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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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100. 凶報 /その②



 ─ 2 ──────


 夜になり、広場で酒盛りが始まった。ファルハルドたちもその一角に加わる。


 ただ、ファルハルドたちは囚人。刑期を終え、姿を消しても見過ごされるような扱いではあるが、揉め事を避ける意味からカリムよりパサルナーンに帰り着くまでは禁酒を言い渡されている。


 そうは言っても従来なら監督者の目から隠れて一杯引っ掛ける者が出てくるものだが、今回の旅程ではそれが起こらない。

 隠れ呑もうとする者にファルハルドがその切れ長の鋭い目を向け無言で見詰めれば、その者は途端に呑むのを止め、俯き決してファルハルドと目を合そうとしないのだ。


 途中から乗り込んできた者たちはファルハルドの不興を買うことを極端に怖れている。ファルハルドは単に禁止されてもまだ呑みたがるものなのかと呆れ、ぼんやり眺めているだけなのだが。


 ヴァルカ、ファイサル、ゼブについては、そもそも囚人ではないので呑むことを禁止されている訳ではない。それでも皆が禁止されているところで呑み、いらぬ波風を立てようとはしない。


 ジャコモだけが、ファルハルドの性格を知っていることもあって隠れてこっそり呑もうとした。そこをヴァルカに見つかり、思いっきりぶん殴られる。以後はお行儀良く過ごしている。



 皆は酒を呑まずとも、珍しい料理に舌鼓を打ち楽しんでいる。特に人相の悪い男は無料でいくらでも食べて良いと聞き、ここぞとばかりに食い溜めをしている。


 串焼き肉を囓るヴァルカがエルメスタ同士の遣り取りを目に止め、あれはなんだと尋ねれば、ファルハルドがジャンダルに聞いた知識を披露する。皆は感心し、近くで話をしていたエルメスタの親父が話しかけてきた。


「へえ。兄ちゃん、良く知っているな」


 エルメスタの者と一緒に旅をし、共にパサルナーン迷宮にもぐっていると言うと、その親父は大層喜んだ。エルメスタに仲間がいる者は自分にとっても仲間だという不可解な謎理論で、上機嫌に酒杯を押しつけてくる。


 ファルハルドは断るのに苦労した。ジャコモが、なら俺が代わりに、と身を乗り出し、やはりヴァルカに殴られていた。


 この親父は主にアルシャクスの中部を中心に野菜ザブズィ・ジャトや野菜のダーネーの売り買いをしていて、最近は東部まで足を伸ばしていたのが、久しぶりにこの辺りに戻って来たところなのだそうだ。

 せっかくなので、ファルハルドは知らないアルシャクス東部の話に耳を傾ける。




 その話を聞いている最中、離れた場所で話をしている者たちから不穏な話題が聞こえてきた。


「なんかな、悪獣の群れがおったんだって」

「え、なに? 群れ? 群れがどうしたの。そんなの別に珍しくもないでしょ」


「違うって。そんなよくあるやつじゃないんだって。凄えんだよ。本当、見たことがないくらいの、もん凄え大群だったんだって」


 聞き捨てならなかった。ファルハルドは尋ねる。


「済まない。その悪獣の大群はどこで見たんだ」


 唐突な質問に、少し驚きながらも答えてくれた。


「おう? あ、ああ、南だよ。俺は南東の街道から来たんだが、途中たくさんの獣の足跡が道を横切っとってな。そんで、そこから西を見たら地平線にえらく土埃が立っとったんだ。

 で、その土埃が薄くなったとこに、獣の群れが見え隠れしとってな。全部はよくわからんが、ありゃ、ちょっとあり得んくらいの凄え大群だったな」


「いつの話だ」

「四日前だよ」

「四日……」


 ファルハルドは考え込む。その、珍しくどこか焦りを含んだ様子にヴァルカが声を掛ける。


「どうした」

「ここから南西に五日ほど行った場所に知り合いの住む村がある。位置から見て、その群れの進路に当たっている」


 ヴァルカはファルハルドの肩を掴み、力を籠めた。


「落ち着け。一人で飛び出してもどうにもならんぞ」

「わかっている」


 ファルハルドは少し瞳を揺らしながらも、まだ落ち着いている。言葉少なく答えながら、計算する。


 獣の大群を見たという場所からカルドバン村までの距離。群れの移動速度。土の乾き具合と土埃から予想できる群れの規模。カルドバン村の備え。採るべき手段。有効性。


 あまりに不確定要素が多過ぎ、確かな予想は難しい。


 最善は見間違い、あるいは進路がれることで、カルドバン村になんの被害も発生しないこと。

 次善は襲撃を受けはしても、実は群れの規模が小さくほとんど被害を出さず撃退できること。


 逆に最悪は文字通りの大群がカルドバン村を襲い、さらに村は不意をかれることで、なんの抵抗もできず全滅させられること。

 少しはましな予想なら、村を全滅させられるも、一部の住人だけは逃げ出すことができる場合か。


 おそらく、現実はそれらの間にある。ただ、ファルハルドは胸騒ぎを鎮めることができない。


 出兵先から開拓地へと戻ったちょうどその時に、スィヤーが悪獣へと変えられた。そして今、パサルナーンへ戻るためカルドバン村の近くにまでやってきた時に悪獣の大群について耳にする。

