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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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64. 副都アヴァアーン /その④



 ─ 5 ──────


 その日は兵営舎に立ち寄り、軍の担当官との面会の約束だけを取り付けた。


 翌日は神殿に向かう。ファルハルドたちは戦神の神殿へ、ワリドたちは農耕神の神殿へ。

 戦神の神殿は街外れ、昨日立ち寄った軍の兵営舎や練兵所と同じ一角にある。


 その一辺を三戦神の神殿が占めている。


 荒々しき戦神ナスラ・エル・アータル、狡知なる戦神セルス・エル・アータル、あらがう戦神パルラ・エル・アータルの三戦神を祀る神殿は、それぞれが独立した神殿として隣り合って建っているが、内部に於いては互いに広い通路で繋がっている。


 その一応は区切られている神殿のうち、荒々しき戦神の神殿にファルハルドたちは足を向けた。


 ファルハルド個人としては、戦神のなかではハーミの仕える|パルラ・エル・アータル《   抗う戦神   》に一番馴染みがあるが、傭兵たちの生き様に最も合致している神は|ナスラ・エル・アータル《  荒々しき戦神  》であるからだ。


 ダリウスは一人の高位神官に話しかける。話は込み入ったものとなり、続きは別室で、となった。

 アレクシオスとサミールはダリウスと一緒に別室へと向かうが、ファルハルドは断りを入れ別行動を取った。気になるものを見つけたからだ。


 それはあちこちにひびが入り、そこかしこが欠けた半ば朽ちた石碑。扇状に配置されている三神殿の、まさに扇の要部分に存在する。


 よほど大事なものなのだろう。石碑は全周を『守りの光壁』によって覆われ、さらには傍に近寄れぬよう胸の高さまである鉄柵に囲まれている。そして、その周囲には警備の役目を負った神官戦士たちまでもが立っている。


 近寄ることはできないが、幸いなことにファルハルドは目が良い。距離を置いていても、なんとかそこに書かれている文字を読むことができた。


 警備役の者たちはじっと石碑を見詰めるファルハルドに、それとなく警戒の目を向けている。ファルハルドはその一人に平然と話しかけた。


「一つ教えて欲しい。これはいったいなんだ」


 警備役の神官戦士も、神官は神官。神殿をおとなった者が問うのなら、きちんと答えてくれる。


「神代の戦いについて記した聖文碑です」

「神代……」


「左様」

「そうか……」


 ファルハルドは拳を口に当て、少し首を捻り考え込んでいる。神官戦士はそのファルハルドをいぶかしくに思ったのか、問いかける。


如何いかがされた。神代の戦いに興味がお有りか」


 ファルハルドは考え込んでいる。


「いや、そういう訳ではないが……。てっきり、書かれている内容から考えて、話に聞いた『古代の大乱』と言ったか、いや、『魔人戦争』だったか、そんな名前の古代の終わりに魔人ヒーサールムンドの起こした戦いについて書かれているのかと思ったのでな」


 神官戦士は突然、がっとファルハルドの両肩を掴んだ。


其方そなた、聖文が読めるのか」


 ファルハルドは神官戦士の突然の行動に驚いている。大きく瞬きをしながら答えた。


「聖文? この碑文のことか。ああ、全部ではないが、大体なら読めるな」

まことか」

「なにがだ」


 ファルハルドには突然の神官戦士の行動の理由もわからなければ、なにを問われているのかもわからない。神官戦士は苛立たしげにファルハルドを揺すぶりながら、さらに問いを重ねる。


「だから! 聖文碑の聖文が本当に読めるのかと問うておる」

「全部ではないが、大体は読める。さっきも答えたよな」


 神官戦士にファルハルドの答えが聞こえているのかどうか、かなり怪しい。ファルハルドの肩を握り締めたまま、やたら険しい表情でなにか考え込んでいる。


 ファルハルドとしてはなにがそんなに考え込む事態なのか理解できないが、そんなことより先に掴んでいる肩を放して欲しいと思う。いい加減、掴んでいる手に力が入り過ぎていて肩が痛い。

 といって、神殿内で神官の手を払っても良いものかどうか、さすがに躊躇ためらってしまう。


「付いて参れ」


 神官戦士は肩を掴んだまま、ファルハルドを引っ張っていく。滅茶苦茶、力が強い。そのままファルハルドは引き摺られていく。


「導師様、お話がございます!」


 神官戦士は勢い込んで扉を押し開いた。そこはダリウスたちが高位神官となにやら話し合っている部屋。ダリウスたちは突然入ってきた神官戦士の様子に目を丸くしている。


「ファイサル、今は話し合いの最中だ。改めよ」

「この方が聖文を読めると申されるのです」


 ファイサルは導師の言葉に構わず、告げた。導師は椅子から立ち上がり、ファイサルとファルハルドの間で何度も目を行ったり来たりさせる。


「真か」


 またか。ファルハルドはいい加減うんざりしていた。興奮している神官たちはそんなファルハルドの様子にはまるで気付かない。話し合いの途中であったダリウスたちのことも放置し、自分たちの間で夢中で話し合いを始めた。


