドに剣を教えられたモラードは、そこらの大人に負けないほどに剣を使えるようになっていた。


 共に駆ける仲間に襲いかかった悪獣に、モラードは立ち向かった。自身は多数の傷を受け、仲間を助けることはできなかった。それでも、なんとか悪獣を倒すことができた。



 そして傷付いた身体で、通常は三日掛かるパサルナーンまでの道程を二日で駆け抜けた。


 モラードの頭にはパサルナーン政庁に助けを求めることなど浮かばない。頭にあるのは、かつて自分たちを守るため、悪獣の群れへと立ち向かったファルハルドとジャンダルの姿。その二人が頼れる仲間と評したバーバクたち。


 ジャンダルが住む拠点の場所は話に聞いていた。初めての場所にいくらか迷いながら、モラードはジャンダルの姿を求め、家々の扉を叩いて回った。


 そして、今に至る。




 レーヴァにモラードを任せ、それぞれは必要なことのために動く。


 バーバクとカルスタンは酒場に行き、知り合いの挑戦者たちに話をする。

 ハーミとペールはまずは神殿へ向かい、その後は二人も酒場で知り合いたちに話をする。


 ジャンダルは白華館へ行き、セレスティンに話を伝え、館に常備してある薬を分けてもらう。


 さらにセレスティンには、パサルナーン政庁や保安隊にカルドバン村が悪獣の大群に襲われている話を伝えてくれるよう頼んだ。

 他国のこと故、どこまで動いてくれるかはわからない。それでも、自治都市パサルナーンに接する場所が襲われているのだ。なにかしらの対処はされると信じ、連絡を願った。


 ジャンダルはもう一箇所に寄ってから拠点へと戻る。



 次の日、モラードの看病をレーヴァに頼み、夜明けと共にジャンダル、バーバク、カルスタン、ペールはカルドバン村へ向け出発した。


 カルドバン村まで急行することから、樽のような体型で速く走るのが苦手なアルマーティーであるハーミには、後発組の取りまとめと案内を頼んだ。


 声を掛けた挑戦者たちのうち、何人が動いてくれるかはわからない。それでも、悪獣を憎んでいる者、アルシャクスに愛着を持つ者、義侠心から助けに向かう者はいる筈だ。


 ハーミはその者たちを待ち、一日遅れで出発する。



 ファルハルドは、ジャンダルは、その仲間たちはつどう。大群が待つ場所へ、怖るべき敵が待ち受けるその場所へ。

 次話、「悪神の徒」に続く。

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