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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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79. 二つの戦い /その④



 ─ 5 ──────


 雪熊将軍、ファルハルド。共にその剣は激しさを増している。

 敵部隊、傭兵隊。どちらに所属する者も拳を振り上げ、歓声を上げている。場には野蛮な熱気が渦巻いている。


 雪熊将軍の剣は使い方が変わった。一撃で人を両断できる威力はそのままに、振り抜くことなく途中で軌道を変え、足運びと併せ、細かな扱いなどできぬ筈の大剣を細かく巧みに使っている。


 ファルハルドはかわすだけでなく、攻め始めている。踏み込めば斬られ、間合いに入れば斬られ、攻めれば斬られながら、臆することなく攻めている。



 離れた位置から見ているオリムは何度もひやりとする。斬られた。今ので死んだ。何度も、終わったと思わされながら、続く戦いを見詰めている。


 かたわらにいる斬り込み隊の面々は、一時もじっとしていない。身体には力が入り、手を開いては握り締め、絶えず足を踏み替えている。飛び出したい気持ちを必死に抑えている。


 そりゃそうだとオリムも思う。決闘に手出しなどあり得ない。それがわかっていてもなお、自分を抑えることが難しい。


 ファルハルドも腕は立つ。しかし、相手はイルトゥーラン最強の戦士。実力が全く違う。ぎりぎりでしのげているに過ぎない。なのに、一瞬たりとも恐怖に捕らわれることなく、果敢に攻める。そんな姿を見せられて、じっとしていられる訳がない。だが。


「お前ぇら、鬱陶しいぞ。じっとしやがれ、このクズどもが」


 間違っても手出しをさせる訳にはいかないと叱り飛ばす。が、ナーセルが皮肉げに顔を歪める。


「なに言ってんだい、隊長。あんたも全然落ち着いてねぇじゃねぇかい。気付いてねぇのかい。さっきから、あんた何度も刀の柄に手を掛けてるぜ」

「あ゛ぁ?」


 言われ、オリムは自分の手を見る。いつの間にか刀に手が掛かっていた。


「ちっ」


 これ見よがしに舌打ちする。そんなオリムの態度に皆は笑い、少し雰囲気が緩んだ。皆は落ち着きを取り戻す。オリムは改めて告げる。


「おい、お前ぇら。耳の穴()っぽじってよく聞け。決闘に手出しするのはこの俺が許さねぇ。戦士の名誉をけがす奴は殺す。

 だがよ。もし、万が一。あいつがやられちまったら、そん時は俺らの手で片を付けっぞ。雪熊を血祭りに上げろ。誰にも譲んな。絶対、逃がすな。ぶっ殺せ!」


「おお」


 皆は目を光らせて応えた。そして、ヴァルカが一際ひときわ厳しい顔付きで口を開く。


「隊長さんよ。悪いんだが、一つ頼みがある。そん時は俺に一番槍を譲ってもらえないか」


 オリムはヴァルカを鋭い目で見詰めた。しばし見詰め、ふっと表情を緩める。


「バーカ。んなもん、早い者勝ちに決まってんだろ。取りたきゃ、気を張れフヌケ野郎」


 ヴァルカを始めとして、全員が遣る気に燃えている。誰もがその時は我こそは、と狙っている。雪熊将軍を怖れている者などいない。これなら遣れる。オリムは満足し、いつでも飛び出せる体勢でファルハルドと雪熊将軍の決闘を見守る。



 ダリウスも、じりじりとした思いでファルハルドの戦いを見守っている。


 今、ファルハルドが浅く斬られているのはわざと。敢えて身をかわす動作を抑えることで、己の剣を雪熊将軍へと届かせようとしているのだろう。数多くの斬撃を受けながら、一つとして深刻なものがないのがその証拠。


 しかし、そんな戦い方でどこまでいけるというのか。山ほどの幸運が味方したとしても、まだ足りない。


 雪熊将軍の大剣は革鎧ごとファルハルドを両断できる。

 対して、ファルハルドは。剣が当たっても、鎖帷子くさりかたびらとその下で支える発達した筋肉に阻まれ、一度もまともな傷を与えられていない。傷を与えたくば、鎖帷子を斬り裂けるほどの強い一撃を繰り出すか、鎧兜に守られていない箇所に当てるか。

