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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
序章:たとえ、過酷な世界でも
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17. 停泊地にて /その③



 ─ 4 ──────


 ファルハルド一行はその日休める場所を探し、街外れに近い二階建ての建物内に空いている部屋を見つけた。

 一部屋が大きく、天井近くに紐が張られている。そこから布を垂らし、一角を間仕切って利用する。


 同じ室内に他に二組の利用者がいる。夜は遅い。他の利用者たちはもう休んでいる。ファルハルドたちも、ジーラとモラードはとっくに眠りに就いている。エルナーズは手懸りを得られた喜びに、とても寝付かれそうにない。



「カルドバン村だっけ。場所がわかってよかったねー」


 周囲に気を使い、小声で話すジャンダルの言葉に、エルナーズは嬉しそうにこくりと頷く。


「国境沿いなら何日掛かる」

「イルマク山の麓だったら五日くらいだね。急ぎたいけど、天気がちょっと怪しいから二、三日ここで過ごしたほうがいいかもね」


 エルナーズは不満そうな顔をジャンダルに向ける。気がはやるのだろうが、ファルハルドがジーラたちを目で示すと不満を引っ込めた。




 やがて、エルナーズもやっと寝付き、ファルハルドたちも眠る。室内には静かな寝息だけが聞こえるなか、不意に眠っていた筈のファルハルドが呟いた。


「よくあることなのか」


 ファルハルドはいつものごとく、眠りながらでも周囲の状態を把握している。ジャンダルが寝たふりをしながらも、いつまでも眠れずにいることに気付いていた。


 旅に慣れ、どんな状況でもすぐに眠り、すぐに目を覚ますジャンダルが寝付けないのは珍しい。子供たちの前では笑っていたが、昼間の一件がジャンダルを眠らせないのだろう。



 ファルハルドの問いかけに返事はない。そのまま寝たふりを続けることに決めたのか。長い沈黙の後、ぽつりと「そうでもないよ」と返事があった。


「エルメスタってあんまりこだわりがない人たちなんで、差別だの排斥だのはあんまないよ。昼間の店主も半分は交渉を有利に進めるネタに使ってきただけだしね。

 どっちかっていうと、訪れた村とかで石を投げられたり、出て行けと怒鳴られたりすることのほうが多いかな」



 寝返りを打ち、ファルハルドに向き直った。珍しくジャンダルが暗い目になっている。


「だからって、なにも思わない訳じゃない。なにも感じない訳じゃない。慣れることなんてあり得ない。苛々する気持ちはなくならない」

「そうだな」


「兄さんはどうだったの」

「お前に話しかけられるまで、母以外の人間と話したことは一度もなかった」

「そりゃ……、また……」



 ファルハルドが同い年の十六歳なのは知っている。捕らわれの状態だったとはいえ、割と気儘きままに城内を出歩いていたことも聞いている。そして、城内に他に人がいない訳がないことは誰でもわかる。


 なのに、話をしたことがあるのは十六年間で母親一人。忌み子の現実を知るジャンダルでも、あまりにもな話に絶句する。


「城から逃がさないよう見張り役はいたが、声を掛けてくる者も、笑いかけてくる者も、そもそも視界に入れようとする者も母だけだった。それ以外は皆、俺をいない人間として扱っていた。

 いや、見張り役は俺を見てたのか。追手たちからも死ねと話しかけられたことがあったな」

「…………」


「過ぎた話だ。今は違う。それで充分だ」

「そうだね」


 ジャンダルは気付いていなかったが、この時眠りの浅かったエルナーズは途中から話を聞いていた。邪魔をしないようこぼれそうになる涙を抑え、声を押し殺していた。



 朝日が昇る頃、細い雨がしとしとと降り始めた。




 ─ 5 ──────


 一日中、雨が降り続く。さすがに停泊地を出発する者はなく、皆が雨の街でのんびりと過ごしている。


「ま、雨の神(ティシュタル)様が休めとおっしゃられてるのさ」


 ナーディルが胡琴バルバトを弾きながら、片目をつむって笑って見せた。




 雨が降っていても停泊地の様子が珍しくて仕方がないモラードたちは、元気にあっちこっちを見て回りたがった。ファルハルドたちもくっついて街中をぶらぶらしていると、楽器を奏でるナーディルとラーディルの兄弟に声を掛けられたのだ。


