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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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60. 迷宮五層目への挑戦 /その③



 ─ 4 ──────


 首を失った毒巨人の身体は、力を失い両膝をついた。身体は傾き、毒血を撒き散しながらゆっくりと倒れていく。


 バーバクとカルスタンはその場で片膝をついた。二人の身は多量の毒血に濡れている。ハーミとペールが駆け寄り、解毒の祈りが唱えられた。ジャンダルも手持ちの毒消しを二人に飲ませていく。


 ここは通路。いつ、新たな巨人たちが姿を見せるか知れぬ。

 一同は言葉を交わすことなく、手早く素材の回収を行っていく。毒巨人の身体から流れる毒血を瓶に詰め、毒爪の生える指を切り落とした。


 素材の回収と光の宝珠ほうじゅによる魔力の回収を済ませ、一行は休息所に向かった。無事に休息所に辿り着き、一同は大きく息を吐き、やっと肩の力を抜いた。



 しかし、では、そのまま地上へ、とはいかない。それぞれがそれぞれになんとも言えない表情を浮かべ、目を合わさないまま誰が最初に口を開くのか、互いの様子をうかがっている。

 自然に立ち位置はバーバクとハーミに対し、他の者たちが向かい合う形となっていた。


 おもむろにジャンダルが口を開いた。


「おいらたち、仲間じゃないの」


 バーバクとハーミは答えない。ジャンダルたちは眉根を寄せた。


「おいっ」


 二人の態度にカルスタンも口を開く。

 バーバクとハーミは少しうつむいたまま重い口を開き、済まんと謝罪した。


 ジャンダルたちは五層目に挑むにあたり、バーバクたちがかつて仲間を失ったのが五層目であること、その相手が毒巨人であること、そしておそらくはその毒巨人が今も生きているだろうことは聞いていた。


 それはあくまで五層目の巨人たちがどれほど手強いかの一例として。

 だから少しばかり皆の予想を超えていた。毒巨人と出会った時のバーバクたちの気負い方は。


 戦いに身を置く以上、生死は常に身近にある。戦闘経験豊富な二人がそれを知らない筈がない。手強い巨人相手になぜ、わざわざ二人だけで挑もうとしたのか。危険を冒す意味がわからない。


 ジャンダルたちはバーバクたちが二人だけで戦おうとしたことそのものより、なぜ二人だけで戦おうとしたのかその理由を充分に説明しようとしないことに苛立っている。


「そりゃ、まあ、仲間が死んだ場所なんだもん。気負う気持ちはわかるんだけどさ。そんなんで挑めるほど、パサルナーン迷宮はぬるい場所じゃないでしょ。なに、自殺目的?」

「済まん」


 二人は短い謝罪の言葉を繰り返した。ジャンダルたちは、謝罪するだけでそれ以上の説明をしようとしない二人に、いよいよ強く苛立った。



 ジャンダルの我慢が限界を迎え、二人を怒鳴りつけようとしたその時。二人は口を開き、ぽつりぽつりと話し始めた。


 バーバクとハーミがなぜ、それほどまでに思い詰めていたのかを。かつての毒巨人との戦いでなにがあり、そして二人がなにを感じ、なにを考え、どう思ったのかを。どれほど強く、隻腕の毒巨人への憎しみを胸にいだいてきたのかを。


 ジャンダルたちは口を挟まない。二人が語るその言葉に耳を傾け、無言で聞き入っている。


 二人は話を終えた。だから俺たちの手で片付けようとしてしまったのだ、との言葉で。


 ジャンダルは、カルスタンは、ペールは言葉を発さない。険しい顔付きのまま無言で二人を見詰めている。



 しばしの時が過ぎ、他の者がまだ無言のなか、ジャンダルが一人深く深く息を吐いた。身を折り両手で自らの太股を叩く。それから大きく息を吸い、顔を上げて二人と目を合わせた。


「まーたく、『いやいや、気負い過ぎんな。無駄に力を入れて良いことなんてなにもないぞ。ほれ、笑顔。肩の力を抜けよ』、でしょ」


 二人は目を丸くした。


「昔、バーバクがおいらに言ったことだよ。まっさか、忘れたなんて言わないよね。

 まったく、絶対に思い詰めちゃ駄目だとは言わないけどさ、そんながちがちに気負ってたら上手くいくものもいかないでしょ。


 いいんじゃない。その隻腕の毒巨人を倒す、ってのがおいらたちの当面の目標ってことで。

 そいつがバーバクとハーミにとってのかたきなら、おいらたちにとってもかたきなんだからさ」


 カルスタンはいつものように、からっと笑う。


「だな。こうして命を預け合って共に潜ってんだ、水臭いのはなしだろ」


 ペールも顔付きを明るくし、口を開く。


「その通りである。宿敵を倒すことにこだわるのは当たり前、なんの遠慮がいろうか。我らは皆、協力し合う。それでこそ仲間であろう。

 戦神様の教えにもこうある。戦いとは」


「いや、そういうのはいいから」


 ジャンダルに制止され、ペールは話し足りないそうだったが口を閉じた。



「お前ら……」


 力なく呟くバーバクの肩にハーミがそっとその手を載せた。二人はしばしの間見詰め合い、頷き合う。


「悪かった」


 二人は深々と頭を下げたあと、顔を上げバーバクが晴れやかな顔で告げる。


「皆、よろしく頼む。俺とおっさんだけじゃ、奴は倒せない。必ず奴を倒す。奴を倒さねば、俺もおっさんも一歩も前には進めない。どうか、一緒に戦ってくれ」


 ジャンダルは両掌を上に向けて肩を竦め、首を傾け大袈裟に笑ってみせる。


「だーから、そうするってさっきから言ってんじゃん」


 ねー、とジャンダルは殊更明るい声で一同を見回した。一同は笑いながら頷いた。


 バーバクたちは後にこの時の遣り取りを思い返し考える。この時、初めて完全に対等な真の仲間となったのだ、と。この時こそがきたるべき戦いに向け、全ての準備の整った瞬間だったのだと。




 ひとしきり笑い合ったあとに、ジャンダルがふと思いついたことを口にする。


「しかし、あれだね。猛毒の怪物相手だったら、それこそ兄さんがいてくれたら良かったのに」


 ジャンダルのぼやきとも思いつきともつかぬ言葉に、ハーミが顎を撫でながら応じた。


「ふむ、確かにの。だが、おらぬ者はどうしようもない、言っても詮ないことだのう」


 バーバクも頷いている。


「ま、あいつはあいつで頑張ってんだ。つまんない泣き言はなしだろ」


 ジャンダルは唇を尖らせた不満顔のまま、肩を竦めた。


「それに毒に強いのは有利だが、相手は巨人だ。それだけじゃあ、な。あいつも牛人と戦ったって話だが、いきなり巨人と戦えって言われても荷が重いだろう。

 なんと言っても、外じゃあ巨人相手の戦闘経験を積む機会はまずないからな」

「まあねー」


 ファルハルドはまさかそんな会話が為されていようとは想像もしていない。

 そして、ファルハルドを待ち受ける戦いもまた、誰も想像だにしないものだった。


 それは巨人相手とは異なる、だが決してそれに劣らぬ存在との戦い。その刻は近づいている。

次話、「副都アヴァアーン」に続く。



 次週は更新をお休みします。次回更新、7月3日予定。

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