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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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19. 新たなる襲撃 /その①



 ─ 1 ──────


 朝、停泊地を出発し昼前には分かれ道に着いた。ちょうどいい頃合いなのでそこで簡単な食事を摂ることにした。


 南西に進む街道はそれまでよりも道が狭くなり、荷車同士が擦れ違うときには気を付けなければいけない。人通り自体が少ないが、まれに荷車や荷馬車と行き交う際には互いに譲り譲られながら進んで行く。

 その日は、街道沿いに残る林の脇で野営を行った。




 分かれ道に入った頃から不穏な気配が強まっている。いよいよ、追手たちが襲撃の機をうかがってきている。


 ファルハルドはモラードたちに襲撃の危険性があることを話すべきかどうか迷った。襲撃があるのならあらかじめ話しておいたほうが混乱も少なく、いざというときの備えもでき危険も減らせるだろう。


 だが、賊たちに故郷と家族を奪われたモラードたちにまた襲われるかもしれないと伝えれば、再び悲しみと苦しみに捕らわれ、逆に平静さを失い危険になるかもしれない。


 また、襲撃まで日数が空けば、緊張状態が続き子供たちの少ない体力を無駄に消耗させ、いざというときに動けなくなることもあり得る。



 ジャンダルと相談し、『襲撃がある』ではなく、人通りが減ったため『今まで以上に安全に気をつける』ように注意をうながすことにした。もちろんなにがあろうとも必ず助ける、安心しろと付け加えることも忘れない。


 併せて、今夜から火を多目に焚くこと、常にファルハルドかジャンダルの傍にいること、万が一なにか異常があればジャンダルと一緒にいるようにすることも伝えておいた。


 追手たちがどんな手段を取ってくるかはわからない。おおまかにジャンダルが飛礫や例の笛の音で皆を守る、ファルハルドが襲ってきた敵を倒すと役割を分けた。


 その日は何事もなく朝を迎えた。



 そして次の日の夕方、日暮れと同時に追手からの襲撃が始まった。





 ─ 2 ──────


 その日は日が高いうちに野営の場所を決めた。まだ進むこともできたが、街道から少し離れたところに、周囲を見渡せる都合のいい小高い丘を見つけたのだ。


 頂上に一本だけの大木が生えている。頂上以外は木も岩もなく、丘の上に身を隠して近づくことはできない。襲撃に備え、警戒しやすい丘の上で野営を行うことにした。



 エルナーズと一緒にジャンダルが夕食を作り、モラードとジーラも手伝っている。

 一人、周囲の警戒をしていたファルハルドは、遠くから獣の群れが近づいて来るのに気が付いた。


 獣はゴルグに似た、だがどこか不自然に筋肉が発達したいびつな姿をしている。姿も異常だが、軍隊のように統制の取れた動きを見せる奇妙な獣だった。


 ファルハルドはジャンダルに声を掛け、皆に注意を促す。説明を聞いた子供たちはおびえ、特にエルナーズの顔色は蒼白に変わる。


「まさか、悪獣……。兄さん、その獣たちの額に赤い目はあるかい」


 まだ距離はあったが、ジャンダルの問いかけにファルハルドは目をらす。


「ある。あれが悪獣なのか」



 ファルハルドは悪獣を初めて見た。エルナーズは昔東道に辿り着く前、両親と旅をした際に旅の連れが悪獣に襲われたことがあった。モラードとジーラは初めて出会うが、その恐ろしさは両親からさんざん聞かされていた。


 悪獣は悪神の眷属たる闇の怪物とは異なる存在だ。闇の怪物たちの瘴気により、その魂が完全に汚染され変質した獣だ。


 異常に肥大した筋肉。裂けた額に現れた赤い第三の目。そして狂わされた獣の本能。元々の食性や空腹かどうかに関係なく、肉体と魂を持つ全ての命ある存在、特に人間を喰らい尽くそうとする。


 ただの獣を遥かに超える身体能力を持ち、その限界を超えた剛力で自らの身体を壊しながら襲いかかってくる。

 そして、たとえどれほどの傷を負おうとも、一度狙った獲物を仕留めるまでは決して諦めることはない。


 ときに闇の領域に住む野の動物が偶然汚染され、ときに悪神を信仰する悪神の徒たちによって人工的に作り出される。

 その悪獣たちが丘を取り囲み、まるで合図を待つかのように待機している。



「わかった。そういうことか。兄さん、今度の追手には悪獣使いが加わってるんだ」


 悪獣使い。悪獣を従え、使役する者たち。悪獣使いにも国に仕え、悪獣の被害から人々を守る役目に就く者もいる。事実、このアルシャクス国では伝統的に国に仕える悪獣使いの地位は高い。


 だが、大半の悪獣使いたちは悪神に仕える悪神の徒として人々を襲い、広く一般的には悪獣使いは世に害を為す存在として認識されている。


 イルトゥーランには国に仕える悪獣使いはいない筈だった。あのベルク王が他国に協力を頼むことはあり得ない。とうとうベルク王は、ファルハルドを始末するため悪神の徒と手を結んだのだ。




 ファルハルドは丘の上の大木に子供たちを登らせた。大木だけあり低い位置に枝はない。これなら、悪獣たちでもそう簡単には跳びつくことはできないだろう。


 さらに少しでも悪獣をひるませるため、大木を取り囲むように火を焚かせた。

 ジャンダルはこの火の囲いの内側から飛礫つぶてを打ち、ファルハルドは火の囲いの外側で近づいた悪獣に剣を振るう。


 この際、水とわずかな食糧以外は諦め、荷車ごと火の囲いの外に放置した。


 日暮れと同時に、どこからか甲高い笛の音が響き渡る。悪獣たちが動き始めた。

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