 暇だったのか、モラードたちの素直な賞賛が嬉しいのか、次から次へといろんな曲を歌付きで聴かせてくれる。エルナーズが特に熱心に聴き入っている。


 ナーディルは最後に大きく弦を掻き鳴らし、被っていたつばの広い帽子を手で取り、大袈裟に胸に押し当てる。


「ナーディルとラーディルによる、古代の英雄ハカーマニシュの恋物語でございました。ご満足いただけましたなら、どうか拍手喝采を」



 モラードたちだけでなく、周りにいた者たちからも大きな拍手が贈られる。興が乗ってきたのか、別の者たちも続けて心浮き立つ曲を演奏し始めた。モラードとジーラは目をきらきらさせている。


「兄ちゃんたちかっこいい。俺、こんなの初めて聴いた。すっげぇよかった」

「あたしも。すごいきれい」

「おう、ありがとよ」


 二人も機嫌よく胸を張る。歌うのも演奏するのも、そして褒められるのも大好きなのだ。そんな二人に、ジャンダルは果実水の入った革袋を差し出した。



「二人ともすごい上手だねー。そんな格好だから、てっきり滑稽な曲でも得意にしてんのかと思ってたけど違うんだね」


 一曲を歌い上げた二人はいささか喉が渇いていた。ナーディルは礼を言い、差し出された革袋を受け取った。旨そうに果実水を煽り、口をぬぐいながらラーディルにも革袋を回す。


「まあ、間違ってはいねえな。どっちかってーと、滑稽芝居をやってるほうが多いからな」

「だな。農村とか回るなら笑える芝居のほうが受けがいいんだ。いまいち受けないときに美声と名演奏で聴きほらせんだよ」



 ジャンダルはラーディルから戻された革袋を受け取り、腰の革帯にくくりつけた。


「あー、なるほどね。確かに系統が違うことができたほうが潰しが効くもんね」

「あんたも薬売り以外もできんだろ。やっぱ、ナルマラトゥ氏族だから治療もできんのかい」


「おいらの場合は簡単な診察くらいはするけど、鋳掛で稼いでることが多いかな」

「鋳掛? なんでナルマラトゥ氏族の奴が鋳掛をやるんだ。片親がタペヤフトゥ氏族の出なのか」


「んーん。おいら、父親はオスクで顔を見たこともない。母ちゃんは八歳の時死んじゃったんだけど、たまたま通りかかったタペヤフトゥ氏族のお爺ちゃんに拾われたんだよ。鋳掛の技はお爺ちゃんに教わったんだ」


「はーん、あんたも苦労してんだな」

「よくある話でしょ」

「まあな」


「その爺さんに会えて運がよかったな」

「だねー」



 ジーラがぎゅっとジャンダルの服の裾を握った。


「あたしもジャン兄とファル兄に会えてよかった」

「俺も。俺もそう思う」

「私も、だよ」


 モラードとエルナーズが上気した顔でジャンダルとファルハルドの手を取る。


「ああ、俺もだ」

「おいらもー」



 微笑ましそうに見ていたナーディルがにやりと笑い、楽器を持ち上げる。


「では、苦難の運命を支え合う、魂の家族に一曲を」


 ラーディルも枠太鼓ドゥフを叩き、あとに続く。


「試練の神タシムン・エル・ピサラヴィを称える詩歌、『ハッシャールの祝い』から『支え合う者』を」


 場は祭りのように盛り上がる。

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