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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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83. 二つの戦い /その⑧



 ─ 10 ──────


 バーバクは『蛮勇の旋律』が途切れ、床に両手をついた時に、一度斧を手放していた。『付与の粉』の効果はなくなり、斧を覆う魔力は消えた。

 予備の付与の粉はある。しかし、毒巨人は眼前、間合いの中。呑気のんきに取り出す暇はない。


 毒巨人の肌は凍り、身体は傷付き、巨人の耐久力は大きく減じている。今ならば、ただの武器でも充分な損傷を与えられる。


 バーバクはそのままの斧を構える。回復する時間など与えない。

 踏み込む。肉体の限界を迎えていたことにより、踏み込みは浅いものとなる。構わない。今は迷う時ではない。そのまま、一気に斧を振り下ろす。


 刃が走る。鮮血がほとばしる。


 毒巨人は左腕を犠牲にした。身を退きながら、敢えて刃に左腕をぶつけることで軌道をらし、左腕を断たれながらも身体中心への斬撃を防いだ。


 毒巨人は攻めない。この場を離脱し、態勢を立て直すことを狙った。毒巨人は下がり、逃げ出そうと動く。



 そこに、ハーミの祈りが響き渡る。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。我に害なすものの、その身を縛り給え」


 ハーミは選んだ。自らは不得意とする行動阻害の法術を。試練の神の神官が得意とし、あの前回の戦いでシェイルが唱えた法術を。

 強い魔法抵抗性を持つ巨人を縛るには不充分なハーミの行動阻害の法術も、今の弱った毒巨人の逃亡を妨げるには充分だ。


 バーバクは勝負を決めんと、飛び出した。


 毒巨人は追い詰められた。だが、これで終わるような生温なまぬるい敵ではない。狡猾な毒巨人の、そのなかでも特異な個体。易々と終わりはしない。


 毒巨人は自らの身が縛られたと悟った瞬間、意識を切り替えた。目の前の敵を倒す。逃げ出すのではなく、バーバクを打倒することで道を切り開かんとする。

 そして、バーバクが手にする斧を覆っていた魔力が消えていることにも気付いていた。


 だから、狙う。迫るバーバクに向け、狙い澄ました毒の息を放った。



 バーバクもハーミも毒に対して一定の耐性を得ている。しかし、それはあくまで一定に過ぎない。完全耐性など夢のまた夢。弱った今の身体でまともに毒巨人の毒の息を吸い込めば、この場で絶命することになる。


 バーバクに打つ手はない。ただの武器では毒の息を断ち割れない。回避できるだけの余裕もない。ハーミの光壁も間に合わない。


 今のバーバクに打つ手はない。そして、迷いもない。

 この毒巨人との戦いが人生最後の時となろうとも本望だ。求めることは一つ。こいつを倒す、ただそれだけ。


 バーバクは身を守ろうともしない。己が身のことなど顧みない。命と引き換えにしてでもこの毒巨人を倒さんと、身体の奥底から全ての力を絞り出す。




 『魔法剣術』とは武器に魔力をまとわせることで強力な武器と成す、元はウルスだけが使えた術。才覚なき者はどれほど努力しようとも使うことはできず、身に付けられるのはウルスの者で十人に一人、他種族なら二百人に一人程度の術。


 かつてフーシュマンド教導はバーバクに問いかけた。魔法剣術を使えるようにはなりましたか、と。『今代の魔法武器』の使用をきっかけに魔法剣術を使えるようになる可能性があるからと。


 バーバクは答えた。自分の家系では曾祖父さんの代から使えた者はいないので、使えるようになるのは難しいだろう、と。


 ダリウス団長はファルハルドに説明した。魔法剣術を使えるようになるには、体内魔力を明確に感じ、それを引き出すという感覚を身に付けられるかどうかが肝心なのだ、と。


 フーシュマンドも、バーバクも、ファルハルドも知らず、ダリウスは気付いていない。魔法剣術を使えるようになるためには才能を除いて、あと二つ必要なものがあることに。


 戦士ではないフーシュマンドには知りようがなく、家族に魔法剣術が使える者がいなかったバーバクは知ることなく、未だ使えないファルハルドでは知り得ず、最初から必要なもの全てを持ち合わせていたダリウスには気付く機会がなかったために。


