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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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58. 迷宮五層目への挑戦 /その①



 ─ 1 ──────


 年が変わり、ハキィークァの月。めっきりと冬が深まり、パサルナーンの街中を冷たい風が吹き抜ける。天気は曇りの日が多くなり、ときには雪がちらつくこともある。


 しかし、迷宮の中では季節は関係ない。一年を通して気温にほとんど変化はなく、明るさや見える景色も変わらない。


 そして、迷宮挑戦者たちの日常も変わることはない。

 最下層、パサルナーン神殿遺跡を目指す挑戦者たちは今日も戦いに明け暮れている。それは、バーバクたちも当然に。



 一行はバーバクを先頭に、その斜め後ろをカルスタンが、さらにその後ろにジャンダル、最後尾をハーミとペールが並んで進んでいる。


 ここは迷宮五層目、巨人たちの階層。


 通路は装備を身に着けた人間五人が横に並んでもまだ余裕があるほどに広く、天井も同じように高い。

 通路の壁や天井は三、四層目と同様に岩をくり貫いたように、もしくは洞窟のように見える。ただし色が白味がかっているためか、全体的に少し明るく感じられる。


 一行は通路を慎重に進んで行く。この五人で五層目に挑むのは今回が三回目。前回も、前々回も、ただ一度戦うだけで早々にその日の挑戦を切り上げていた。


 巨人たちはそれだけ手強い。そして、連戦をこなした後の毒巨人との戦いで仲間を失ったことのあるバーバクとハーミには、この階層で無理をする気がなかったからでもある。


 しかし、いつまでもそれでは迷宮攻略は進まない。今回は一戦を終えたあと、余裕があるならばさらにもう一戦を行う予定でいる。


 もちろん、無理をしようというのではない。休息所から遠く離れることなく、休息所から休息所への最短距離と考えられる順路を選んで進む。



 ここパサルナーン迷宮では、各階層ごとに安全域である十箇所の休息所が存在する。それぞれの休息所の中央には十大神のいずれかの神像がまつられた台座があり、その神像に触れることで挑戦者たちは地上や一つ下の階層に転移することができる。


 そして重要なこととして、各休息所の位置が変わらないことが挙げられる。


 ここは迷宮。なにがいったい、『迷』なのか。

 通路が分かれ、複雑に入り組んでいること。それも確かに進む者たちを迷わすが、それ以上に迷わせるのが通路が時折組み替わることだ。


 通路の組み替えは頻繁に起こる訳ではない。おおよそ月に一度、太陽ホシードマーもない朔の夜に発生すると言われている。


 ただ、実際に組み替わる瞬間を目にした者はなく、ときに周期から外れた日に組み替えが発生していることもある。そのため組み替えがいつ起こるのか、なぜ起こるのか、正確に知っている者は誰もいない。


 通路の組み替えが起こるがために、パサルナーン迷宮の通路図を作ることもできない。パサルナーン迷宮に挑む者は誰かが作った地図を当てにすることはできず、皆自分の力で一歩ずつ進んで行かねばならない。


 そしてここで重要になってくるのが、各休息所の位置はどれだけ通路の組み替えが起こっても変わらないことだ。

 これにより、最初に転移した休息所の位置を手懸かりに他の休息所の位置を把握することができ、どの通路を進むかを選ぶことができるのだ。


 もっとも、通路のつながりが予想と異なり、望む方向に進めないといったこともよくあることだ。

 だからこそ、重要なのは余裕を持って進むこと。パサルナーン迷宮に於いて、無理をする者は必ずその報いを受けることになる。




 通路を進むバーバクたちは、通路に伝わる微かな振動を感じた。近い。巨人がすぐ近くを歩いている。それは壁の向こうか、あるいは。


 向かう曲がり角から、一体の巨人が姿を見せた。巨人は一行に気付き、唸り声を上げ駆け出した。


 向かってくる。バーバクたちは即座に声を掛け合い、武器と盾を構え迎撃体勢を取る。


 襲い来るは『緑鱗巨人』。巨人たちのなかでは最も小さく、力も弱い。

 しかし、それはあくまで他の巨人たちと比べての話。背丈は体格の良いバーバクよりも頭二つは高く、一撃で容易く人を殺せる膂力りょりょくを持っている。


 そして緑鱗巨人はその名の通り、全身が緑の鱗で覆われている。牛人と同等の力、蜥蜴人と同様の防御力を持つ存在。それが緑鱗巨人だ。


 緑鱗巨人は素早さもまた獣人に近く、巨人にしては速い。



 その存在が駆け寄ってくる。法術が使える者がいるのなら『守りの光壁』を顕現させ、攻撃を防ぐのが鉄則だ。だがバーバクたちは、今回敢えて光壁でなく盾でその攻撃を受け止める。


