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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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73. 熱戦 /その②



 ─ 3 ──────


 人の体力は無限ではない。日も傾き始め、示し合わせたように自然に戦闘が納まっていく。



 両部隊がその日の戦闘をめ、それぞれ離れた側に分かれようとし、ミブロスが撤収の合図を出そうとした、まさにその時。


 艶やかな白い毛皮を被った分隊長に率いられた敵分隊がミブロスを狙い、一塊となり雪崩れ込んできた。


 それはその日の戦闘を終えようと、気の緩んだ機を狙った突撃。さしものミブロスも長時間の激しい戦闘の果て、意識の隙間を狙われては対応が間に合わない。敵の分隊長は双剣をかざし、ミブロスに迫る。



 だが、奇襲は防がれた。割り込んだオリムがその剣を止めた。


 先のオリムと白い毛皮の分隊長との戦いは決着がつかなかった。敵味方共に数多くの者が駆けつけ、邪魔されたからだ。

 そのためオリムは探していた。この白い毛皮の人物を。必ずや仕留めんと狙っていた。だからこそ、一足早く接近に気付くことができ、奇襲を防ぐことができた。


 しかし、甘い。イルトゥーラン側は把握していた。戦闘開始の宣告と傭兵たちの集まり方から、ミブロスこそが傭兵隊の総指揮の立場にあると。

 当然、確実に首を獲るための策を練っていた。


 一つは戦闘終了間際の誰しもが気を緩ませる一瞬を狙うこと。

 そして、もう一つ。それは最初の奇襲が防がれた時、その奇襲をおとりとしたさらなる奇襲を狙うこと。二段構えの策でミブロスの首を狙う。


 オリムと白い毛皮の分隊長が斬り結ぶ位置とは違う角度から、黒い毛皮をまとった分隊長が自らの隊を率いてミブロスに襲いかかった。


 ファルハルドはオリムの傍で戦っていた。敵が攻めてきた位置はちょうど逆側となる。ファルハルドが敵の突撃に気付いたその時には、すでに手遅れ。助けに回ろうにも間に合わない。声を掛ける暇もなかった。



 そこから先は、全てがゆっくりと鮮明に見えた。


 敵の進路上にいた傭兵たちは次々と斬り伏せられた。血に濡れた大剣が夕日を反射した。


 ミブロスは怖れない。強気な笑顔を浮かべ迎え撃とうとする。しかし、長時間の戦闘に体力が限界。その動きには力強さが欠けている。


 黒い毛皮の分隊長は迫る。


 大剣が振り下ろされようとした時。アキームがその前に立ち塞がり、ザリーフがミブロスを突き飛ばした。二人は黒い毛皮の分隊長に刃を向ける。


 大剣が振り下ろされた。刃を合わせたアキームの断ち切り刀は折れた。脇腹を狙ったザリーフの刀は敵の身を斬った。


 そして、敵の大剣は。


 ただ一振りで、アキームとザリーフを斬り裂いた。

 二人はその場に崩れ去る。ファルハルドは二人の名を叫んだ。二人が応えることはなかった。




 ─ 4 ──────


 黒い毛皮の分隊長は部下に囲まれその場を離脱した。それに合わせるように他の者たちも戦闘をめ、離れていった。


 生き残った傭兵たちは警戒しやすいように、見張りを立て小さく集まっている。ある者は休み、ある者は食事を摂り、そしてある者は怪我の手当をしている。


 生き残ったのは三百数十名。今日一日だけで、実に五十名以上が死んだ。

 生き残った者たちにも無傷の者など一人もいない。三十名ほどは重傷者。この者たちは、もうこれ以上戦うことはできない。半数は朝まで保つかもわからない。


 ミブロスは無数の傷を負っている。使っていた鎖帷子くさりかたびらは襤褸襤褸。もはや、補修もかなわないほどだ。

 だが、自分の団にいる神官から治癒の祈りを施された後は、平然と飯を食らい、大口を開けて笑っている。


 ダリウスですら多くの怪我を受けている。鎖帷子はあちこちを斬り裂かれ、特に右腕の怪我が酷い。雪熊将軍の大剣をさばききれず、上腕をざっくりと斬られていた。

 流れ落ちる血は止まることなくしたたり続ける。幸い腱も血脈も無事なようだが、このままでは満足に右腕を動かすことさえ難しい。


 ファイサルの治癒の祈りを受け、傷口は塞がった。それでも右腕を動かそうとすれば激痛が走り、拳を握ろうにも力が入らない。

 だが、ダリウスもまた弱気な素振りなど見せはしない。平然とした顔で拳で大木を打ち、し折ってみせる。


 この二人の力強い姿により皆の士気は保たれている。


 オリムは白い毛皮の分隊長により頬を斬られていた。兜を留める革帯も斬られ、兜を失っている。もっとも、代わりの兜など戦場いくさばにいくらでも落ちている。全く問題はない。


 オリムも少なくない怪我を受けているが、深刻なものはないと治癒の祈りも受けず、薬を塗り布で縛るにとどめた。もっとも頬を斬られた一撃は、あとわずかでもけ損ねていれば首を斬り裂かれていたのだが。


