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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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72. 熱戦 /その①



 ─ 1 ──────


 吹き荒れる暴の力。全てを薙ぎ払う突撃がミブロスを呑み込む。


 並の兵士ならばこれだけで終わっていた。だが、ミブロスは並の兵士ではない。二百人の荒くれ者を実力をもって従える強者つわもの。濁流のような力に抗う。


 ミブロスを襲った敵分隊は勢いのままその場を走り抜ける。続く敵が次々と攻め寄せる。


 ミブロスに指揮を執る余裕はない。傍近くにいる団員たちに声を掛けるのがやっと。

 だからこそ楽しめる。指揮官としてではなく、一戦士として、ただ振るう剣に、迫る刃に集中する。闘争本能そのままに、ミブロスは自らに従う団員たちと共に暴れ回る。


 ダリウスも敵と接触。交戦。雪熊将軍との間に髭面の戦士が躍り込む。魔法剣術、ダリウスはその拳を燐光に包む。繰り出す。殴りつけた髭面の戦士の胸は一撃でえぐれた。押し寄せる敵を全て一撃で葬り去っていく。


 間近に感じる強者の気配。雪熊将軍は楽しげに、獰猛に笑っている。ダリウスと雪熊将軍は互いを目指し、走り寄る。ダリウスは拳を握り固める。雪熊将軍は大剣を両手で構え、高く掲げる。


 両者は魂を震わせる雄叫びを発し、強く踏み込んだ。拳と剣が撃ち合わされる。人から生じたとは思えぬ、重量物がぶつかり合う重く硬い音が鳴り渡る。

 その衝撃は周囲へ伝わる。振動が身体を突き抜ける。周りで戦う者たちは戦いを忘れ立ち尽くす。


 ダリウスと雪熊将軍、両者は行き過ぎ振り返る。互いが互いを狙い、攻撃を重ねる。猛攻と猛攻。力と力のぶつかり合い。誰も割り込めぬ強者同士の戦い。拳が、剣が、両者のその身が届く範囲には何人なんびともいられない。二人の周囲には無人の空間が生じる。


 その空間を大きく囲む形で両部隊の戦闘は展開される。




 ─ 2 ──────


 今、この戦場いくさばには中心が二つある。


 一つはダリウスと雪熊将軍が戦う場。両者の戦いは均衡。誰も近づくことはできない。


 一つはミブロスが戦う場。敵味方共にその場を目指し、殺到し、多くの戦いが行われている。

 その場の戦いはイルトゥーラン側が押している。戦闘員個々の戦闘能力はほぼ互角。だが、統率の緩い傭兵たちよりも、雪熊将軍の下に結束する敵部隊のほうが集団としての力ではまさっている。


 そして、他にもう一つ。中心から離れた流動的な場。そこでは傭兵側が圧している。


 そこにいるのは、オリムが率いる斬り込み隊。一定の連携は取りながらも、集団としてではなく、優れた個の力を見せつける者たち。雪熊将軍の部隊は個としても手強い。それでもオリムたちは当たる敵を次々と倒していく。


 オリムは豪快に二刀を振るう。ナーセルは力強く戦斧を繰り出す。アキームは目まぐるしく断ち切り刀を操る。ザリーフは高笑いしながら暴れ回る。ハサンとハサンは互いの位置を切り替え、補い合いながら戦っている。ヴァルカは激しく槍を回し、敵を打ち倒している。


 そして、ファルハルドは。最も激しく巧みな動きを見せる。半歩ずれれば刃をくらい、指一本分高さが変われば急所から外れる精緻な位置取りを続け、当たる敵を斬り伏せていく。

 その空間把握能力と位置取りの正確さは驚嘆。くぐり抜けてきた死線の数が、積み重ねた戦闘経験が血肉となり、今のファルハルドを形作っている。



 オリムたちはミブロスの援護を目指す。敵を断ち割り、大声で呼びかければ声が届く距離まで近づいた時。最初にミブロスを襲った敵分隊が、斬り込み隊へと襲いかかった。


 敵分隊を率いるは黒い毛皮を肩からまとう、精悍な顔つきの若い男。雪熊将軍とも似た重厚長大な大剣をかざす。


 その進路上にいるはファルハルド。ファルハルドに向け、大剣が振り下ろされた。地を蹴る。刃はファルハルドの身をかすめ、革鎧の端を斬り飛ばした。


 長大な大剣とは思えぬ剣速。この男は、そしてその男に率いられるこの分隊は、まぎれもなく強い。敵部隊の中でも選りすぐりの強さ。これまで斬り捨ててきた敵兵とは数段の差がある。


