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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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62. 副都アヴァアーン /その②



 ─ 3 ──────


 襲われれば倒す、ただそれだけ。ファルハルドは当たり前のこととしてそう考える。


 だが、今はパサルナーン内での騒動により刑に服している身の上。


 考える。この者たちが表向きはまっとうな身分を持ち、この街に根付いているのなら、こうして斬り捨てたことでなんらかの問題が起こるのかも知れない。自分一人ならまだしも、今は連れがいる。なにか対応策が必要だろうか。


 しばし考え、人目に付かないように気をつけ、そっと壁を越えてその場を離れた。静かに食事を摂っていた店へと戻る。



 ダリウスとワリドはまだ呑んでいた。ワリドはほろ酔い加減だが、身体の大きなダリウスは浴びるように呑んでも全く酔っていなかった。


 ダリウスはファルハルドの姿を見、一目で察する。ダリウスは気配を感じることにはさほど敏感ではなくとも、闘争の匂いを嗅ぎ取ることにはけている。


 呑みを切り上げ、店を出る。さりげなく周囲に気を配りつつ、通りを歩きながら話を聞く。


 ダリウスはいくつかのことを確認した。


「そいつらはイルトゥーランの者たちで間違いないか」


 ファルハルドは頷いた。


あかしはない。だが、間違いない。ただし、表の身分はこの街の者だろう」


「その者たちとの戦いを、いや、それ以前に関わる姿を誰かに見られているか」

「ない。奴らも人目を引かぬように気をつけ、俺をけていた。誰にも気付かれていない筈だ。戦いの場の周囲にも人目はなかった」


「その場所になにか、お前の手懸かりになるものを残していないか」


 この質問には少し考え込み、一通り身を探る。


「それもない。奴らも俺との関わりを示すものは持っていない筈だ。奴らは連絡は必ず口頭で行い、指示書のたぐいは使わない。証拠になるものを残しはしない。

 ただ、奴らの仲間がどこかに残っている筈だ。そいつらは、仲間が俺に返り討ちに遭ったことを知っている」


「そうか」

「問題はないだろう」


 ワリドも今では酔いが覚め、二人の話に自分の意見を述べた。


「話を聞く限り、その者たちも自分たちの活動が表沙汰になるのは望まないように思える。それに、この街にいる者だけで急ぎ襲ってきたんだろう。なら、あんたを一方的に嵌める罠を仕掛ける暇もなかっただろうしな」

「確かにな」


 ダリウスもワリドの意見を認めた。


「下手に動いて人の注意を引くより、今夜は静かに過ごして、明日早々に立つのが良いな」


「アレクシオスたちはどうする」

「問題ない。役目があっての旅の途中だ。遊びはほどほどにするように言っている。夜が明ければ、すぐに宿屋に集まってくる」



 その晩、ダリウスとワリドは特に警戒することもなく眠る。


 ファルハルドは眠りながらも、意識の一部は覚醒させたまま休んだ。これでは休みにならない、訳でもない。暗殺部隊に狙われ続けたファルハルドの眠りはこれが通常状態だ。


 これは別段ファルハルドの特殊技能という訳ではない。戦場往来のつわものなら誰であっても自然に身に付けている当たり前の在り方だ。ダリウスとワリドもなにか変事があれば、即座に武器を取り戦える。


 その夜は何事もなく朝を迎える。


 朝になり宿屋に集まったアレクシオスたちの姿を見て、ファルハルドは目を細めた。

 ヤシーンが顔を腫らしている。それはどう見ても他人に殴られた痕。戦いの専門家たちが見間違える筈もなかった。


 ワリドが硬い声でヤシーンに問いかける。


「なにがあった」


 ファルハルドも昨日の襲撃があったため身構えて聞いていたが、内容そのものはたいした話ではなかった。



 通常、娼館はどこでも揉め事を避ける意味もあり、客同士が顔を合わさないように気をつけている。

 だが、昨日アレクシオスたちが利用した娼館は程度の低い店だけあって、そのあたりの管理が甘く、利用している客の質も悪かった。


 一人の屑男が金を払っているからと居丈高に振る舞い、店の娘に手を上げる場面に出会でくわした。アレクシオスが上手く取りなそうとするが、屑男は聞く耳を持たずますます興奮する。


