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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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75. 熱戦 /その④



 ─ 7 ──────


 敵部隊が展開する前に、ファルハルドが傭兵隊から進み出た。その後ろに続くのは二名のみ。ダリウスとファイサルだけがファルハルドと共に歩んで行く。


 敵部隊もファルハルドに気付いた。彼らはいぶかしく思う。


 ダリウスのことはイルトゥーランの者たちも全員が知っている。自分たちを率いる雪熊将軍と真っ正面から戦い、数日掛かっても決着が付かない実力者なのだから。

 そして、神に仕える神官もいる。少なくとも薄汚い罠のたぐいではないと考えられる。


 ただ、なぜその二人が一人の若者のあとに付いて来るのかが、イルトゥーランの者たちには理解できない。


 ファルハルドもこの三日間、激しく戦っていた。なかなかの実力者ではあるし、目立ってもいたことから、ファルハルドの存在も印象には残っている。


 それでも、戦士たちの度肝を抜くほどの実力ではない。ファルハルドがダリウスや神官に付いていくならなんの不思議もないが、逆になっていることがおかしい。敵部隊は不審げな様子で、ファルハルドたちを迎えた。



 ファルハルドは敵部隊から一定の距離を置き、立ち止まる。深く息を吸い、腹の底からの大音声を発した。


「俺は傭兵の一人、ファルハルド。雪山の勇者殿に決闘を申し込む」


 敵部隊の反応は傭兵隊と似たようなものだった。身の程知らずの挑戦に、ある者は失笑し、ある者は腹を立てる。


 ひとしきり笑ったあと、小隊長にあたる者なのか、それともただのお調子者なのかわからないが、敵前列にいる者が一人ファルハルドを指差し嘲笑あざわらう。


「お前、馬鹿だろう。将軍がお前なんぞ相手にするか。なにも将軍と戦わなくても、きっちり今日中には殺してやるって。それとも、僕ちゃんは追い詰められていかれちまったのかな」


 周りにいる者たちは、この発言により一層大きく笑う。


 どれほど嘲笑が向けられようが、ファルハルドは顔色一つ変えることはない。それはダリウスやファイサルも同じだ。


 その落ち着き払った態度に、先ほど発言した敵人物が声を荒げた。


「さっさと引っ込め、大呆け野郎。今すぐ殺すぞ」


 ファルハルドが反応するよりも先に、ダリウスとファイサルが動きを見せた。

 ダリウスは拳をもって地を打った。地が揺れ、敵部隊が静まりかえる。ファイサルは手に持つ鉄棍で強く地を叩き、敵部隊の注目を集める。


「聞け、イルトゥーランの者たちよ。神聖なる決闘の申し出を軽んずることは赦されない。其方そなたらも戦士であるというのなら、この者の申し出に誠をもって応じよ」


 敵部隊のなかから相応の立場にあるらしき初老の男が姿を見せた。初老の男は応える。


「若者よ。仲間のため、我らが将軍に挑まんとするなんじの勇気は見事。

 なれど、時ここにいたれば、もはや決闘の申し出には遅過ぎる。いさぎよく、死力を尽くし戦おうぞ。

 汝は仲間と共に我らにあらがって見せるがよい」


 ファルハルドの狙いは時間稼ぎ。そう、この初老の男は考えた。アルシャクス軍からの救援が駆けつけるまでの時間を稼ぐために、命を捨てて雪熊将軍に決闘を挑むのだと。

            

 確かにファルハルドの狙いには時間稼ぎもある。だが、違う。ファルハルドが雪熊将軍と戦おうとする真の理由は別にある。ファルハルドは決定的な言葉を告げる。


「聞け、雪山の勇者オルハンよ。お前は自らの王をあやめた者から逃げるのか。

 俺はファルハルド。慈愛の母、ナーザニンの子、ファルハルド。お前の王、デミル四世の首は俺がねた」


 傭兵隊はどよめき、敵部隊はざわついた。


 初老の男は動揺する。


 イルトゥーランの前王、デミル四世の死の真相は隠されている。


 公式には心臓発作により急死したとされている。

 が、それを信じている者などいない。家臣たちは人目のない場所で前王の死の真相はなんであるかと話題にし、今も様々な噂が流れている。


 まことしやかにささやかれる噂のなかには、現王である王太子のベルクによって密殺されたというものまであるほどだ。


 この若者はデミル四世の死が、自らの手によるものだと言った。あまりに馬鹿げた妄言。だが、ただのごとと聞き流すこともできない。


 理由がある。この若者は雪熊将軍の名を口にした。限られた者しか知らぬ筈のその名を。そして、母の名をナーザニンだと言った。


 その名には聞き覚えがあった。もし、そのナーザニンがこの初老の男の知るナーザニンと同一人物であるのなら、この若者が口にした内容に充分な根拠が与えられる。



 困惑し、戸惑う初老の男からは言葉が出ない。その様子に、敵部隊のなかに動揺が広がっていく。


 不意に、ざわめきが広がり始めた敵部隊が割れた。

 一人の人物が姿を見せる。それは肩から白い野獣の毛皮をまとった大柄な人物。雪熊将軍、その人が姿を現した。


 雪熊将軍は今は大剣を背負ってはいない。獰猛さも見られない。その目には穏やかさと落ち着きがある。値踏むようにしばらくファルハルドを見詰め、不意にダリウスに話しかけた。