 ファルハルドが反撃に移る前に敵分隊は駆け抜けていった。この者たちは止まらない。絶えず走り、戦場を掻き乱す。



 この敵分隊を自由にさせてはまずい。オリムは追いかけんとする。だが、別分隊に阻まれる。


 新たな敵分隊は先ほどの敵分隊よりも人数が多い。

 先頭に立つのは、頭から艶やかな白い毛皮を被った大柄な人物。左右の手に一本ずつの小剣を握っている。表情はうかがえない。視線も読めない。だが、わかる。この敵は、自らと同様に左右に二刀を持ち、隊を率いているオリムを敵と見定めたと。


 もちろんオリムは逃げない。真っ向から迎え撃つ。裂帛の気勢と共に二刀を振るい斬りかかる。敵はその二本の剣で、オリムの斬撃を受け止めた。


 力も剣の鋭さも同等。歯応えのある敵にオリムは口の端を吊り上げる。敵もわずかにのぞく口の端を吊り上げている。両者は己に相応しい敵との戦いに胸躍らせる。


 斬り込み隊の面々はこの敵分隊の残りの人員と争う。その数は斬り込み隊の約二倍。位置取り、他の敵の介入に気を払いながら戦い続ける。


 斬り込み隊は二倍の敵にも負けていない。しかし、完全に歩みが止まった。ミブロスの援護に向かえない。その場に釘付けにされ、あとわずかの距離が詰められない。

 立木、土埃、血煙、敵影。様々なものが視界を遮り、ミブロスの状況を把握することもできない。



 ミブロスは強い。何度も戦場で遣り合ったオリムたちは誰よりもそのことを知っている。不利な状況であっても、容易たやすく討ち取られる筈もない。


 それでも万一傭兵隊の大将が討ち取られでもすれば、戦況は一気に悪化する。

 オリムは戦いながらファルハルドに命じる。


「ファルハルド。ここはいい。お前はミブロスの下へ向かえ」


 ファルハルドに皆を置いて、進むことを命じる。身軽さに秀でるファルハルドならこの敵勢も抜けられると、ミブロスの援護を託した。



 ファルハルドは一瞬迷う。しかし、次の瞬間には目の前の敵を斬り捨て、一人前へと進む。

 襲い来る敵の刃をかわす。そのファルハルドの耳に聞き慣れない風切り音が聞こえた。


 咄嗟にしゃがみ込み、地面を転がる。さっきまで頭のあった場所を、敵兵の投擲した手斧が通り過ぎた。


 手斧はファルハルドではなく、敵兵の一人に当たる。盾を割り、鎖帷子を断つ。敵兵は胸から血を流し、その場に倒れた。


 ファルハルドは今は敵を倒すことよりも、先に進むことを優先する。身軽さを活かし、立木に跳び上がり、敵がそう簡単には手出しできない経路を選ぶ。可能な限り交戦を避け、進んでいく。


 そして、ミブロスの姿をその目でとらえた。


 ミブロスは多くの傷を受け、その身を真っ赤に染めている。数多くの団員たちが倒れ、もはや周囲に生き残る傭兵たちの数は少ない。


 しかし、ミブロスは止まることもにぶることもなく、生き生きと戦っている。戦いのたかぶりに酔いしれ、剣を振るい続ける。


 敵味方が入り乱れ、もはや集団としての統率の取れた動きはどちらの側も成り立っていない。ファルハルドは大声を上げ、斬り込んでいく。


 通常、ファルハルドは戦う際に声を上げない。無駄な発声は呼吸を乱し、敵に攻撃の拍子を読ませる要因となるからだ。全く声を出さない訳ではないが、暗殺部隊との戦いで実戦の腕を磨いたファルハルドは無声の戦いを基本としている。

 だが、今は敢えて大声を上げながら戦う。ミブロスに味方が近くに駆けつけたと知らせるために。


 ミブロスは一瞬ファルハルドに目を向け、頷いた。ミブロスと共に戦う傭兵たちに勢いが戻る。


 ファルハルドは進む。ミブロスの傍まで進んだところで、ミブロスが話しかけてきた。


「最高だな」


 ファルハルドはちらりとミブロスに目をやる。ミブロスははらの底から楽しんでいる。


「どこまでも殺しまくろうぜ」


 ファルハルドに昂りはない。しかし、水を差す気もない。新たな敵を斬り伏せることで返答とした。



 戦い続け、時が経つ。斬り込み隊が追いついた。戦いはより激しさを増す。


 斬り込み隊が加わったが、状況が劇的に改善する訳ではない。それでもそれまでの不利であった状況から、少しずつ押し返し始めた。戦闘は継続される。

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