 ファルハルドはこの状態に見覚えがあった。興味ある話題について話し始めた時のフーシュマンド教導とそっくりである。つまり、止めるだけ無駄。落ち着くまで話に付き合うしかない。そっと溜息をついた。


 ダリウスたちはそんな人物たちを見慣れていないのか、珍しく揃ってぽかんとしている。三人はファルハルドに目を向けるが、ファルハルドにもなにがなんだかわかっていない。首を振り、肩をすくめるしかできなかった。


「其方はなぜ聖文が読めるのだ」


 ようやく話し合いが終わった高位神官がファルハルドに質問をした。食い入るように見詰めてくる目がかなり怖い。ファルハルドは少し目をらして答えた。


「その聖文というのはよくわからないが、あの碑文の文字のことなら母に教えてもらった」


「御母上は聖職にある者か」

「いや、そんな話は聞いたことがないな」


「ならばなぜ……」

「なぜと言われてもな……。俺は見ての通り、イシュフールの血を引く。母はイシュフールだ。俺はオスクの間で育ったが、母からイシュフールの文字や言葉も教えられている」


「待ちなさい! あれはイシュフールの文字だと言うのか」


 なにをそんなに驚くのか、ファルハルドには全く意味がわからない。


「ああ、そうだな。所々文字も欠けているし、かなり古い時代のもののようだからな、知らない単語もあるが、イシュフールの文字だ」


 神官たちはなぜか大きく口を開いて固まっている。時が経ち、いい加減ダリウスたちが焦れ始めた頃、ファイサルが一足早く復活し高位神官に提案した。


「導師様。なにはともあれ、まずは聖文をお読みいただくべきではありませんか」

「うむ、確かに」


 なにが確かに、なのか知らないが、ファルハルドもそろそろ面倒になってきている。できればこれ以上関わり合いになりたくない。


 どうしたものかとダリウスに目をやるが、ダリウスは難しい顔をしているだけで反応を見せない。横にいるサミールが声を出さず、唇の動きだけで従っとけと伝えてきた。アレクシオスに目を向けるが、アレクシオスも頷いている。


 仕方がないとファルハルドは神官たちに、ああ、良いが、と答えた。




 神官たちとファルハルドは聖文碑へと足を運んだ。ダリウスたちも付いてきている。


 聖文碑は縦長の長方形を少し傾けたような形状をしている。人の背丈を超える高さの半透明の柘榴色の石に、白く文字が彫り込まれている。表面だけは一応平らになっているが、それ以外の断面は荒々しく割られたような状態でかなりごつごつしている。


 古い物だからなのか、他の理由からなのか、かなりの傷みが見て取れる。斜めに大きく目立つ亀裂が走っており、他にも多数の細かな罅や割れがある。

 これを保護しようと思えば厳重な管理がされるのもわからなくはない。


 ファルハルドとしては単に変わったものがあると興味を覚えただけで、別段関わる気はなかった。

 ただ、よくよく見てみれば、そこには珍しくイシュフールの文字が書かれていた。つい気になり近くにいた神官戦士に話しかけてしまった訳だが、すでにそのことを後悔し始めている。


 ファイサルたちは聖文碑を囲む鉄柵の扉を開けてすぐ近くまで案内しようとするが、ファルハルドはその必要はないと伝えた。ファルハルドなら多少の距離を置いていても充分に読める。

 正直なところ、貴重な品らしき石碑に近づいて難癖でも付けられてはたまらないと考えたからでもある。


 さっきよりは近寄り、鉄柵に触れるところまで進む。読めない所は飛ばして読めば良いかと確認し、ファルハルドは声を出して碑文を読み上げ始めた。



 『尊き道を追い求め、聖者は道を踏み外し

  弱き心が魔に染まり、世に狂乱が巻き起こ■


  天に凶兆、地に戦乱、人に不信が巻き起■り

  無垢なる心失われ、※※※※が訪れる


  れど見限ることはなし、衆生は■■いつまでも

  善なる心失わず、求むる声は届■■り


  神は地上に舞い降りて、人■■を取り給い

  数多あまたの勇士募りては、光■■を払いたる


  最後に残る魔の権化、■■と化した元聖者

  天突く※の頂に、そ■■を潜め待ち受ける


  数多あまたの勇士挑み■■、決して破れぬ試練門

  破れぬ門を通■■め、十の神器を生み出せり


  十の神器■■に取りて、十の勇士が立ち向かい

  数多あまたの■■乗り越えて、遂に魔人を討ち取れり


  れ■■闇は消えずして、平安遠く成りにしも

  我■■の子諦めず、祈りと共に生きていく』



 ファルハルドが碑文を読み上げ終わった頃、周囲を多くの神官たちが取り囲んでいた。全員が異様に興奮し、静謐な筈の神殿内が騒がしい。


 ファルハルドたちの頭に浮かんだ言葉は一つ。なんぞ、これ?

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