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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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87. 謁見 /その①



 ─ 1 ──────


 ファルハルドは雪熊将軍にとどめを刺したのを最後に、それ以上意識を保つことができなかった。

 よって、それからのことは全て後になり知らされた出来事。



 ファイサル神官がファルハルドに『治癒の祈り』を祈るが、ファルハルドはあまりの重傷。さらには体内魔力も残り少ない。これは無理かもしれないと、ファイサルの胸に弱気が忍び寄る。


 一方、ダリウスにはイルトゥーラン側の立会人を務めた初老の男、雪熊将軍の副官であるケマルによる降伏の申し入れがあった。

 今回の傭兵隊の取りまとめ役は本来ミブロスだ。ただ、ミブロスも負傷により弱っている。そのため、ダリウスが対応し、話をまとめた。


 事細かなやりとりまでは聞かされなかったが、ダリウスは雪熊将軍の部隊を捕らえることも武器を取り上げることもなく、名誉を保ったままの帰還を許した。全ては偉大なる戦士、雪熊将軍への敬意のために。


 敵部隊はダリウスに感謝の言葉を述べ、雪熊将軍の亡骸を先頭に引き返していった。


 戻って行く前、白い毛皮の人物、雪熊将軍の娘エレムとオリムの間になにかしらの会話がなされていた。なにが話されたのかは、当人たちしか知らない。




 そして、敵部隊が帰還に移った後に、やっとアルシャクス正規軍による救援軍が到着した。


 正規軍は雪熊将軍の部隊が戦場を離脱する姿を見、機会を逃さずそのまま追討を行おうとする。


 ふざけるな。そんなめきった振る舞い、ダリウスたちが許す筈がない。

 ダリウスとミブロスは自分たちの団員と共にアルシャクス正規軍に立ち塞がった。


 正規軍の先頭に立つ隊長はこのダリウスたちの行いに怒り心頭。反逆者は処刑するぞと怒鳴りつけるが、完全に逆効果である。


 傭兵たちは皆、とろとろ遅れてやって来た糞の役にも立たない救援軍にむかついている。


 傭兵たちに救援など必要ない、全滅するに任せればいいとでも考えたか。そのくせ命の限り戦った敵を尊重する傭兵たちの心意気は踏みにじり、居丈高に命令してくるってか。手前らぶっ殺すぞ。

 火に油を注がれ、若い団長たちまでもが武器を手に立ち塞がった。



 あわや、味方同士での殺し合いが始まろうかとした時、さらなるアルシャクス正規軍が駆けつけた。

 やってきた隊の人数は先に来た部隊の倍以上。先にやってきた隊はただの先遣隊でしかなかった。あとから駆けつけた部隊こそが救援軍の本隊。


 その救援軍の本隊の中から、威厳辺りを払う人物が姿を見せた。

 それは本来こんな救援軍など率いるような身分の人物ではない。アヴァアーン太守であり、現王の叔父である者、名をヴァルダネスと言う。


 周囲の者たちは、ともも付けず一人で傭兵たちが武器を構える場所へと進んでいくヴァルダネスを制止しようとする。しかし、ヴァルダネスは全く耳を貸さない。

 武器を手にしたままのダリウスたちのいる場所まで進めば、馬から下り、ダリウスと直接言葉を交わした。


 わざわざ太守たる身で救援軍を率いて来たのは、自ら雪熊将軍と戦うため。ヴァルダネスは為政者であると同時に名高い武人だ。武人であるヴァルダネスは話を聞き、ダリウスたちの判断と行いを認めた。


