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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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74. 熱戦 /その③



 ─ 6 ──────


 そして、その次の日。傭兵隊が雪熊将軍の部隊と交戦し始めて三日目。傭兵隊は今日を乗りきればと奮戦する。


 敵部隊も傭兵隊の正確な事情は知らなくとも、目的とする平原までの距離は知っている。

 アルシャクス軍から救援が駆けつける可能性は当然考えている。平原との距離、傭兵隊の気構えや奮戦ぶりから今日あるいは明日には救援がやって来るのだろうと判断し、それまでに傭兵たちを片付けんと激しく攻め立てる。



 集団としての力の差。なにより、初日の被害がここになって重く効いてくる。傭兵隊は押されていく。


 ダリウスなら、一人で戦況をひっくり返すことも不可能ではない。だが、動けない。雪熊将軍の相手で足止めされる。


 オリムたち斬り込み隊が暴れ回る。局所的には勝てもするが、全体の趨勢は変わらない。多くの者たちが倒れていく。


「糞ったれ」


 ここは戦場いくさば。そこかしこに骸が転がり、強く死臭の漂うその場で、ファルハルドは一人毒づいた。身体が重い。疲労が濃い。日暮れが近づく。しかし、戦いは終わらない。



 その日の戦闘でミブロスは深手を負った。命は無事でも、これ以上剣を振るうことは難しい。ミブロスの副団長も討たれた。


 二つの傭兵団の団長たちも多くの怪我を受けているが、それは深刻なものではない。ただ、それぞれの副団長も討たれ、士気は目に見えて落ちている。


 ダリウスの疲労も濃い。今日こそ雪熊将軍を倒し、この戦いにけりを付けんとしたが、果たせなかった。ダリウスと雪熊将軍。両者は激しく戦いながら、この日も決着をつけられないまま戦いを終えた。


 オリムも疲労は濃いが、戦意は全く衰えていない。むしろ、初日よりも盛んなほどだ。狙った敵分隊長たちが見つけられなかったことにいらついている。明日こそは必ず倒すと、戦意を燃やしている。


 アキームとザリーフを失っても、斬り込み隊の士気は落ちていない。だが、今日の戦闘は激しかった。多くの負傷により、戦力としては低下している。

 ただ一人、ファルハルドを除いて。


 ファルハルドの激しく動き、消耗が激しいという戦い方については、今はあまり欠点となっていない。他の者たちも死力を尽くして戦うことで、全員が消耗しているからだ。


 むしろ、感覚の鋭さと身軽さで敵の攻撃をかわすという戦い方が、ここに来てきてきている。

 それなりの数の負傷はあるが、全ては浅手。深刻なものは一つとしてなく、他の者たちよりも遙かに状態が良いのだ。回復の早さも相俟あいまって、個の強さを見せる者たちのなかでは最もましな状態でいる。


 傭兵隊、イルトゥーラン部隊。どちらも多くの負傷者を出している。誰もが言葉にせずとも感じている。どちらが勝つにせよ、明日こそが最後の一日となるだろうと。


 満月が輝く空の下、両部隊は息をひそめ、明日の戦いに備え身を休めている。





 朝になり、今日もまた身支度をし、戦闘に向けての準備を始める。

 しかし、全体の動きは鈍い。ミブロスやオリムが怒鳴りつけるが、はかばかしくはなかった。


 前日までの三日間の戦闘で百数十名が戦死し、重傷者も五十名近くを数える。今では戦える者は二百をなんとか超えているという状態。


 そのうち未だ戦意横溢なのは、心からいくさを好むミブロスの傭兵団の半数ほどとダリウスの傭兵団の者たちだけ。全体としての戦意低下は目も当てられないほどだ。これでは今日を戦い抜くどころか、一当てされればあっさりと崩れることだろう。


 ミブロスが声を荒げる。


「お前ぇら。それでも戦士か。しゃんとしやがれ。今日を乗り越えりゃ、なんとかなんだよ。気を張れ、玉なしどもが」


 それでもやはり反応は鈍い。アルシャクス軍に報告の騎兵を送っていることも、今日にも救援が駆けつけるかもしれないことも皆に知らされているが、元々傭兵たちは正規軍を信用していない。昨日、救援がやって来なかったことから、救援が来るなどすでにほとんどの者は信じていない。


 その不信と不満がここに来て爆発する。皆を代表するように、若い傭兵団長の一人が怒りもあらわに応えた。


「よう、あんたよぉ。なに言ってやがんだ。そもそもあんたが無茶な戦いに皆を引き摺り込んだんだろうが。こうなったのも全部あんたのせいだろうが」


 もう一人の若い団長もあとに続く。


「そうだ。俺らは反対したじゃねぇか。なんもかんも全部あんたのせいだ。どうしてくれんだ」

「んだ、コラ」


 ミブロスは鋭い視線を送るが、充分に身体を動かせないほどに傷だらけ。不満を持つ者を押さえ込むにはいささか貫目が足りなかった。



 元々が流儀や目的の違う異なる傭兵団の寄せ集め。一度結束にひびが入れば、意思を統一することは難しい。

 なおも戦おうとするミブロスたちと、さっさと降伏して戦場いくさばからずらかろうと主張する団長たちとの間で激しい口論が始まった。


 傭兵たちは二派に分かれていく。


 オリムはミブロスと同調し、今にも刀を抜きそうだ。

 ダリウスはなにも言わない。ここまではっきりと対立してしまえば、今さら一つにまとまることは無理だ。こうなれば自分の団員と残りの戦意ある者だけを引き連れ、敵中突破を目指すべきかと考え始めている。