 あまりに符合し過ぎている。そんな偶然がある訳がない。


 裏でイルトゥーランの暗殺部隊が糸を引いているのか。奴らだとすれば、事態はさらに悪化する。


 奴らは無駄なことはしない。カルドバン村を襲うのは感情に任せての八つ当たりなどではない。追手たちを返り討ちにしてきたファルハルドを始末するには、搦め手から攻めることが有効だと判断したが故だろう。

 もしくはファルハルドが駆けつけることを予想し、絶対の死地を用意しているのか。


 そんな理由で村一つが滅ぼされようとしている。そんなことのために、モラードが、ジーラが、エルナーズが、ニユーシャーが、ラーメシュが殺されようとしている。


 ならば、ファルハルドが行うことは決まっている。

 ファルハルドはカリムに目を向ける。カリムは目を伏せ、首を振った。


「襲われるのが自治都市パサルナーン内の村落であれば動ける。だが、それがアルシャクスの村であるならば、私は立場上手を出すことができない」


 カリムはきつく唇を噛む。曲がりなりにも、治安を守り、人々の安寧を守る役目を持つ保安隊に属する人物だ。この決断は身を切られるほどに痛むのだろう。

 だから、ファルハルドは続ける。


「俺が勝手に動く。問題になるのならあとで罰してくれ。あんたに迷惑を掛けるなら済まん」


「お前の刑期は終わっている。途中で姿をくらましたとしても問題にはならない。

 俺は小言を食らい、お前はパサルナーンに戻ってからの手続きが煩雑なものになってしまうが、それだけだ」


「なら、俺はここで分かれて、国境近くにある村に向かう」


 途中で乗り込んで来た者たちは驚愕に包まれ、ファルハルドを知る者たちはやはりそう来るかと受け止めた。

 間髪入れず、ヴァルカが言う。


「辿り着くまで五日か。その分の食料はここで手に入れていくか」


 ファルハルドは驚いた。


「待て。あんたも来るつもりなのか」


 ヴァルカはファルハルドを軽く小突く。


「お前な。わかったと言いながら、一人で行く気満々かよ。言っただろう、お前を無事にパサルナーンへと送り届けるってな」

「まったくだ」


 見れば、ゼブも立ち上がっている。


「其の方は目を離すと勝手に死にかけるからな。儂の目の届くところにおってもらわねば困る。なにかあられては若様に会わす顔がないわい」


 そして、ファイサルもまた力強く言う。


「まだ言葉を学んでいる途中ですからな。駄目だと言われても付いていくぞ」


 ファルハルドの予想が当たっているのなら、待ち受けるのは暗殺部隊が作り上げた死地。開拓村を襲撃した怪物たちの群れに匹敵するほどの、あるいはそれ以上の脅威に遙かに少ない人数で挑もうとする愚かな行為。

 なのに、ヴァルカたちは当たり前のこととして共に行くと言う。



 そんなさまを見せられれば、ファルハルドに言える言葉は一つしかない。


「済まん」


 ただ一言いちごんのみを伝えた。ヴァルカは肩をすくめる。


「水臭い奴だな。そういう時は『ありがとう』か、『よろしく頼む』って言うんだぞ」


 皆で笑い合う。



「よっし。儂に任せろ」


 急にすぐ横で大声が上がった。さっきまで話していたエルメスタの親父が大声を上げたのだ。

 このエルメスタの親父はファルハルドたちの遣り取りに感動している。顔を紅潮させ話す。


「国境の近くで、ここから南西に五日行った場所にある村ってことは、兄ちゃんが言ってるのは、カルドバン村だろ」

「そうだ」


「なら、儂の荷馬車に乗せて行ってやる。あの村には何度か寄ったことがあるからな。

 ただ、悪いが、本当に悪獣の群れに襲われてるのなら、近くまでは行けない。群れの姿が遠目に確認できるとこまでだ。それでいいなら儂が急ぎで連れて行ってやる」


「済ま、いや……。ありがとう、よろしく頼む」


 ヴァルカたちは満足そうに笑い、エルメスタの親父は自分の胸を叩いた。


「おお、任せろ。よし、あんたら。三日だ。三日でイルマク山まで送り届けてみせる。明日、日の出と共に出発だ。食料も儂が準備しといてやる。今日はさっさと休め。せめて今夜は充分に身体を休めろ」


 この停泊地からカルドバン村まで、通常徒歩で五日、馬車で四日ほど掛かる。それを三日で辿り着くと言う。


 この親父はわかっている。なによりも重要なのは時間なのだと理解できているのだ。

 荷馬車はかなり揺れ、乗っているだけでも体力を消耗するだろう。だから、出発までは身体を休めろと言っているのだ。


 ジャコモと人相が悪い男が自分たちも行くと言い出した。

 だが、ファルハルドは二人を止めた。この二人では実力が足りない。無駄に死なせることになる。


 とは言え、そのまま断ったところで素直に聞く筈もない。そこで頼み事をした。

 どうかパサルナーンに戻って、すぐ近くに悪獣の群れが存在していることを挑戦者たちに伝えてくれと。叶うなら、人々を集め救援を送ってくれとも。

 二人は頷いた。




 そして、その頃。ジャンダルたちの元へ、カルドバン村が襲われている報が届いていた。

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