 先頭に立つバーバクが盾をかざし、一歩前に出る。緑鱗巨人は咆吼を上げ、巨体の重量、駆け寄る勢いを載せた拳を繰り出してくる。


 バーバクは全身に力を籠めた。拳と盾が打ち合わされる。硬い音が鳴り響く。



 バーバクは五層目に挑むにあたり、盾を新調した。大きく変えた点は一点、鋼製であるということ。


 もちろん、単純な鋼の一枚板ではない。鋼の板を外側に、複数の怪物由来の素材を加工したものを内張にした構造で、鋼自体も怪物由来の素材を加えた特別製だ。


 バーバクとハーミの脳裏には、かつて仲間であるベイルの大盾が毒巨人によって突き破られた光景が焼きついている。

 どうすればあの悲劇を避けられたのか、二人は考えた。第一として考えたこと、それが盾をより頑丈なものへと替えることだった。


 ただし、鋼製の盾は重量がある。長時間の移動を伴い、その上片手で扱うとなれば簡単にとはいかない。そのため、ハーミは今まで通りの盾を使い、鋼製の盾を使うのはバーバクのみ。さらに、バーバクも重量を軽減する工夫をしている。


 その工夫とは単純明快、盾の大きさを小さくしたのだ。


 今まで使っていたのは、迷宮の外でよく使われる直径が両手の拳を突き合わせて肘から肘までとなる大きさのもの。

 新調した盾はそれより二回りは小さく、ファルハルドやジャンダルが使うのと同じ直径が肘から指先までとなる大きさのものだ。迷宮内でよく使われる大きさよりも一回り小振りとなる。


 当然敵の攻撃を受けるのは、小さくなった分だけやりづらくなる。そのためバーバクは積極的に実戦での経験を積むことで、盾を扱う技術を磨いていこうとしている。


 緑鱗巨人の拳が当たる瞬間に片足を引き半身となり、衝撃を受け止めつつ斜めにらす。緑鱗巨人の巨体が流れる。


 その腹をバーバクの斧が、ふくらはぎをカルスタンの戦鎚せんついが襲う。緑鱗巨人は不快な声を漏らしながら、地面に転がった。


 バーバクとカルスタンが追撃を狙う。横たわる緑鱗巨人に武器を振り下ろす。

 緑鱗巨人は丈夫な鱗で覆われた腕を振るい、二人の武器を弾き飛ばした。


 緑鱗巨人は咆吼と共に立ち上がる。

 ジャンダルはその動作を予想済み。立ち上がる緑鱗巨人の目を狙い投げナイフを放っていた。


 緑鱗巨人は迫るナイフに気付き、手で払った。それで充分。緑鱗巨人の意識が投げナイフに向いた一瞬の隙をき、バーバクは緑鱗巨人の足を薙ぎ払った。


 緑鱗巨人の身体は頑丈な鱗で覆われ、強靱な巨人たちのなかでも特に防御力が高い。ただの武器で深手を与えることは難しい。しかし、バーバクの斧の一撃は鱗を断ち割り、体勢を崩すことはできた。


 すかさずカルスタンが戦鎚で殴りつけ、不安定となった緑鱗巨人を転がせた。二人は床に横たわる緑鱗巨人を乱打する。


 緑鱗巨人も大人しくやられはしない。いくつもの鱗を割られながらも、腕を、脚を振り回し、抵抗する。



 緑鱗巨人は巨人のなかでは小型。それでも、強力。その力は人と比べるべくもない。力自慢のバーバク、カルスタンの振り下ろす武器を大きく弾き返した。


 二人は体勢を崩す。跳ね起きた緑鱗巨人はバーバクに対し、体当たりを狙った。させない。ハーミとペールは祈りの文言を唱えた。


「我は闇の侵攻にあらがう者なり。抗う戦神パルラ・エル・アータルにこいねがう。悪しきものより守る、堅固なる守りを顕現させ給え」


「我は闇を討ち滅ぼす者なり。荒々しき戦神ナスラ・エル・アータルに希う。不可視の拳で我が目前の、悪しきものを撃ち給え」


 バーバクの前に展開された光壁に阻まれ、緑鱗巨人は進めない。そこにペールの放つ不可視の拳が直撃。巨人たちは魔法への強い抵抗性を持つ。だが、獣人ならば一撃で叩き潰せる不可視の拳は広範囲の鱗を砕き、緑鱗巨人をぐらつかせた。


 カルスタンは鱗が砕けた箇所に戦鎚を叩きつけた。緑鱗巨人は苦悶の悲鳴を上げ、膝をつく。そこにバーバクが体重を載せた斧の一撃を振り下ろす。


 一撃では首を落とせない。そんなことはわかっている。バーバクは緑鱗巨人に逃げ出す隙を与えず、連続した攻撃を加え、ついにその首を落とした。

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