 どちらを行うにしても、雪熊将軍相手では困難を極める。


 あまりに分が悪過ぎる。この差を埋められるとすれば。あり得る可能性は二つ。


 一つは昨日までにダリウスが与えていた怪我や被害が決定的なほど大きかったとき。


 ダリウスと雪熊将軍の実力は同等。そして、ダリウスは雪熊将軍の剣により大怪我を負った。

 ならば、雪熊将軍も同じく大きな被害を受けている筈。技や体内魔力の活性化でダリウスの魔法剣術に対抗していたが、その全てを無効化できる筈もないのだから。


 身体能力ではダリウスが上。駆け引きや老練さでは雪熊将軍が上。その老練さで受けた負傷を隠しているのだろう。

 だが、いつまでも隠しきれる訳がない。その隠している負傷が予想よりも大きければあるいは。


 そして、もう一つの可能性。より確率は低く、より条件の厳しい可能性。


 それはファルハルドが生死の狭間でその発揮しきれていなかった才能を引き出し、眠れる才能で雪熊将軍の実力を上回ること。

 万に一つどころか、奇跡が起こるに等しい可能性。もはや可能性と呼ぶよりも、願望と呼ぶのが相応しいほどの夢物語。


 それでも、可能性はある。根拠もある。


 昨年の闇の怪物たちの大規模な襲撃の際、ファルハルドは単身、双頭犬人が率いる群れの中に飛び込んでいったと聞いた。ダリウスの見立てでは、そんな遣り方ではファルハルドは生き残れない筈だった。


 その身熟みごなしの素早さや魔導具の使用を考慮しても、双頭犬人の下に辿り着くまでに無数の傷を受け、最後は双頭犬人と相討ちになるのがやっとの筈なのだ。


 だが、ファルハルドは生き残った。それはその時、ファルハルドがダリウスが把握していた以上の実力を発揮できたからだろう。


 生死の狭間で、眠れる才を引き出す。極めて困難で、極めてまれな現象。単に才能があるだけでは不可能。それでも、あり得ないことではない。


 一時ひとときたゆまず積み重ねた鍛錬。惜しむことなく、持ちうる実力の全てをさらけ出す真摯しんしさ。どれほどの危機でも臆することのない強い意志。なにより生命の根源から溢れ出す、死に抗う生存本能。

 その全てを持ちうるならば、決して不可能ではない。


 ファルハルドが鍛錬を重ね、真摯な人柄で、戦闘に対する強い意志を持っていることは、少し見ていれば誰でもわかる。

 そして、強い生存本能を宿していることを、ダリウスだけは見抜いていた。


 ファルハルドは暗く、どこか『死』に逃げ込もうとしている印象がある。それは団員たちの力尽きるまで戦い抜き、その結果としての満足できる終わりを求める態度とは異なる。生きることにみ、命を投げだそうとする姿勢。


 おそらく、昔はもっと強く『死』に取り憑かれていたのだろう。それをなんとか乗り越えた。そう、想像できる。

 ダリウスが出会った時には、そう強いものではなく、それでもことあるごとに『死』に惹かれる程度には、どこか『死』に取り憑かれているのだから。


 だが、ファルハルドは生きている。並の戦士では乗り越えられぬ激戦を見事生き抜いている。それは、強い生存本能があってこそ。

 心は死を求めても、その身の生存本能はファルハルドを生かした。死ぬことを決して許さなかった。


 その生存本能が生死の狭間で生命の輪を回し、秘められた剣才を引き出すのなら、あるいはその実力は雪熊将軍へと届きうる、のかも知れない。


 その期待こそが、ダリウスがファルハルドに雪熊将軍との決闘を認めた理由。


 後悔させてくれぬなよ。ダリウスはじりじりと胸を焼く焦燥感に耐えながら、ファルハルドの戦いを見守っている。



 強い。この若者は手強い。きっとはたから見ている者たちには、一方的に雪熊将軍が攻めているように見えることだろう。


 だが、違う。確かに当たっている攻撃の数や与えている手傷の数は比べるべくもない。それでも雪熊将軍は感じる。ファルハルドから言いようのない圧を。あの男と同じ種類の強者の発する圧を。


 心躍る。やはり、この若者は良き戦士だ。危地に追い込めば追い込むほど、反発するように実力を発揮する。その底はどこにあるのか。受け継いだ剣才の全てを発揮した時、その実力はデミルに伍するのか。

 雪熊将軍は期待にその身を震わせる。



 ファルハルドに余計なことを考える余裕はない。必要なことを考えられているのかもわからない。

 必死。ただただ迫る斬撃に、繰り出す攻撃に集中している。


 だが、と頭の隅でもう一人の自分がささやいてくる。このままでは勝てないと。


 雪熊将軍の実力の高さは予想通り。予想外だったのは、隙のなさ。付け入る隙がまるで見つからない。なにか手が、状況を打開する手がいる。


 ファルハルドは必死に身体を動かし、必死に考えを巡らせる。

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