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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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65. 副都アヴァアーン /その⑤



 ─ 6 ──────


 周囲を囲んでいる神官たちはなにやら夢中で議論?を行っている。ファルハルドたちの戸惑いに気付く者はいない。


 戦神に仕える神官たちであるためか、誰もかれもが鍛え上げられた筋肉質な身体をしている。そんな者たちがびっしりと周りを囲んでいる。冬とは言え、暑苦しくてたまらない。


 ただ、ファルハルドの傍に傭兵たちが、特にダリウスがいるお陰で殺到してくることだけは防がれている。



 導師と呼ばれていた人物が議論をめ、ファルハルドに確認してくる。


「内容に間違いはないか。読めない部分があると言っていたが、たとえば言葉の意味を取り違えているといったことはないか」


 そんなことを訊かれても、ファルハルドとしてはどう答えて良いものか迷う。

 イシュフールの文字を母から教わりはしたが、母が書いたもの以外でイシュフールの文字を目にしたのはこれが初めてなのだから。間違いがあるのかないのか、確かめようもない。


 それでも言えることはある。


「読めない部分もあるからな、どこまで正確か確実なことは言えない。ただ、読み上げた部分に関しては普通に読めた。完全に間違っているということはないだろう」


 このファルハルドの返答に神官たちの議論はさらに熱を帯びた。一人の神官が発言する。


「しかし、イシュフールの方々と言えば、神々ではなく、彼らが大いなる精霊と呼ぶ存在をあがめていると言われている人々。なぜ、わざわざイシュフールの文字で書かれているのだ」


 その神官はファルハルドに向かって質問してきている。そんなことをファルハルドが知っている筈もない。完全に筋違いだが、他の神官たちもファルハルドに注目し、返答を待っている。


 ファルハルドには石碑に柵傍まで近づき気付いたことと、それを元に思いついたことがある。少し考え、それを話してみることにした。石碑の一部を指差し、説明する。


「かなり見えづらいが、右上の端部分にオスクの文字が書かれている。左下には俺の知らない文字らしきものも見える。


 たぶんだが、この石碑は元々はもっとずっと大きな石碑だったのではないか。きっと、人の五種族それぞれの文字で同じ内容が書かれていたのだ。それで、偶然イシュフールの文字で彫られた部分だけが残った、とかでは。


 もちろん、確かなことはわからない。他の箇所が本当に在ったのか、在ったとしてもそれはすでに失われているのか、あるいはどこかに残されているのか、それも全くわからない。つまるところ、今言ったことは全て俺の勝手な推測だ」


 また熱心な議論が始まってしまった。ただ、前よりは納得したような空気をかもし出している。



 しばらく議論が続いた後、導師が神官たちの議論を取りまとめるように声を張り上げた。


「一同、今日はたいへんに喜ばしい日となった。我らが守り続けた聖文のその内容を知ることができたのだから。


 むろん、これより多くの検証が必要となってくる。とはいえ、これ以上の議論を重ねても、今すぐここでこれ以上の進展は望めまい。本日は一旦議論はここまでとし、皆はそれぞれの務めに戻るが良かろう。


 言葉一つ一つの詳しい意味を調べること、他の地になにか手懸かりがないか捜すことなどは明日以降といたそう。いかがか」


 神官たちは同意する。

 なにがいかがか、だ。傭兵たちは呆れた。


 他の地に手懸かりを捜すことは関係がないとしても、イシュフールの文字がわかるのがファルハルドしかいない以上、言葉の意味を調べるにはファルハルドが付き合わなければならない。勝手にそんな予定を決められても困る。


 それまで沈黙していたダリウスが口を開く。


「導師殿。悪いが、我らは目的があってアヴァアーンまでやって来た。これ以上そちらの検証に付き合ってはいられない」


 さすがダリウスだ、よく言ってくれたとファルハルドは満足した。アレクシオスとサミールはなにか含みのある笑顔を浮かべている。



 神官たちは騒ぎ出した。ファイサル神官が焦った様子で訴える。


「待たれよ。これは我らの教義に関わる重大事なのだ。どうかここは我らに協力することこそ人としての聖なる務めと理解し、ぜひとも協力していただきたい」


 神官たちはさらに訴えてこようとするが、ダリウスがその目に力を籠め目をやれば、全員が動きを止めた。神官たちが沈黙したことを見て取り、ダリウスがおもむろに口を開いた。


「ちょうど今、我らは開拓地を脅かす闇の怪物たちやイルトゥーラン軍相手に、共に戦ってくれる神官を求めている」


 何人かがダリウスがなにを言いたいのかを察し、ざわついた。


「そうだな、戦いは毎日ある訳ではない。それでも、日々行うことは山積みで手空てすきの時間などないのだが……」


 ダリウスは言葉を切り、神官たちに言葉が沁みるまで間を取る。神官たちは話に引き込まれている。


 ファルハルドはダリウスがなにを言い出すのかと落ち着かない。口出ししようとするが、アレクシオスに肩を掴まれ邪魔される。

 ファルハルドは顔をしかめた。アレクシオスは実に厭らしい笑みを浮かべている。まったくもって悪い予感しかしない。


 ダリウスは充分な間を取ってから、勝利を確信している笑顔を浮かべ、神官たちを見回し口を開いた。


「戦友同士が助け合うのは戦士として当然のこと。我らの団に来てくれた神官殿になら、あるいは時間を見つけ、その文字や言葉のことも、じっくりと、丁寧に、詳しく、思う存分、教えることができるかもしれぬな」


 神官たちは、おおっと喜びの声を上げた。アレクシオスとサミールはにやりと笑う。


 ファルハルドは目を剥いた。イシュフールの文字や言葉を教えるのはファルハルドにしかできない。当然、負担はファルハルド一人に掛かる。

 この野郎、俺を売りやがったな。軽い威圧を送るが、ダリウスは平然としている。


 こんな暑苦しい奴らになにかを教えるなど、考えただけで気が滅入る。

 それでも、団に強い法術が使える神官が必要な理由も、これが勧誘手段として有効であることも理解できてしまう。拒絶の文句を吐く訳にもいかず、ファルハルドは一人溜息をつくしかなかった。


 その後、傭兵団に神官を派遣する話はとんとん拍子に進み、ダリウスたちが駐屯地に戻る際に共に移動し、団にやって来ると決まった。




 神殿を去り、充分に距離が離れたところでダリウスがファルハルドの肩を叩いた。


「でかした」


 なにがでかした、だ。ファルハルドは普段の無表情を崩し、不機嫌さを露わにするが、ダリウスは取り合わない。満足げに笑みを浮かべている。ファルハルドには溜息をつくことしかできなかった。


 そんなファルハルドにアレクシオスは

「団に貢献したのだ。そう、溜息をつくな。そうだな、代わりに私があなたが魔法剣術を身に付ける手伝いをしてやろう。それでどうだ」

なだめてきた。


 それなら悪くないなとあっさり機嫌を直すあたり、ファルハルドも大概単純である。




 一方の、ワリドたちの農耕神の神官の派遣依頼も上手くいっていた。


 西村のような常駐となるかどうかやいつまでいてくれるのかなど、まだ詳細は決まっていないが、一人の神官を派遣して貰えそうだと言う。

 まだ少し先の話となってくるが、春の間には神官を迎えることができそうだ。



 そして残されたのが、アヴァアーンを訪れた最大の目的。防衛設備の構築についての交渉。


 翌日、約束していたアータルの刻に合わせ、一同は揃って兵営舎に向かった。

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