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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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70. 紛争 /その③



 ─ 5 ──────


 その日の会戦は終始アルシャクス軍の有利に進んだ。しかし、イルトゥーラン軍も粘り強さを見せ、形勢が決定的に傾くことはなかった。

 戦闘は日暮れと共に止み、両軍は陣営地へと戻って行った。


 ファルハルドたちに深刻な怪我を負った者はいない。本隊隊員に一人、浅手とは言えない者もいたが、ファイサル神官により『治癒の祈り』を施されれば、傷口は塞がった。


 イシュフールの言葉を学ぶため傭兵団に来たとはいえ、自ら傭兵団を志願するだけあり、ファイサルは法術も武術の腕前も一流の優れた神官戦士だ。ファイサル一人がいるだけで心強さがまるで違う。ただ一点、他の傭兵団からも頼りにされることだけが困りものだ。


 アルシャクス正規軍には当然、治癒の祈りが使える神官も、治療の行える軍医も従軍している。しかし、彼らが傭兵たちを相手にすることはない。神官やちょっとした医療知識を持つ者が所属している傭兵団も少なくないが、ファイサルほどの強い法術の使い手はなかなかいない。


 そのため遠慮がちにではあるが、酷い手傷を負った団員がいる傭兵団からの治療の打診がひっきりなしに入ってくる。その全てに応えることはできず、かと言って全てを断ることも心苦しい。

 結局、ダリウスとも話し合い、無理のない範囲内で応じることにした。


 元々傭兵たちの間でダリウスの名は売れており、ダリウス率いる傭兵団も一目置かれていたが、これにより傭兵団はさらに名を高めることになった。



 ただし、名を高めることが良いことだけをもたらすとは限らない。目立ったせいかどうかははっきりしないが、困難な任務を割り当てられた。


 それは増援として合流を目指す敵部隊を阻むこと。敵数、およそ五百。山中ではないが、起伏が大きく樹々が生い茂る土地を選び接近中とのことである。


 向かうはダリウス率いる傭兵団の他に三つの傭兵団、合計約四百の傭兵たち。四つの傭兵団で一つの傭兵隊を結成し、任務に当たる。アルシャクスでの傭兵の使い方としては、会戦で用いるよりもこのような使い方こそが本来の使い方に近い。


「いよう、ダリウス。こりゃ、少しは楽しめそうだな」


 ミブロスが、傭兵隊を結成する四つの傭兵団のうち、二つの傭兵団の団長たちと話をしているダリウスに話しかけてきた。

 ミブロス率いる傭兵団が今回合同で任務に当たる傭兵団の最後の一つとなる。四つの傭兵団のなかでは最大規模となる約二百名の団員を抱えている。


「よう」

「なんだよ。久しぶりだってのに、それだけかよ。とんだご挨拶だな。まあ、いいや。んじゃ、まあ、ちゃっちゃと行こうぜ」


 これはまずい。ダリウスと話をしていた残り二つの傭兵団の団長たちが不快そうに顔をしかめた。


「おい、待てよ。あんた、なに勝手に仕切ってやがんだ」

「俺らはお前の下に就いた覚えはねぇぞ」


 この団長たちにも面子がある。ミブロスの傭兵団より規模は小さくとも、自分のところの団員たちの手前、大きな顔をされすごすごと引き下がることはできない。

 ミブロスも自分の団を率いる立場だ。この者たちの都合もよくわかっている。


「おお、こりゃ済まねぇ。知り合いがいたもんでもよ。つい、いつもの感じでやっちまった。申し訳ねぇ」

と、一旦下手に出る。


 続けて、

「まあ、でも、あれだよな。そうは言っても、指揮系統は統一しとかねぇとやっぱまじいよな」

と、常識を持ち出し、誰も反論できない状況を作ってくる。


「そうだな。じゃあ、あんたらに仕切りを頼んでいいか」

と、尋ねるが、できる筈がない。この二人はミブロスやダリウスよりも若い。傭兵としての経験や団の規模で言えばミブロスにかなわず、個人の武勇で言えばダリウスの足下にも及ばない。

 これで、では自分がと言い出せる人間などいる訳がない。


 二人が口をつぐむ姿を確認し、ミブロスは、なら仕方ないんで俺がやっとくわと告げた。


 ダリウスにも、いいよなと確認するが、もちろん問題はない。

 ダリウスは今回のいくさにはあまり力を入れていない。手を抜く気はなく、戦闘を楽しんでもいるが、それだけだ。必要な報酬はすでに得ている。なにがなんでも手柄を立てなければいけない訳でもなく、名を売ろうとも思っていない。面倒な立場に立とうと思う筈もない。


「つっても、俺らは傭兵なんだからよ。どっかの奴らみてえに、上だの下だのがちがちに決めたって仕方ねぇ。それぞれ手前てめぇの団があんだからよ、連携取り合うのに必要な分だけ口を出すってんでいいだろ。なぁ」


