66. 副都アヴァアーン /その⑥
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ワリドたちは意外に思う。兵営舎では二人の人物が待っていた。
一人は一通り鍛えてはいるが、普段は書類仕事を主にしているのだろうと想像できる線の細い男性。面会の約束をした相手である担当官だ。
てっきりこの人物だけがいると思っていた。もう一人同席している人物がいることが意外だった。
それはいかにも軍人といった雰囲気を持つ、貫禄のある厳つい顔付きした人物。おそらくはそれなりの地位にある将校だろう。
なぜ、そんな人物が同席しているのか、訝しく思いながらワリドは席に着いた。
ワリドが挨拶と面会実現の礼を述べ、いざ要件に入ろうとしたところ、軍担当官から切り出した。
「ワリド村長。あなたの村の防衛設備、具体的には防衛柵の再建及び構築に我らの協力を願い出ている件だが」
ちらりと将校の様子を窺い、続けた。
「却下する。当方からは人手も資金も出すことはできない」
明確な拒絶。まさかここまで完全に拒否されるとは考えていなかった。
ワリドは顔色を変え、村の窮状と防衛設備の必要性を必死に言い募る。
軍担当官は言いたいことはわかると言い、辛さを押し殺したような表情をしているが、意見を翻すことはなかった。
ワリドは手を替え品を替え言葉を尽くすが、はかばかしい答えは得られなかった。だからといって、村を守るためならなんでもすると決意しているワリドが、それで諦める筈もない。
ダリウスはじっと将校を見詰めている。ファルハルドにもなんとなくだが、察せた。
軍担当官はあくまで上からの決定を伝えているだけ、どれだけ訴えられようとも決定を変更する権限は持っていない。
それができるのはもう一人。将校の側。攻略せねばならない相手はこの将校なのだと。
新しい切り口を探し思考を巡らすうち、ワリドもなぜもう一人、将校が同席しているのかに勘付いた。
将校にどう話しかけるか、言葉を探しワリドが口を閉ざした時、初めて将校が口を開いた。
「村長。そちらの窮状はよくわかった。だが、今は時期が悪いのだ。こちらには割ける人手がない」
嘘ではないのだろう。だが、そんなことを伝えるだけならわざわざ将校が出てくる筈がない。ならば、狙いは。
「ここだけの話だが、イルトゥーランに怪しい動きがあるのだ」
古来、『ここだけの話』が本当にここだけであったためしはない。それでもついに、話が本題に入ったのだとわかった。
「正式な宣戦布告はまだないが、おそらくは春になり寒さが緩めば奴らは攻め入ってくるだろう。我らはそれに備えねばならない。人材も資材も余分などないのだ」
なるほど、確かにもっともな話だ。軍が人や物を保持しているのは戦に備えるため。自分たちで使用する予定があるのなら、他に回す余裕などないだろう。
だが、それなら説明がつかない。なぜ、わざわざこの将校が同席し、そんな重要情報をワリドたちに教えるのか、が。
ファルハルドやヤシーンは気付かない。経験も足りなければ、そんなことを考える立場にもないのだから。
ダリウスたちは気付く、理由に。面倒なことを、と思いながらも、ほっとする。
求められていることは単純。交渉としてはさほど難しいものではない。別の部分はそれなりに大変になるが、それも許容範囲。なんとでもなる。
さすがにワリドから言い出すことはできない。苦い物を噛んだような渋面で、唇を固く真一文字に引き結んでいる。アレクシオスとサミールはダリウスを横目で見ている。
ダリウスが口を開いた。
「ならば人手を補いましょう。我らは現在、開拓地の警戒警備の任務を請け負っているが、最近団員が増えた。今なら多少は余裕もある。我らの団よりイルトゥーランとの戦に人手を出そう。代わりに開拓村の防衛設備の再建、構築に人手と資材を割いていただきたい」
ファルハルドとヤシーンにも、やっと理解できた。