「ダリウス殿、この若者はお主の部下か」

「そうだ」


 雪熊将軍は少し考え込んでいる。


「以前はいなかったように思うのだが」

「ああ。昨年我が団にやって来た者だからな」

「ほう」


 雪熊将軍はファルハルドに問いかける。


「若き勇士よ。汝の言が真実である証はあるか。なぜ、どうやって、汝が陛下の首に刃を届かせられたと言うのか」


「雪山の勇者オルハンよ。

 奴は、お前の王は俺の母を捕らえ、慰み者としさいなみ続けた。母も俺も王城の中に隠され、閉じ込められていた。


 そして五年前、母が死んだその日、俺は盗み出した剣を手に王の間に押し入った。

 そこにいたのは奴と宰相だけだった。衛兵たちの姿はなかった。衛兵たちが姿を現したのは俺が奴の首を刎ねたあとだった。


 奴は抵抗らしい抵抗はしなかった。不意をいたからなのか、すでに高齢であったため抵抗する気力もなかったからなのか、あるいはもっと別の理由なのか、その理由まではわからない。


 お前ならば、この言葉が真実であるかどうか判断できるだろう」


 雪熊将軍は眉を寄せ、無言で考え込んでいる。ファルハルドは言葉を続ける。


「オルハン、俺はお前が雪熊の名を与えられたその時を知っている」


 雪熊将軍はぴくりと眉を動かした。


「あれは十五年前の夏。お前は奴に闇の怪物討伐の報告を行い、さらに自らの手で獲ったという大きな雪熊の毛皮を献上した。

 あの時、奴は機嫌良く、お前に望みの褒美があるかと尋ねていたな。そして、お前は望んだ。奴との決闘を」


 雪熊将軍は眼光鋭くファルハルドを見詰める。


「そうだ。俺はあの時、陰から謁見の間をのぞき見ていたのだ。お前と奴との決闘も隠れ見た。


 お前は確かに奴の身にその剣を届かせた。ただ、奴の強さは隔絶している。お前でもかなわなかった。

 だが、お前は勝てぬとわかっても怖れることなく、その身が動く限り果敢に攻め続けていたな。


 奴は、お前をこれぞ益荒男ますらおと認め、奴との決闘を生き残ったお前を雪山の勇者と賞賛した。そして、雪熊の毛皮はお前にこそ似合うと毛皮を与え、雪熊と渾名付けた。


 その全てを俺は見ていた。幼き俺はあの誰もが怖れるデミルに果敢に挑むお前の姿に心震わせた」


 敵部隊の初老の男は、沈黙する雪熊将軍を見詰めている。


「雪山の勇者オルハン。お前の戦いを見たあの日から、お前は俺の憧れであり、お前を目標とし俺は戦士となることを選んだ。


 そして、俺の知る人間のなかで、お前の実力と戦い方は最もデミルに近い。

 お前を倒す。お前を倒し、俺はあの日不意打ちで首を刎ねたデミルを、正々堂々と倒せるだけの実力を身に付けたのだと自分に証明する。


 戦士オルハン、強き男よ。俺はお前を倒し、強さの階段を駆け上がる。俺と戦え」



 大胆そのもの。ファルハルドの言葉は敵部隊にとっては不遜に過ぎる。自国の王をしいしたとの発言も黙って見逃すことなどできない。


 だが、その真っ直ぐな言葉は心地よい。

 戦士の国を自称するイルトゥーランの人間にとって、己が母を苦しめる憎い敵を見事討ち取ってみせたという行動も、目標とする相手に挑む心意気も、ひたすらに強さを求める意思も、その全てが好ましい。


 全員が雪熊将軍がどうするのか、固唾を呑んで注目している。


 雪熊将軍の瞳からは穏やかさが消えている。そこに宿るは獰猛なる戦士の意思。力強く宣言する。


「よかろう、若き勇士よ。汝を一人の戦士と認め、決闘に応じよう」


 敵部隊、傭兵隊共に全ての者が歓声を上げた。


 敵部隊の中から、艶やかな白い毛皮を頭から被った人物が雪熊将軍の大剣を捧げ持って出てきた。


 この分隊長は雪熊将軍に大剣を手渡し、そのままその場にとどまった。この分隊長と最初に出てきた初老の男がイルトゥーラン側の立会人を務めるようだ。




 そして、同じとき。遠く離れたパサルナーン迷宮に於いて、もう一つの宿命の戦いが行われようとしている。

 次話、「二つの戦い」に続く。



 次週は更新をお休みします。次回更新、10月23日予定。

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