63. 副都アヴァアーン /その③
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一行は街を入ってすぐの場所に宿を取り、荷馬車を預け歩いて政庁に向かう。まずはワリドの減税の嘆願を行うためだ。
ファルハルドは街中を進み、この街を好ましく思った。
副都と言うだけあり、人も物も多く実に活気に満ちている。それでも、大都市でありながらアヴァアーンの街はどこか実直さを感じさせる。
ファルハルドは人混みは苦手だが、陽気な人々を見ることが嫌いな訳ではない。少なくとも、ラグダナよりは遙かに過ごし易くある。
アヴァアーンはパサルナーンとは比べものにならないほどに小さい。
もっともこれは比べることが間違っている。パサルナーンは世界最大と言われる巨大都市。アヴァアーンが及ばないのも当然だ。一般的な基準から言えば、アヴァアーンも充分過ぎるほどに大都市である。
街の特徴として、通りが広々とした造りになっていることと、背の高い建物が少ないこと、丸い屋根を持つ建物が多いことが上げられる。
裏通りなどは別として、表通り、特に街の中央を東西南北に十字に走る中央通りなどは実にパサルナーンの三倍以上の幅がある。
そして、高さのある建物は政庁といくつかの神殿くらい、丸屋根の建物についてはそこかしこにちらほらと見られる。
中央通りを進みながら、ワリドたちは初めてこの街を訪れるファルハルドとヤシーンに街の説明を行っていく。
説明を行うのは主にワリドとサミール。ダリウスはほとんど喋らず、アレクシオスも二人の説明の補足をする程度だ。
二人の説明によれば、街の造りはアルシャクスの国の成り立ちや社会制度と関わりがあるらしい。
アルシャクスは騎馬の国。平坦地の多いこの土地で騎兵は圧倒的な強さを誇り、アルシャクス正規軍は全てが騎兵で構成されている。
そして、この国に於ける貴族とは、馬に乗って戦う者のこと。生まれは関係ない。
貴族の親から生まれようが、馬に乗って戦えなければ成人後は平民とされ、平民の生まれであっても、二年に一度行われる軍の登用試験に見事合格すれば貴族となることができる。
女性たちに関しても、戦うまでは求められないが、貴族として扱われるには馬を駆歩させられることやいろいろな地形を踏破させられることが条件となる。
「ま、求められる程度に馬を乗りこなせるのは、幼い頃から馬に親しんでいる裕福な家の出じゃないと難しいがな。現実問題、貴族になれるのは貴族の家の者がほとんどだ。
それでも、公平って言えば、この上もなく公平ではある。なんせ、王族でも騎馬できなきゃ平民とされるんだからな」
ワリドが楽しげに、そして少し誇らしげに言う。
「そんなだからよ、山がちなとことか、歩兵が必要な分に俺ら傭兵が傭われるんだよな」
サミールは訳知り顔で言う。
通りが広い造りなのは、軍の移動で騎馬を素早く進ませる必要からだ。
背の高い建物があまり発達していないことや丸屋根を持つ建物が多いのは、季節ごとに天幕を移動させて暮らしていた時代の名残だ。
伝統ある副都であることや王族が太守としてこの街を治めていることから、アヴァアーンには今にいたるも古い形式が多く残っている。
「今でも夏の間は、王宮を主都のサルディンジャーンからこのアヴァアーンに移しているな」
だんだんと近づいてくる大きな建物がその宮殿かと、ファルハルドとヤシーンは興味深く思う。
宮殿は黄色がかった石壁に、いくつもの青緑色の丸屋根を持つ広大な造り。ただ、宮殿と言うには些か華美に欠けている。だが、それも実直な気風を表すと思えば好ましい。
小さな一開拓村の村長であるワリドが会える役人の位は高くない。ファルハルドたちが向かう先は宮殿の一角ではなく、そのすぐ手前にある建物だ。
建物の内部は柱が多いが壁は少なく、必要な箇所は布で間仕切っている。大勢の役人たちが忙しそうに働いているなかを、ワリドは慣れた様子で入り口から真っ直ぐに進んでいく。
半ばまで進み、顔見知りらしい役人を捕まえ話しかけた。