 興奮した屑男が殴りかかってくるのを一発でしたまでは良かったのだが、屑男にも連れがいた。そいつらは地元の者だけあり、通りを歩く仲間も呼び集める。

 表から集まってきた分も含めれば、最終的には二十人を越える破落戸ごろつきどもが襲いかかってきた。


 破落戸は「腕なし野郎が」とアレクシオスをめてかかるが、馬鹿である。

 アレクシオスはファルハルドでもとらえきれないほどの巧みな動きの持ち主。破落戸が束になって殴りかかろうがかすることすらできない。一方的に殴り倒されていった。


 破落戸は「この爺いが」とサミールを嘗めてかかるが、馬鹿である。

 確かにサミールは初老に足を突っ込んでいる。それでも昨年の怪物たちの襲撃の際にそうであったように、一晩中でも戦い抜けるだけの体力を保っている。若い破落戸どもより遙かに気力、体力共に満ちている。


 途中、「よっ」だの、「ほいっ」だの、気の抜ける掛け声を上げながら、破落戸どもをぶっ飛ばしては、合間合間に店の娘たちに片目をつむって見せる。もはや破落戸どもなど、サミールの見せ場を作る材料でしかない。


 ただ、さすがにそれだけの人数を相手取っていれば、一緒にいるヤシーンを守るには手が回りきらない。ヤシーンも破落戸三人を同時に相手にする羽目になった。


 それでもヤシーンもそれなりに腕は立つ。ただの一村人とはいえ、人の領域の最前線である開拓村で命を張って生きている。安全な街中で、徒党を組んでゴロを巻くしかできない破落戸風情に負ける筈もなし。かなり殴られはしたが、一人で破落戸三人に勝利した。


 その後は活躍を見ていた店の娘たちから熱烈な感謝を受け、夢のような時間を過ごしたそうだ。



 聞いていて馬鹿らしくなった。一行はさっさと出発することにした。


 アレクシオスたちは昨日からなにも食べていないと言い募るが、知ったことではない。全て無視である。


 そもそも、戦士であるならいつ如何なる時であっても戦えるように心身を整えるのが当たり前。腹減ってへばるとすれば、それは怠慢でしかない。不覚悟にもほどがある。


 それでも見兼ね、御者はファルハルドが行った。

 しばらく進んだ後に、ファルハルドは宿で用意してもらっていた食べ物を差し出した。ダリウスとワリドは必要ないと言いたげだったが、口出しはしてこなかった。アレクシオスたちは感謝する。


 ファルハルドは気付いていた。アレクシオスたちが昨夜の喧嘩で、ヤシーン一人で破落戸三人と戦う状況を作ったのはわざとだと。


 きつい状況だが、それをできると見極めた上で行ったこと。目的はヤシーンに自信を付けさせ、成長をうながすこと。


 傭兵流の手荒い方法だが、事実、ヤシーンは昨日までと今日とでは、ただ座っているだけでもなにやら違う。自信を付け、どこか逞しさを感じさせるようになった。


 ファルハルドはご苦労様とねぎらう意味で食事を差し出した。


 当然、ダリウスたちもその程度のことは気付いている。が、彼らはそれとこれとは話が別だと思っている。年長者が若者の成長を手助けするのは当たり前。労うほどの話ではないのだから。



 その後は道中ヤシーンにも御者のやり方を教えたり悪天候に遭ったりと、多少の出来事はあったが、暗殺部隊からの襲撃もなく、一行は無事にアヴァアーンの街に辿り着く。

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