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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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84. 二つの戦い /その⑨

 この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。



 ─ 11 ──────


 それは斬られたファルハルドが地に落ちるまでの出来事。



 力の抜けたファルハルドの身体は、傷口から鮮血を撒き散らした。


「かはっ」


 生きている。ファルハルドはまだ生きている。一振りでファルハルドを両断できる雪熊将軍の大剣は、ファルハルドの命を絶てなかった。


 宙に浮いた状態でも大剣を避けようと瞬間的に身をよじったファルハルドの身熟みごなしが、なにより大剣を迎え撃ったモズデフにより鍛えられた小剣が、命を繋いだ。

 小剣は折れ、身は斬られたが、紙一重の差でファルハルドの命は守られた。


 しかし、ファルハルドの目はかすみ、意識は遠のく。なにも感じない。考えることなどできない。これ以上の戦闘継続など無理。あとは、このまま地に落ち、殺されるのをただ待つのみ。



 全てが白く霞掛かったファルハルドの視界で、なにかが光る。見覚えのある緑色のきらめきが。


 それは短剣。右腰に差していた、柄頭にレイラの瞳の色とよく似た緑色の貴石がめられた短剣。


 雪熊将軍の大剣がファルハルドを斬った時、その刃先は短剣にまで達し、大剣が当たった衝撃で短剣は鞘から抜けた。

 短剣がくるくると宙で回る度、貴石が光を反射する。


 その光は少しかげっている。ファルハルドの身から流れた血液が貴石に降りかかったが故に。


 霞むファルハルドの目には雪熊将軍の姿も、決闘を見守る者たちの姿も映らない。その目に映るのはただ一つ。レイラの瞳を思わせる貴石のみ。


 遠のこうとする意識の中で思う。レイラ。

 ただ一人の名だけを思う。レイラ。


 血に濡れた貴石は、ファルハルドに涙を流すレイラを連想させた。


 レイラ、なぜ泣いている。泣くな。どうか泣かないでくれ。


 遠のこうとする意識は引き戻される。


 約束した。生きて帰ると約束した。誓った。神殿遺跡でレイラの延命を願うと誓った。


 今のファルハルドに『己の死』を望む弱さはない。在るのは為すべきことを為すという断固たる決意。もはや、己を疑いはしない。約束を、誓いを守る。


 霞む目に力が戻る。心臓は力強く鼓動を刻む。断固たる決意は生命の輪を回す。


 強大な力の奔流。『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』に由来する無限の可能性、魔力が身体を駆け巡る。

 その身に力が蘇る。傷口周辺の筋肉が収縮し、出血量は減少する。ファルハルドは視界に映る短剣へとその手を伸ばす。


 レイラ、俺はお前を泣かさない。


 確かに掴む、短剣を。同時に、身体の奥底から魔力が溢れ出す。燐光。短剣は弱く微かな燐光に包まれる。


 それはあの双頭犬人の首を刎ねた際と同程度の消え入りそうな光。しかし、剣を覆う確かな光。

 努力、助力、修練、決意、約束、克己。積み重ねた全ての果てで、ついにファルハルドは魔法剣術を発現させた。



 雪熊将軍に油断はない。おごりもない。あるのは戦士の闘志。そして、少しの狂気。

 故郷を蹂躙したデミル倒すという宿願の代わりとするため、ここでファルハルドを倒す。確実にとどめを刺すため、大剣は即座に返され、追撃が繰り出されていた。


 刃は迫る。雪熊将軍とファルハルド、両者は視線をぶつけ合う。




 雪熊将軍は乗り越えた。

 ファルハルドの目を見詰める度に頭をぎっていたデミルに刻まれた恐怖を。


 ファルハルドは乗り越えた。

 心の奥底にこびりついていた己の死を望む弱さを。


 両者のその目に宿るは魂と意志の強さ。



 剣を振る。そこに籠めるは戦う理由、譲れぬ思い。


 重く頑丈な長大な剣と鋭く短い剣が打ち合わされる。響き渡る衝撃音。ぶつかり合う二つの命。


 刹那の均衡。


 一方はくすんだ暗い鋼で造られた重く頑丈な大剣。繰り出すはイルトゥーラン最強の戦士、雪熊将軍オルハン。大柄な無駄のない筋肉質な身体の持ち主が狙い澄まし放った一撃。


 一方はファルハルドのために打たれた良質な短剣。操るは越えられぬ死線を乗り越えてきた者、パサルナーン迷宮挑戦者ファルハルド。その細身の身体は斬られ、不安定な宙に浮いた状態から放つ一撃。


「はっ!」


 ファルハルドは裂帛の気勢を発した。短剣を覆う燐光は輝きを増す。


 均衡は崩れる。刃をもって刃を斬る。ファルハルドの魔法剣術が雪熊将軍の大剣を断つ。


 ファルハルドの短剣は雪熊将軍の大剣を半ばから断ち、さらにはその大剣を握る右腕へと届く。振りきられたファルハルドの短剣は雪熊将軍の右腕を肘の上で斬り落とした。



 斬り落とされた雪熊将軍の右腕がずり落ちる。それは大剣を握り支える手であり、大剣を掴んだままの手。落ちる右腕に引っ張られ、雪熊将軍は大剣を取り落とした。


 雪熊将軍を襲う激しい痛み。長い戦いの人生のなかで初めて味わう激痛。

 だが、イルトゥーラン最強の戦士の闘志は消えない。寸時の硬直の後、即座に動く。


 右腕を失い、武器もない。しかし、大柄、筋肉質な雪熊将軍の肉体はそのままで武器となる。傷口をかばうこともなく、肩からの体当たりをファルハルドに放つ。


 ファルハルドは剣を振りきった無防備な状態。為すすべもなく体当たりをくらった。吹き飛ばされ、地面に強く身体を打ちつけた。

 次回更新は明日です。

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