 それは折れず、曲がらず、たゆまぬ心。苦難に耐え、限界を越え、己自身すら乗り越えて、それでもその先を求むる強き意志。

 すなわち、『確乎たる意志』。


 そして、もう一つ。自らを信ずる心。

 すなわち、『自信』。



 魔力とは『始まりの人間(ガヨー・ファールス)』に由来する、あらゆるものを生み出し得る神秘の力。不可能を可能とする無限の力。この世に存在する全てのものがその内に秘める力。


 全てのものが魔力を持ちながら、引き出せるものは限られる。

 己が内に持つ力を表に引き出すためには、できぬ筈のことに挑み、為せぬことを為してでも先へと進む確乎たる意志と、それを裏打ちする自信が必要だから。

 妥協する者には、自分を信じられない者には、自らの殻を破ることなど不可能なのだから。



 バーバクにもファルハルドにも充分な戦いの才はある。

 体内魔力を感じ、それを引き出すという感覚も、バーバクには明確に、ファルハルドにはぼんやりとだがある。

 どれほどの苦難を乗り越えてでも、為すと決めたことを為さんとする確乎たる意志は溢れるほどにある。


 二人に足りていないのは、自らを信じる心。


 バーバクは自分の家系が魔法剣術を使えない家系だとの思い込みから、自分が魔法剣術を使えるようになると信じることができず、仲間を失う大敗を喫したことから心の底では戦士としての自分の在り方に疑問をいだいていた。


 しかし、今。


 全てを懸けて倒すと誓ったかたきを前にして、仲間たちが力を合わせ追い込んだ敵を前にして、バーバクの心に自らを疑う気持ちは存在しない。


 純粋無雑、在るのは宿命の敵に打ち勝たんと欲する戦士の心。求むるはただ一つ、勝利のみ。ひたむきに勝利を求める強き心が、今自らを覆う殻を打ち破る。




 身体の奥底から温かく、力強い力が引き出される。手にする斧は燐光に覆われる。


 魔法剣術。元はウルスに固有の、武器に魔力をまとわせ、攻撃力を飛躍的に跳ね上げる術。魔力をまとった斧は毒の息を断ち割った。


 しかし、毒巨人は身をかわしていた。ハーミの法術に身を縛られながらも、毒巨人は抵抗し、わずかに一歩身を退いていた。

 毒の息が煙幕代わりとなり、バーバクは毒巨人の移動が見えていなかった。結果、斧は毒巨人の身を掠めるにとどまる。



 バーバクと毒巨人の視線が交わる。


 毒巨人の瞳におびえはない。人を超える存在としてその体内魔力を活性化させ、強靱な肉体をもってバーバクを迎え撃つ。


 バーバクの胸の内では、復讐心は小さくなっている。決して消えはしない。それでも今、求むるのは復讐ではなく、勝利。

 勝ちたい。一人の戦士として、この強き者に勝たんとぞ願う。


 とうに肉体は限界を迎えている。想いと残る力の全てを籠め、バーバクは最後の一撃を繰り出す。

 毒巨人はその肉体の力で耐えようと、全身に力を籠める。


 刃は、強靱な巨人の肉体に達する。硬い。魔力をまとった武器をして、その手応えには鋼の如き硬き抵抗があった。


 バーバクは吠える。命を燃やす。限界を超えて魔力を絞り出す。斧にまとわる燐光はまばゆい輝きとなる。


 バーバクの魔法剣術は巨人の耐久力を上回る。一閃。刃は脇の下から腰までを、心臓を掠め、毒巨人の身を深々と斬り裂いた。


 斧を振り抜いたバーバクは自らの身体を支えることできない。その場に倒れ込む。深々と身を斬り裂かれた毒巨人は叫び声と共にその場に崩れようとする。


 しかし、強靱な巨人は、人を越える力を持った闇の怪物はまだ死なない。最後の力をもって、バーバクをその毒爪にかけんと狙う。



 毒巨人は忘れている。ここにはもう一人、毒巨人を仇と定め、たゆまずゆるまず己を鍛え続けた迷宮挑戦者がいることを。


 ハーミは祈る。


「我は闇の侵攻に抗う者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルに希う。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 戦神の神官たちが得意とする、単純で強力な法術による打撃を繰り出した。闇の存在のみを撃つ不可視の拳は毒巨人を撃つ。


 毒巨人の叫びは絶えた。

 断末魔の抵抗など許さない。ハーミに残る全ての魔力を注ぎ込んだ法術は、一撃で毒巨人の首から上を粉砕した。

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