豪勇無双のダリウスが率いる有力な傭兵団。戦があるというのなら、軍としては開拓村を守らせるよりも戦場でこそ働かせたいだろう。
だが、国として正式な契約を行い、開拓村の警戒警備を行わせている。契約外のことを無理矢理行わせる訳にもいかず、行わせるなら依頼料は莫大な額となる。
だから、アルシャクス軍は利用した。ダリウスから言い出すようにと。ダリウスたちが守り、交流を持つ開拓村からの嘆願が出されたこの機会を。
面倒な話には違いないが、別段ダリウスたちに不満はない。戦場を厭いはしない。むしろ、戦いがあると聞けば喜び勇んで飛び出すような者たちだ。だから真っ直ぐに要請してきていれば、なんの問題もなかった。
だが、こんな持って回ったような厭らしいやり方をされれば、多少はごねなければ腹の虫が治まらない。
報酬についての話し合いは長引いた。ダリウスたちが粘りに粘ったからだ。どこまでも粘った。粘り続けた。ファルハルドとヤシーンがどん引きするぐらい粘った。
珍しくダリウスも口の回り良く多弁となり、アレクシオスとサミールはエグいぐらいの鋭い補助をする。
ワリドも負けていない。村の安全を交渉材料に利用されたことに腹を立てている。遠慮なく、要求を積み上げていった。
最終的に以下のようにまとまった。
まず東村の防衛設備として、現在再建されている柵に手を加え、さらに頑丈にする。そして、新しい防衛柵が構築され、これには付属として新しい空堀も造られる。
その全ては軍の手により行われ、東村には一切の負担が掛からない。
次に傭兵団から出す人数は団員の約半数。ダリウスが率いる。最初、将校は傭兵団全員での出兵を求めたが、開拓村の警戒警備を行う必要から半数の出兵で納得させた。
代わりにダリウスたちが直接的に受け取る報酬額に関しては、常識的な線で落ち着いた。ダリウスたちが粘り強く求めた報酬とは、自分たちへの報酬ではなく東村への援助だったからでもある。
それでも他の傭兵団よりは高額の報酬となる。ヤシーンがまじかよと呟いてしまう程度には高かった。
出兵時期に関してもダリウスたちの意見を押し通した。将校は二の月半ばの合流を求めたが、それではあまりに時がなさ過ぎた。二の月半ばでは、ダリウスたちが冬営地に戻り、即座に出発しなければならない。
ダリウスたちには出兵する団員の選出、駐屯地の移設、少ない人数で警戒警備を行う手配が必要となる。そこから用意を調え出発となると、合流できるのは早くて二の月終わり、下手をすれば三の月の半ばとなる。
多少のごり押しと共に、それで納得させた。
将校とダリウスの交渉、半年に一度行う軍役人との交渉を兼ねた交渉を、ファルハルドは口を挟むことなく物静かに見ていた。
しかし、その胸の内は決して静かではいられない。イルトゥーランとの戦い。それを思う時、ファルハルドの血は沸き立つ。
必要な用を全て済まし、一行はアヴァアーンを離れた。
帰路に特筆するようなことはなにもない。せいぜい、荷台を埋め尽くすほどの大量の土産を購入したことと、荒ぶる戦神に仕える神官が同行者として加わったことくらいのものだ。
その神官とは聖文碑を警護していた神官戦士、ファイサルだった。本人が志願したらしい。
「辺境で修行の日々を過ごした折には、闇の怪物たちとの戦闘は日常の事でありました。足手まといにはならぬでな、よろしく頼む」
ファイサルの背丈はファルハルドとほぼ同じ。筋肉質な力強い身体付きをしている。
鎖帷子と神官服を着込み、髪を剃った頭に頭巾と鉄兜を被っている。盾は持たず、背丈より少し長い鉄の杖を突いている。
挨拶代わりに少し、武技を見せてくれた。鉄の杖、その鉄棍を振るう技は槍使いに似ている点が多いが、両端を同じく使う点など違う点も多々あるようだ。
冬営地に帰り着けば、即座に駐屯地の移設作業を実行した。
数日掛け、移設作業を終え、出兵するための作業に移ろうとするが、その前に一つ思わぬ予定が入った。オルダの結婚だ。
次話、「オルダの結婚」に続く。




