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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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78. 二つの戦い /その③



 ─ 4 ──────


 繰り出す連撃。バーバクは果敢に攻める。毒巨人はその左腕をもちいて、バーバクの斧をさばく。


 毒巨人もこの四年半の間に戦闘経験を積み重ね、防御技術を向上させていた。獰猛なだけの巨人が学習を重ね、成長している。


 元々、巨人は人にまさ膂力りょりょくと頑健な肉体を持っている。そこにまだまだつたないとはいえ、防御技術の向上が加わったのなら、討伐難度は一気に上がる。


 さらに、毒の息や炎の腕、冷気の脚といった特別な力までも持つなら、その実力は底知れない。

 それでもバーバクに怖れはない。迷いも、戸惑いも、躊躇いも生じない。この毒巨人を倒す。心はその一点に集中する。


 毒巨人の炎をまとった左腕が振られるたび、熱気が打ち寄せバーバクの肌を焼く。しかし、炎は左腕を覆っているだけで放たれることはない。効果的な一瞬を狙っているのか、あるいは毒の息と同様に一度放てば連続して放つことは難しいのか。


 どちらの可能性も頭に置き、バーバクは対応している。


 今行っているのは小手調べ。新たな力を得た毒巨人の実力を測っている。

 四年半前、闇の怪物である毒巨人の強さは当然のこととして人間であるバーバクを上回っていた。その差は縮んだのか、拡がったのか。得た力によって戦い方はどう変わったのか。それを戦いのなかで探っている。


 そして、それはおそらく毒巨人も。人間の実力を測ろうとする怪物など存在したことはない。やはりこいつは特異な個体。本能による思考しか持たぬ敵とは異なる手強さと不気味さを持つ。



 毒巨人がバーバクの斧の一撃を左腕で強く弾いた。バーバクは斧を取り落とすことこそなかったが、ふらつき体勢を崩され次の動作が遅れた。


 毒巨人はその毒爪をもってバーバクを狙う。バーバクは盾で受ける。単に受けるだけではない。踏ん張りが利かないかわりに、ふらついた身体の体重を載せ、殴りつけるように鋼の盾をぶつけた。


 硬い音が鳴り響く。あわよくばと狙った毒爪を折ることはできなかった。毒巨人は即座に反撃。バーバクも攻撃を繰り出す。



 力は毒巨人が上。戦闘技術はバーバクがまさる。戦闘は均衡する。均衡を崩すのは。


 毒巨人の爪をバーバクが盾で受け、バーバクの斧を毒巨人がらした一瞬。毒巨人は大きく息を吸い、至近距離から毒の息を吐き出した。

 バーバクは反応するが間に合わない。毒の息は迫る。


 しかし、毒の息は防がれた。ハーミが守りの光壁を展開し、防いだ。


 どれほど優れた戦士であっても、ただ一人で巨人に勝てる人間など存在しない。力を合わせる仲間がいてこそ、人の力は巨人に届きうる。


 小手調べとは言え、バーバクが一人で毒巨人と競り合えたのはジャンダルの奏でる『蛮勇の旋律』の効果があってこそ。視界の端に映るジャンダルの姿は大汗に濡れそぼっている。ジャンダルがいつまで奏でることができるかはわからない。バーバクは早々に勝負に出る。



 光壁に守られた内側で、バーバクは腰帯から一つの小袋を外した。

 それは魔導具、『付与の粉』。魔法武器を手放した現在、巨人たちに深手を負わせるには必須の備えとなる。


 バーバクたちは五層目に挑み始めてすぐに素材を集め、新たな魔法武器の製作を依頼した。

 ただ、そう簡単には魔法武器は造れない。この毒巨人と戦うまでにはと考えていたが、結局間に合わなかった。残念ではあるが、仕方ない。その可能性については最初から考慮していた。


 そのための代替策が付与の粉。実際に多くの挑戦者たちが使用している定番の方法だ。『今代の魔法武器』に比べ、消費魔力は多くなるが問題はない。そのためにも魔力増幅薬を服用したのだから。用意は万全。あとは遣るだけ。


 バーバクは斧に付与の粉を振りかけ、手でなぞる。ずわりと魔力が引き出され、微かな燐光が斧を覆う。


 バーバクは斧を振りかざし、光壁から飛び出した。その勢いのまま、毒巨人に斧を振り下ろす。


 肩口を狙う。毒巨人は固めた左腕を当て、らそうとする。寸前、バーバクはわずかに踏み込みを深くし、肩を入れる。振り下ろしの速度が上がった。毒巨人は空振り。


 斧の軌道は踏み込んだ際、わずかに変わった。毒巨人の上腕、昔その左腕を断ち切った箇所に当たる。腕を落とすことはできなかった。骨にも達していない。それでも初めて大きな傷を与えた。