 それどころか、ぜひ雪熊将軍を討ったファルハルドとも話をしたいと希望する。


 ファルハルドが瀕死の重体であることを告げれば、ヴァルダネスは自らに仕える侍医と神官をファルハルドへと向かわせた。

 その者たちがいなければ、ファルハルドが助かることはなかっただろう。


 そして、雪熊将軍との決闘から一月半が過ぎ、ファルハルドは今ヴァルダネスと対面している。




 ─ 2 ──────


「お前が、あの雪熊将軍を倒したという勇士か」


 ヴァルダネスは自分の天幕にファルハルドを迎えた。ファルハルドにはダリウスとオリムが付き添っている。


 ファルハルドたちは豪華な椅子に腰掛けたヴァルダネスから背丈四つ分の距離、四オテルテファの場所まで進み、揃って片膝をつき頭を垂れる。


 ヴァルダネスはつまらなそうにひらひらと手を振った。


「よせよせ、それでは満足に話ができぬではないか。俺は太守であると同じく、自分を戦士であると考えている。ここは非公式な場だ。ここでは、俺お前でよい。

 さあ、頭を上げよ。戦士同士気楽に話そうではないか」


 ファルハルドたちは頭を上げた。ヴァルダネスは明るく快活な、だが同時に尊大さを感じさせる笑顔を浮かべている。


 上位者が礼は不要と言ったからといって下々の者が本当になんの礼儀も見せなければ、それはそれで揉め事を呼ぶ原因となる。

 ダリウスたちには一定の敬意は示しつつ、寛大な振る舞いをしているつもりの権力者を満足させるという微妙な案配が求められる。


 当然、ファルハルドにそんなことはできない。

 ダリウスも決して得意な訳ではない。それでも、噂に聞くヴァルダネスの人柄からこの状況を予想したダリウスは、上手く取りなすために今回同行している。オリムに関しては別の役割を期待して連れてきた。


 もっとも、気兼ねなく話をしたいと考えているヴァルダネスの気持ちに偽りはないだろう。それは天幕内にいる人数を見るだけでもわかる。


 ヴァルダネスとファルハルドたち以外には、屈強な護衛の者二名と側近らしき人物がいるのみだからだ。アヴァアーンの太守であり、アルシャクス現王アルシャーム十二世の叔父である人物の天幕にしてはあり得ないほどの手薄さだ。

 ヴァルダネスが気兼ねなく話をするために人払いをし、人数を絞ったのだと容易に察せられる。



 側近の者も取り次ぎをするためにいる訳ではないようだ。直答を許されているのだと判断し、まずはダリウスが口を開いた。


「殿下に於かれましては、負傷した我が団の団員のため臣下を派遣していただけましたこと、心より御礼申し上げます」


 ヴァルダネスは苦笑する。


「礼儀は不要と言っているのだがな。それにそんな口上は似合わぬ。お前は確か、あの時我が軍と戦ってでも意地を通そうとしていた傭兵団長だったな。

 ふふっ、良い面構えをしている。


 聞けば、傭兵団長のダリウスと言えば豪勇無双と名高い戦士だそうではないか。俺は戦士を這いつくばらせようとは思わん。立って、あの時のように堂々と話すが良い」


 ダリウスは微かに首を振る。


「御言葉、感謝いたします。なれど、雪熊将軍と戦ったこのファルハルドは充分に恢復しておらず、やっと歩けるようになったばかり。未だ、長い時間立っているのは難しい状態です。

