71. 紛争 /その④
─ 7 ──────
ここは戦場。そのため手厚くとはいかないが、ダリウスたちは全ての亡骸を集め敵味方共に戦死者たちを葬る。簡素な弔辞を述べ、ファイサル神官が祈りの文言と共に集めた枯れ木に火をつければ、全ての亡骸が焼かれるまで火は燃え続けた。
敵の装備品のうち、状態の良い物は勝者の権利として剥ぎ取り、残りの装備品は遺灰を埋めた上に墓標代わりに積み上げた。
一晩の野営を行い、次の日ダリウスたちは帰還のための準備に取りかかる。しかし出発の準備を終えたところに、周囲の探索に出していた者たちからの新たな報告が入った。昨日とは別の部隊が戦場に接近中、と。
敵部隊の位置はここより北西の方角、数はこちらと同じ約四百。ただし、率いている者はただの将校ではなく、将軍。雪熊将軍、またの名を雪山の勇者とも称される、すでに五十の坂を越えた年齢でありながらイルトゥーラン最強の戦士と目される人物だ。
イルトゥーラン軍では、上に立つ者にはなによりも個人の武勇が求められる。後方の安全な場所から作戦を指示する人物の言うことなど、どれほど的確で有益であっても誰も従いはしない。自ら軍の先頭に立ち、圧倒的な武力を見せつけ集団を引っ張っていく。そんな人物だけがイルトゥーランでは将となれる。雪熊将軍はまさにその典型例だ。
ただ、現王であるベルク一世との折り合いがあまりに悪く、現在は肩書きはそのままで、多くの権限を剥奪され閑職に回されている。だからこそ、わずか四百程度の部隊を率い、遅ればせながらと戦場に駆けつける羽目になっているのだろう。
雪熊将軍が四百の部隊で接近中との報告を聞き、ダリウスたちは以上のことを即座に判断した。
各団長、副団長たちが集まり、どう動くのかの方針を話し合う。
若い二人の団長とその副団長たちは、このまま帰還するべきだと主張する。アルシャクス軍からの命令はすでに果たしている。命令以外の戦闘を行っても金にはならない、無駄な戦いをする気はない、と。
ミブロスは戦おうぜと皆を誘う。そもそも、受けた任務は敵増援部隊の合流阻止。雪熊将軍の部隊の合流を許せば、結局任務は失敗したと見做されるだろう。それでは報酬を得られず、評判にも傷が付く。
なにより、雪熊野郎が小部隊しか率いていず、近くに他の部隊がいない今は奴の首を獲る絶好の好機。これを逃す手はない、と。
ダリウスは沈黙を保つ。個人的にはぜひ戦いたい。しかし同時に団長として、団のことも考えなければならない。
雪熊将軍と戦うとなれば、まともに相手取れるのはダリウスぐらいのもの。結果、ダリウスは雪熊将軍に掛かりきりとなり、他に手を回すことができなくなる。二つの傭兵団の腰が引けている状態でダリウスが浮くとなれば、全体の戦いはどうにも不利になるだろう。
そのため積極的に戦うべきだとも言えず、さりとてここで雪熊将軍を見逃し合流を許せば、それはそれで後々大きな問題になる可能性が大き過ぎる。よって、どちらがよいとも言えず、沈黙している。
その話し合いを黙って見守りながら、ファルハルドの胸の内は騒ついていた。
雪熊将軍。以前もその名を聞いた時、ファルハルドの内でなにかが刺激されていた。今再びその名を耳にし、再びファルハルドの胸の内が波立つ。
なにが、そしてなぜか。それはわからない。しかし、感じる。避けては通れぬなにかがそこにある、と。
そうこうするうち、団長たちの話し合いは終わった。揉めに揉めたが、結局最後にはミブロスがその権限で押しきった。