 斧を振りきったバーバクを毒巨人は右手の毒爪で狙う。ハーミが光壁を展開。再び爪は防がれた。


 バーバクは振り下ろした斧をそのまま横に薙ぎ、毒巨人の脚を狙う。毒巨人は傷付いた左腕でバーバクの斧を叩き落とした。

 毒巨人はバーバクの首筋を喰い千切ろうと乱杭歯を剥き出す。


 バーバクもハーミも間に合わない。毒液をしたたらせた乱杭歯が迫る。


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルにこいねがう。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 離れた位置でバーバクたちの戦闘を見守っていたペールが、不可視の拳を撃ち出した。迫る毒巨人の顔面を撃ち抜く。

 毒巨人の頭部は揺れ、たたらを踏み数歩退(しりぞ)いた。


 巨人たちは魔法への強い抵抗性を持つ。与えることができた被害は軽微。しかし、精神的な影響は大きい。


 不意打ちをまともにくらい、毒巨人は怒りに駆られる。甲高い奇声の咆吼を上げた。通路に満ちる大気が震える。


 先にその実力を見せたのはバーバクたち。ここから先は毒巨人も惜しむことなく全てをあらわにする。




 その時、カルスタンたちの背後から一つの振動がとどろいた。


「新たな敵が接近」


 カルスタンが近づいてくる影を見、声を上げた。毒巨人の咆吼に惹きつけられたのか、新たな巨人が姿を見せた。


「敵は一体、霧氷の巨人」


 霧氷の巨人。巨人たちのなかでも最強とされる一体。


 バーバクとハーミに手を回す余裕はない。ジャンダルは動けない。相手をできるのはカルスタンとペールのみ。

 毒巨人との戦闘中に別の巨人が現れる可能性は考慮し備えていたが、まさかそれがよりによって霧氷の巨人だとは。


 最強の巨人を相手取るのに、二人だけでは荷が勝ち過ぎる。だが、泣き言を零しはしない。遣るべきことを遣る。仲間の全てを懸けた戦いを邪魔させはしない。


「こいつは俺とペールで遣る。こちらのことは気にするな」


 カルスタンは欠片の不安も見せず、言いきった。


 駆け出したカルスタンに向け、霧氷の巨人はひょう混じりの冷気の息を放たんとする。その顎を、ペールの不可視の拳がち上げた。


 カルスタンは駆けながら、付与の粉を取り出した。最初から全開。出し惜しみはしない。強大な敵に、劣る戦力で勝利するには戦いの主導権を握らねばならない。


 敵を圧する気勢を発し、カルスタンは果敢に攻め込む。戦鎚を振り抜いた。そのまま乱打。反撃を許さず打ち据える。


 しかし、相手は霧氷の巨人。巨人たちのなかでも最強の一体。そのまま黙ってやられる筈もない。


 霧氷の巨人は反撃する。カルスタンが隙を見せたのではない。霧氷の巨人がその持ちうる能力を発揮した。カルスタンの魔力に覆われた戦鎚での連撃を優れた肉体の力で耐え、唸り声と共にその身にまとう冷気を吹き荒れさせた。


 みぞれ混じりの冷気が激しく吹きつけ、カルスタンは足を滑らせ、ペールは刹那顔を背けた。


 その一瞬の間を霧氷の巨人は見逃さない。体当たりをくらわし、巨漢のカルスタンを一撃でね飛ばした。カルスタンは壁に叩きつけられる。


 そのまま、霧氷の巨人に背を向け、一心に『蛮勇の旋律』を奏でているジャンダルに襲いかかる。


 させぬ。ペールが素早く祈りの文言を唱えた。


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルに希う。悪しきものより守る、堅固なる守りを顕現させ給え」


 間一髪。ペールによりジャンダルは守られた。


 ジャンダルはあわやという目に遭おうとも、笛の音を乱れさせることはない。必ずや仲間が守ってくれる。そう信じ、己の役割に集中している。


 その無言の信頼こそがカルスタンとペールに力を与える。ペールは暴れる霧氷の巨人を光壁に閉じ込める。光壁はきしむ。しかし、破らせない。

 カルスタンは立ち上がる。血を流しながらも、その目に強い意思を宿らせて。


「どこを見ている、霧氷の巨人。お前の相手は俺たちだ」

しかり。ぬしはそれがしたちが倒す」


 パサルナーン迷宮五層目、巨人の階層。その一角。毒巨人対バーバクとハーミ、霧氷の巨人対カルスタンとペール、『蛮勇の旋律』を奏でるジャンダル。


 戦いは深まっていく。

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