 この者に合わせ、我らが床に腰を下ろすことをご寛恕いただければ幸いであります」


「おお、そうであったか。これは気付かず悪いことをした。ならば、こうするか」


 ヴァルダネスは椅子から立ち上がり、つかつかとファルハルドにぎりぎり腕を伸ばして届くか届かないかという距離まで近寄り、そのまま自らも床に腰を下ろした。


 さすがにこれには驚かされた。ダリウスたちも一瞬言葉が出ない。

 ファルハルドは目を瞬き、オリムも目を見開いている。ダリウスは素早く側近たちに目をやり、反応を確かめた。


 側近たちは軽く苦笑している。よくあること、とまでは言わないが、珍しいことでもないようだ。


「できれば手合わせの一つもしてみたかったのだがな。その様子では無理か。残念だ。まあ、仕方がないな。

 それで、あの雪熊将軍との戦いはどうであったのだ。詳しく聞かせてくれ」


 戦いの話をせがみ、胸躍らせるさまは子供と変わりがない。だが当然、ヴァルダネスは子供でもなければ、凡庸な人物でもない。鋭い指摘が入った。


「よくわからんな。なぜ、雪熊将軍はお前からの決闘の申し出を受けたのだ。

 傭兵隊の四割近くが倒れているならば、もはや部隊を維持できまい。そのまま一思いに押し潰せば良い。わざわざ決闘に応じる理由がない」


 最も誤魔化したい部分に疑問を呈してきた。


 ファルハルドがイルトゥーランの前王デミル四世を殺害したと告白し、関心を引いたからだとは言えない。

 万が一、アルシャクスの王族にそんなことを教えてしまえば、その波紋はいったいなにを引き起こすのか。とてもではないが、予想することはできないのだから。


 よってダリウスが

「雪熊将軍はその慧眼によりこのファルハルドの実力を見抜き、一人の戦士として興味を覚えたようでした」

ともっともらしく答えた。


 雪熊将軍がなにを感じたかなど本人にしかわからない。すでに死亡している以上、確かめるすべもなく、実際にファルハルドが雪熊将軍を倒したという結果もある。疑いはしても、否定はできない筈だ。


 ヴァルダネスも多少引っかかる気配は残っているが、なるほどなぁと納得してみせた。



 ファルハルドが主となって話しているが、話が雪熊将軍との決闘の模様に移れば、目の前の一手一手に集中していたファルハルドには全体の流れをわかりやすく話すことなどできない。

 その辺りのことは、立会人として近くで見ていたダリウスや、離れた位置から大きく見ていたオリムが説明を補った。


 ファルハルドの話しぶりは決して巧みなものではなかったが、やはりあの決闘を実際に戦った当人の話には誰にも真似できない迫真性がある。護衛の者たちや側近の者まで身を乗り出して話に聞き入っていた。



 一通り話を聞き、ヴァルダネスは気になる点を尋ねてきた。


「魔法剣術ならば俺も使えるが、まさか自分の意思で根源の魔力を引き出せる者がいるとはな。それはいったいどんな感覚なのだ」


 問われ、ファルハルドは思い出そうとするがどうにも難しい。あの時は、ただただ必死だった。思い出そうとしてもはっきりとは思い出せない。

 なんとか、ぼんやりと身体で記憶している感覚を言語化しようと努力する。


「そうだな……。こう、身体の奥底の、そのまた奥にある部分と言うか、世界そのものと繋がっている場所とでも言うのか。

 そこを満たしている力に表へ出るための窓を開く、とでも言えばわかるだろうか。……どうにも言葉で伝えるのは難しいな」


 ファルハルドは話しながら、以前ダリウスが魔法剣術を身に付けるために必要な体内魔力を感じ引き出す感覚を説明してくれても、いまいち理解できなかったことを思い出す。


 ただでさえ記憶があやふやな上に、身体感覚を、それも日常生活のなかには存在しない感覚を他者が理解できるように説明するのはとんでもなく難しいことだった。


 ヴァルダネスはファルハルドの要領を得ない説明をなんとか理解しようと考え込む。

 しかしこれは、自分で体験しないことには理解できることではない。しばらく考え続け、無理だと諦めた。


「確かに難しいな。己の内を探ってみたが、まるでわからぬ。きっと、道を究めた者か天才たちにしかわからぬ境地なのだろうな」


 ヴァルダネスは少しの皮肉と微かな羨望が混ざった寂しげな笑いを浮かべた。

 ファルハルドは困惑する。


「別に俺は道を究めた訳でも、天才でもないのだが」


 ヴァルダネスの笑いは、剣呑なものへと変わる。


「デミル王の息子がなにを言っている」


 やはり、この男は食えない。最初から全て把握し、この場に臨んでいたのだ。

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