 斬り込み隊の者たちにも深刻な負傷をしている者はいない。怪我は多いが、それはいつものこと。


 そう、戦い怪我を負うなどいつものこと。違うのは、この場にアキームとザリーフがいない、ただそれだけ。



 戦場となった場所には多くの亡骸が残されている。それはアキームやザリーフも。


 今日の戦闘はんだが、戦いが終わった訳ではない。イルトゥーラン側にも傭兵たちにも、亡骸を回収する余裕はない。


 だから斬り込み隊の面々は自分たちのやり方で弔いを上げた。


 オリムが強い酒を入れた革袋を手に、亡きアキームとザリーフに短い言葉を捧げた。それはめそめそとなげく言葉ではない。二人とも上手くやりがったぜと褒め、認める言葉。


 オリムは一口だけ酒を呑み下し、革袋を回す。革袋を受け取ったナーセルも同じく二人をたたえる言葉を述べ、革袋に口を付けた。次から次へと酒を回し、言葉を捧げていく。


 ここは戦場、今は戦時。傭兵たちは戦場の死に心を動かしはしない。戦場での死こそ、皆が望んでいるものなのだから。

 平穏な暮らしなどうんざりだ。力果てるまで戦い抜き、いつの日か戦場に散る。それこそが彼らの望み。


 戦場の露と消えたアキームとザリーフをうらやむ気持ちこそあれ、嘆く気持ちなど湧く筈もなかった。


 ファルハルドも傭兵たちの気持ちを不思議とは思わない。もう、昔のように強く死にたいとは思っていない。それでも戦いの果ての死を望む気持ちは、今もファルハルドの心の底に完全には消えることなくこびり付いているのだから。


 ファルハルドも言葉を捧げる。


「二人とも見事だった。実に見事な戦士だった。それだけではない。アキームには傭兵とはなにかを、ザリーフには周りの者との付き合い方を教えてもらった。ありがとう」


 革袋に口を付ける。酒はいつか皆で呑んだのと同じ芳醇な蒸留酒だった。


 ファルハルドから革袋を受け取り、オリムは、アキームとザリーフに、と告げ、残った酒を全て地にそそいだ。アキームとザリーフに、皆は声を合わせて唱和した。




 ─ 5 ──────


 次の日。両部隊は昨日よりもアルシャクス軍とイルトゥーラン軍の会戦の場となっている平原に幾分か近づいた場所で戦闘を行っている。


 両部隊ともに平原を目指す理由がある。


 雪熊将軍率いる敵部隊は、元々増援として戦場に駆けつけようとしていたから。

 そして、傭兵隊は想定以上の被害を出してしまったことから、アルシャクス軍からの救援を期待して。


 通常なら、軍首脳部が傭兵たちのために救援を送るなど考えられない。

 だが、今回は。敵増援部隊を率いているのは雪熊将軍だとの報告を上げている。その情報の重要性を間違うことなく判断できていれば、必ずや雪熊将軍を確実に仕留めるための兵が送られてくる筈だ。


 その期待の下、少しでも合流を早められるようにと平原に近づこうとしている。


 両軍が対峙している平原からミブロスたちが今いる場所までは、徒歩なら往復約四日。報告のために送った騎兵からの情報でアルシャクス軍首脳部が即座に兵を派遣したと仮定すれば、往復とも騎馬となりおおよそ三日。

 この残り二日を、あるいは意見がまとまらず遅れているのならもう何日かを、どうしのぐかが重要となってくる。


 両部隊は平原を目指しているが、かといって敵を捨て置き一目散に平原に向かうこともできない。そんなことをすれば、たちどころに相手に背後から襲われ、壊滅的な被害を出すことになるからだ。


 そのためなのか、その日の両部隊の戦闘はどこか様子を探る気配を漂わせた激烈さに欠けた戦いとなっている。しかし、それはあくまで昨日と比べればということ。決して生温なまぬるいものではない。


 ダリウスは今日も雪熊将軍と一対一で戦っている。両者は常に全力。疲労も負傷も感じさせない。並の相手であれば、ただ一撃で、あるいは一振りで仕留められる攻撃を繰り出し続けている。


 ミブロスは後方に下がることなく、今日も最前線で剣を振るう。違いは一つ。昨日と違い、今日は完全に集団対集団の戦闘となっている。不意をかれさえしなければ、傭兵隊も負けてはいない。一進一退。戦闘は均衡している。


 オリムは斬り込み隊を引き連れ、戦場を巡る。

 オリムは探す。白い毛皮を被った分隊長を、そして黒い毛皮をまとった分隊長を。だが、どちらも見当たらない。


 おそらく、黒い毛皮の男に関しては、昨日ザリーフが与えた手傷のために。

 あれは致命傷ではなかった。だが、浅くもない。イルトゥーラン側にも治癒の祈りを行える神官や治療を行える者はいるだろう。それでも安静にせねばならないほどの深手だったのだろう。


 白い毛皮の人物に関してはわからない。またどこかで不意打ちを狙っているのか。オリムは気を抜くことなく、戦場を駆け巡る。


 ファルハルドは戦場を駆け巡り、初めてしかと大剣を振るう雪熊将軍の姿を見た。


 そして、理解した。なぜ、その名を耳にした時、ファルハルドの胸の内が波立ったのかを。感じていた、避けては通れぬなにかの正体を。


 それは宿命。ここでの出会いはきっと定まっていたこと。


 ただし、今ファルハルドが割り込む余地はない。ダリウスと雪熊将軍の戦いには誰も入り込めない。


 その日も日暮れ近くまで戦闘は続いた。昨日よりは戦死者は少ない。それでも敵味方ともに、実に多く者が今日も倒れた。

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