「レヴィン様、お久しぶりです。西端の盆地にある開拓村で村長を務めておりますワリドでございます。本日はパルビス様にお願いがあって参上致しました」
「健やかそうだな、ワリド。ご苦労だが、パルビス様はお忙しい。要件なら私が聞こう」
「は、畏れ入ります」
ワリドはレヴィンに一通りの事情を説明していく。
「……という訳で、今年の税の軽減をお願いできないものかと、お慈悲に縋りに参った次第です」
「ふむ」
レヴィンは少し宙を見上げ、考え込む。
「大変だとは思うが、残念ながら難しいな。危険の多い人の領域の最前線であることは最初からわかっていたこと。それを考慮し、最初の五年間の税を免除し、続く二年間の税は半額としているのだ。それ以上となると、な」
レヴィンは痛ましげな表情で、ワリドの願いを却下した。ワリドは肩を落とし、もの悲しげな表情をするが、その表情が芝居であることをファルハルドたちは知っている。
「左様でございますか。ではせめて、より確かに村の安全を図るため、闇の怪物たちに破られぬ頑丈な柵を建てることにお力をお貸し願えませんでしょうか」
「柵か……。理解はできるが、それは軍の管轄となる。私が許可を出せることではないな」
「それでは軍に赴き、嘆願いたします。その……、ご理解いただけますなら、お口添えいただくことは可能でありましょうか」
ワリドはそっと近づき、懐から重みのある小袋を取り出し手渡した。レヴィンは片眉を上げる。
「ふむ、確かに開拓村の現状は同情に値する。一筆書いてやろう、しばし待て」
「ありがとうございます」
ワリドは神妙な顔をしたまま大人しく待つ。アレクシオスやサミールは特に思うところはない。ヤシーンは落ち着かなげに瞳を揺らす。ダリウスはそのヤシーンの肩に手を置き、不用意な行動を起こさないように制止している。
ダリウスはファルハルドにも目を向けるが、ファルハルドは特になんとも思っていない。
なにかしらの頼み事をする際、銅貨を握らせるのはジャンダルもよくやっていた。村の今後に関わる重大事なら、それなりの金額を贈るのも別に不自然とは思わない。
むしろ、単に戦えば良いだけの自分と違い、村長という立場にあるワリドは大変だなと同情している。
しばらく待ち、レヴィンが木簡を持って帰ってきた。ワリドはくどくどと礼の言葉を述べ、丁寧な仕草でその木簡を受け取った。これで用は済んだと長居せず、一行を促しそそくさと建物を出た。
一行は無言で歩いていたが、しばらく進みヤシーンがワリドに呼びかけた。
「村長」
ワリドはこれを予想していたのか、意地の悪い顔になる。
「なんだ、ヤシーン。お前、潔癖症か」
少し揶揄うように話す。
「あんな金額どうやって用意したんです」
「気になるのはそっちかよ」
「いや、そりゃ、気に入りませんけど。でも、ああいうのも必要なんでしょ。俺だって物事が綺麗事だけで進まないことぐらいわかってますよ」
ヤシーンは鼻を鳴らし、頭を振った。
「でも、うちの村に高く売れるもんなんてないでしょう。食ってくだけで精いっぱいなんですから。あんな、小袋いっぱいの銅貨なんて、どうやって作れたのか不思議でしょうがないんですけど」
「ちょっとずつ貯めた結果だ」
ヤシーンはなに一つ納得しない。
「あー、まあ、なあ。あれはー、あれだ。ほとんどは傭兵時代の稼ぎの残りだ」
「村長……」
「そんな顔すんなよ、ヤシーン。お前、村、好きか。ああ、だよな。俺もだ。それに子供たちが安心して暮らせる場所を創りたいんだ。そのためなら俺はなんだってやるさ」
ファルハルドは胸打たれる。ナヴィドやサルマをこの腕に抱き、ファルハルドも愛情を抱いた。
だが、やはり父親であるワリドの覚悟はファルハルドの比ではない。
勢いに任せた決意ではない。猛るような決意ではない。静かな、だが、決して揺らぐことのない断固たる意志を間近に見聞きし、ファルハルドは自身の母親であるナーザニンのことを思い出していた。
ダリウスたちは特になにも言うことはなく、素振りに表すこともないが、単なる仕事を越えてワリドを応援しようという気になっている。