それでも不安を見せていた団長たちに配慮をし、ミブロスの団に数騎だけいる騎兵をアルシャクス軍首脳部への連絡役として送り、当初指示分の敵部隊を蹴散らしたこと、把握されていなかった雪熊将軍率いる増援部隊を見つけたこと、その部隊を阻むため交戦することを報告させることにした。
これにより、当初の任務は果たしたことを示せ、さらに上手くいけばアルシャクス軍から援軍が送られてくるだろうと不安を見せていた団長たちを納得させた。
ミブロスの号令の下、傭兵隊は雪熊将軍の部隊との戦闘に向け出発した。ただ、二つの傭兵団が乗り気でないせいか、行軍速度は遅い。
それでも、その日の昼過ぎ、六の刻前に敵部隊と接触した。
─ 8 ──────
傭兵たちが雪熊将軍の部隊と行き当たった場所はイルトゥーラン領内となる。イルトゥーラン中央部に広がる大森林を北に見る、疎らに樹々が生える草原。そこで傭兵隊、敵部隊は互いの姿を捉えた。
敵部隊は傭兵隊の姿を認めても変化なし。隊列を変えることなく、行軍速度も変わらない。そのままなんの変化もなく進んで行く。
先頭には一際目立つ人物が見て取れる。
ダリウスよりはわずかに細身だが、大柄な無駄のない筋肉質な身体。盾は持たず、獣の頭部を模した兜を被り、使い込まれた鎖帷子を身に着けている。
装備は全て特別仕様。動きを邪魔せず、兜と鎖帷子の間に隙間は見られない。
そして、それ以上に目立つ特徴が、鎖帷子の上に肩から白い野獣の毛皮をまとっていること。
その毛皮が雪熊の毛皮。イルトゥーラン北部の一年中雪の消えることのない高山にだけ棲む極めて獰猛な獣。その毛皮を羽織り、大剣を背負う人物こそが雪熊将軍。
敵部隊大半の者たちが、同様に頭や肩から毛皮を被っている。それはイルトゥーラン北部、嘗てイルトゥーランによって征服されるまでは別の国であった土地の戦士の装束。
つまり、この部隊は雪熊将軍と同じ土地の生まれの者が集まった、言わば私兵に近い集団。当然、結束は強固。練度も高い。先の部隊など比べるべくもないほどに手強いだろう。
ミブロスはここまでを素早く判断し、剣を抜き大音声で挑戦を告げた。
敵部隊の返答を待たず、ミブロスは続けて指示を飛ばした。狙うは雪熊将軍、ただ一人。奴を倒しさえすれば、敵部隊は中心を失う。他の敵は進路上の奴らを排除するだけでいい。雪熊将軍だけを狙え。
ミブロスの号令一下、ミブロスとダリウスが先頭となり、傭兵隊は一本の槍の如く真っ直ぐに敵部隊へと突き進む。
雪熊将軍は迫る傭兵隊を見ても反応を見せなかった。強いて言えば一言、ただ一言だけを発した。それだけで敵部隊は一糸乱れぬ動きで進行方向を急変させた。蛇のように蜿くる動きで、敵部隊は傭兵隊に絡みつく。
ミブロスには一つの想定外があった。
最も腕の立つダリウスとミブロスが先頭に立ち、ダリウスは雪熊将軍を攻め、ミブロスが敵部隊を断ち割り、分断する。
その予定で突撃したが、ダリウスの走る速さは速くない。ミブロスもその程度のことはわかっていた。が、手強い敵との戦いに知らず気持ちが逸っていた。自然、ダリウスを置いていく形となり、ミブロスだけが前に出てしまっていた。
傭兵隊が間近に迫り、雪熊将軍は初めて剣を抜いた。背負う大剣を括り付ける革紐を解きながら引っ張り、鞘ごと大剣を前面に回し、剣を引き抜き邪魔な鞘を捨てた。長大な剣身が現れる。イルトゥーランらしい、くすんだ暗い鋼で造られ使い込まれた重く頑丈な剣身。
大剣を抜いた雪熊将軍から受ける圧力は一気に増した。
その圧倒的な武威に満ちた姿にミブロスは一瞬、吸い込まれるように目を奪われた。その瞬間、ミブロスを敵分隊が側面から襲った。
次話、「熱戦」に続く。