 ミブロスは全員に笑って見せた。若い団長たちは納得し、出発の準備に自分の団に帰って行った。

 ミブロスは二人には見えないように、ダリウスにだけおどけて舌を出してみせる。オリムもにやついている。


「素直なこった。わけぇなぁ」


 確かに若い団長たちはミブロスに見事に転がされている。

 ミブロスは彼らがどんな反応を見せるかなど最初から見抜いていた。初めに苛つかせたのも、そのあとに引き下がってみせたのも計算。最初から最後まで完全に読み通りである。これで全員の同意の上でミブロスが今回の任務を仕切れることになった。


 といって、おいしい目を見ようというのではない。思う存分心置きなく戦うため、足を引っ張られないようにしたいというだけだ。


 ミブロスが音頭を取りながら、傭兵たちは東へ行軍する。斥候を放ち敵の位置を探りながら進んで、二日。ファルハルドたちは敵部隊をとらえた。




 ─ 6 ──────


 ミブロスがダリウスたち各団の団長、副団長を呼び集める。


「斥候に出したうちの奴らが敵部隊を見つけた」


 ミブロスは木の枝で地面に絵を描きながら説明を行う。


「ここから北東の方角を西に向け進んでる。こちらからも敵部隊に向けまっすぐ進めば、二刻ほどでぶつかる筈だ」


 がりがりと敵部隊と自軍を表す丸を描き、それぞれから進路を示す矢印を引っ張る。


「ただ、それだと割と山がちなとこでぶつかることになっちまうんだよな。今回の任務は増援部隊の合流阻止だろ。敵を蹴散らしたはいいが、森だの谷だのに隠れられて逃がした敵に合流されちまったなら意味がねえ。


 俺としちゃあ、ここから北に向かったとこにある盆地、ってほどでもねぇか、なんつうか、それなりに開けた場所があるからな。そこで待ち構えるのがいいと思うんだが、どうだ」


 ミブロスは全員の顔を見回した。オリムがにやつきながら口を開く。


「なあ、ミブロスの旦那よ。あんた要するに、がっつり遣り合いたい、つってるだけだろ」

「はっ、否定はしねぇな。思う存分喧嘩を楽しめる、任務を果たせる、おまけに報奨もふんだくれるとなれば最高じゃねぇか。なあ」


 皆は口の端を吊り上げた。


「よっし。なら、出発だ。奴らをぶっちめるぞ」


 およそ四刻後。ミブロスが放っていた斥候隊は敵部隊を上手く誘導し、戦場いくさばと想定した開けた場所へと誘い出した。


 ミブロスとダリウスがそれぞれ自分たちの傭兵団を率い進路に立ち塞がり、声を上げ敵部隊を挑発する。


 この場は開けてはいるが、完全な平坦ではなく多少の起伏はある。

 傭兵たちが待ち構える位置は周囲よりも低くなった場所。敵部隊は小高い位置から、傭兵たちの陣を見下ろした。


 ダリウスたちは、陣を厚みを薄く横長に敷いている。敵部隊はその陣形を見て取り、一息に突き破らんと小高い位置から一丸となって突撃する。


 敵部隊の突撃力は強大。だが、立ち塞がるのはダリウスとミブロス。そして、中央を受け持つのはダリウスとその傭兵団。その抵抗力もまた強大。容易く破らせはしない。戦力は拮抗し、敵部隊の進みは止まる。


 ミブロスは横に広がる陣形を動かし、側面からの攻撃を狙う。敵部隊がその動きに対応しようとした時、ミブロスが合図を送った。

 山がちな樹々が生い茂る場所に隠れていた残る二つの傭兵団が躍り出た。二つの傭兵団は敵部隊の左右各側面から迫り、封鎖する。


 敵部隊は動揺し、囲む傭兵たちの陣を破らんと一層激しく戦うが、傭兵たちは許さない。頑健に抵抗する。

 正面をダリウスの傭兵団とミブロスの傭兵団の半数が塞ぎ、側面をミブロスの傭兵団の半数と残り二つの傭兵団で塞ぐ。


 残るは背面。敵部隊は向きを変え、空いている背面から逃れようと殺到する。

 逃れた先の経路にも兵を配せれば容易にることができるが、それだけの兵数はない。よって、傭兵たちは背面も塞がんと包囲の輪を狭めていく。


 敵部隊は抵抗を続けるが、次第に包囲は狭まり満足に動ける余地が狭まっていく。敵部隊が存分には戦えない状況が出来上がった。傭兵たちは一方的に虐殺していく。


 逃げ出すことのできた敵部隊は百数十名。捕虜はいない。残りは全て討ち取られた。対して、傭兵たちの戦死者は十名足らず。

 今日の戦闘は傭兵たちの快勝である。

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