 あわや傭兵たちが武器をもちいて、仲間割れを始めかけた時。ファルハルドが言った。


「今日一日、時間を稼ぐ方法ならある。揉めるのは明日でいいだろう」


 口論していた者は胡散臭うさんくさげにファルハルドを睨みつけた。


「お前、寝惚けてんのか」


 何人もが、黙ってろだの、馬鹿かだの、口々にファルハルドを罵倒する。


 オリムも苛ついた口調のまま、言い聞かせようとする。


「ワケわかんねぇこと言ってんじゃねぇぞ。んな方法はねぇから、こいつらも泣き言ぬかしてんだろうが」

「なにが泣き言だ、こら」


 若い団長たちはいきり立つ。オリムと若い団長が殺し合わんばかりに睨み合うなか、ファルハルドは落ち着いた声で告げる。


「いや、方法はある」


 オリムは若い団長と睨み合ったまま尋ねた。


「あ゛ぁ? どんな方法だ。マジであんなら、もったいぶらずにさっさと言えや」

「俺が雪熊将軍に決闘を挑む」


 全員が動きを止めた。数瞬の間、場は静寂に包まれる。誰かが吹き出した。つられ、全員がこらえきれずに爆笑する。

 笑っていないのはダリウスの傭兵団に所属する者たちだけだ。その者たちも笑っていないだけで、呆れた様子は隠そうともしていない。


 オリムが苦い顔で言う。


「お前ぇよぉ。あの雪熊野郎は団長とすら渡り合える剛の者なんだぜ。決闘を申し込んだって、お前ぇみたいなショボい奴なんぞ、相手にされる訳ねぇだろうが」


 オリムは物わかりの悪い子供をなだめるように、ファルハルドの肩を軽く叩きさとす。


「そりゃ、イルトゥーランの奴らは決闘好きだ。雪熊野郎と決闘を、ってのは俺も考えたぜ。だが、さすがに、んな見え見えの時間稼ぎに乗ってくる馬鹿はいねぇから。

 なあ、お前ぇなりに知恵を絞ったんだよな。なあ、一生懸命考えたんだよな。頑張った。なあ、それで充分だ。悪いことは言わねぇから、マジで止めとけ。恥かくだけだぜ」


 ファルハルドは揺るがない。確信を持った真っ直ぐな目で告げる。


「いや、奴は乗る。俺との戦いから逃げることはない」

「あ゛ぁ?」


 オリムは困惑し、ファルハルドの目をのぞき込む。考え込み、一つの可能性に思い当たる。

 まさか、とは思う。だが、そうなのか。あるいは、とも思う。オリムは視線だけでファルハルドに問いかけた。


 ファルハルドはその問いかけを誤らない。頷きを返した。


 オリムは眉間に皺を寄せる。ダリウスへと振り返った。オリムの視線を受け、ダリウスはファルハルドに告げる。


「奴は魔法剣術は使えない。だが、頑健な肉体と体内魔力の活性化で俺の魔法剣術にも耐える。

 力に頼る戦い方をするが、それは技術に劣ることを意味しない。俺が武器破壊を狙い拳を振るっても、奴はその全てを受け流して見せた。

 奴も疲労と負傷が蓄積している。それでも、今のお前では足下にも及ばない」


 何度も手合わせし、ファルハルドはダリウスの実力をよく知っている。

 告げられた内容は、つまるところ雪熊将軍を倒すにはそのダリウスを上回る実力が必要だという話。それでもファルハルドは揺るがない。そんなことは最初からわかっているのだから。


 ダリウスは変わらぬファルハルドの様子を眺め、頷いた。


「立会人は俺が務めよう」


 このダリウスの発言に皆はどよめいた。もはや笑う者などいない。驚愕の目でファルハルドとダリウスを見ていた。

 オリムが盛大に溜息をついた。


「ちっ、しゃーねぇな。本当、しゃーねぇから、俺も立会人をしてやるよ。あーあ、クソだりぃ。馬鹿な隊員を持つと面倒くせぇぜ。

 オウ、これは貸しだかんな。あとで十倍にして返せよ、この野郎」


 オリムはオリムらしい言い方で、勝って生き残れと励ました。ただ、立会人に関してはファイサル神官が横から口を挟んできた。


「いや、もう一人の立会人は私が務めましょう。戦神様に仕える私が立ち会えば、彼らも決闘の作法をないがしろにはできぬであろうでな」


 オリムはなにも言わず、大袈裟な身振りでファイサルの提案を是と認めると伝えた。


 若い団長を始めとした不満を口にしていた者たちも、今は文句を言わずファルハルドを見守る。彼らも戦士。目の前で一人の戦士が覚悟を見せるなら、その思いに泥を塗るような振る舞いをすることはない。


 ファルハルドが見回せば、皆は真剣な面持ちで頷きをもって応えた。

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