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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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57. 望まぬ再会 /その⑧



 ─ 9 ──────


 表に出れば、中央広場には煌々と篝火かがりびが焚かれ、団員たちが詰めかけていた。


 ヴァルカたちは戸惑いながら広場に引き出される。ファルハルドたちの時と同様に武具防具が運ばれ、それぞれが準備をするように指示された。



 最初に立ち会う者はヴァルカ。ヴァルカは盾は持たず、槍を持ち兜と鎖帷子くさりかたびらで身を固める。


 相手をするのはオリム。ラグダナで楽しんできたせいか、普段以上にその心身は充足しているようだ。


「オラ、掛かって来いよ」


 オリムはだらりとぶら下げた二刀を振って挑発する。ヴァルカは槍を繰り出すが、どこか気のない様子。まるで鋭さのない攻撃。

 オリムは無造作に払い、怒鳴り上げた。


めてんのか、フヌケ野郎!」


 ヴァルカの様子は変わらない。しかし。


「こりゃ、お前ぇのせいで死んだ者も多いんだろうなぁ。なあ、フヌケ」


 ヴァルカの目の色が変わる。踏み込み、繰り出す鋭い一撃。


 オリムは余裕を持ってかわした。上体をらしつつ、蹴りを繰り出す。槍の柄を強く蹴り、ヴァルカの体勢を崩す。しなやかな動きによる重心移動と素早い足捌き。振り上げた脚でそのまま胴を蹴り飛ばした。


 ヴァルカは反吐を吐き、身を折りうずくまる。オリムは容赦することなく、そのまま言葉を続ける。


「まったく、こんなフヌケ野郎のせいで死ぬたあ、とんだ犬死にだな」


 ヴァルカは反吐を零しながら怒号を上げる。繰り出すは、明確な殺意が籠められた突き。オリムは槍に刀を当て、軌道をずらした。


 ヴァルカは息もつかせぬ突きを繰り返す。その全てをオリムは避け、躱し、らしていく。ヴァルカは槍を振り胴を打たんと狙うが、オリムは距離を詰めながら刀で受け止める。



 ファルハルドは二人の手合わせを見、確信する。自身がヴァルカと戦い感じたことは正しかったと。


 ヴァルカの攻撃は昔より速く、鋭く、力強い。しかし、単調。頭に血が上っていることを考慮しても、技術的には昔よりも退化している。


 そして、自身の身を守ることにまるで意識が向いていない。その鋭い攻撃を躱せる者にとって、ヴァルカを斬るのは容易い。はっきり言って昔よりもよほど弱くなっている。


 オリムはずっとヴァルカを罵っている。その内容はなかなかに酷い。傷口を抉るような言葉だ。


 だが、それを止める者も責める者もいない。ファルハルドもいい加減オリムとの付き合いも長くなっている。オリムの性格には多少の癖があるが、その性根は腐っていないと知っている。

 酷いその言葉の全てが、ヴァルカを奮い立たせるためのものであるとわかっている。


 見物する傭兵たちもオリムを止めず、むしろ煽っている。ときに同意するように歓声を上げ、ときに挑発するように笑い声を上げ、口笛、手拍子、足踏みで囃し立てる。


 次第に生気のなかったヴァルカの仲間たちも声を上げ始める。その声援に背中を押されるように、ヴァルカの槍がオリムを掠め始める。


 戦い続けるうち、酷い言葉を浴びせられオリムを狙うヴァルカの瞳から、怒りの色が薄らいでいる。そこに宿るは、己が全てをもって強者に挑む、純粋なる戦士の思い。

 ヴァルカの槍がわずかずつ鋭さを増していく。


 オリムは楽しげに口の端を吊り上げた。


「はーん、なんだぁ、その程度かよ」


 ヴァルカは大きく踏み込み、今までで最速の突きを繰り出した。


 ファルハルドは顔をしかめた。あれは間違った選択。ヴァルカに足りていないのは、鋭さではなく巧みさ。強い一撃ではなく、狡猾な組み立てこそが必要なもの。


 オリムはそのしなやかな動きで上半身をらし、ヴァルカの槍を躱した。踏み込みが大き過ぎ、体勢が崩れたヴァルカの胴にオリムの三日月刀が迫る。


 ヴァルカは素早く足を踏み替え、さらに踏み込んだ。足を斜めに踏み出し、身体全体をひねる。槍を回し、石突きでオリムの三日月刀を弾いた。


 そのまま石突きでオリムの顔面を狙う。オリムは首を傾け、兜で受けた。

 オリムの予想を越える衝撃。オリムはふらついた。


 ヴァルカはそのまま槍を回し、退くオリムへと穂先を繰り出す。篝火の炎を反射する穂先が迫る。


 オリムは一歩横にずれることで躱して見せた。強く踏み込んだヴァルカは止まれない。


 そのヴァルカをオリムは狙う。手にした三日月刀を鋭く振るった。ヴァルカの首を落とすかと思われた刃は、首筋に当たる寸前で止められた。



「そこまで」


 アレクシオスの宣言により、二人は構えを解いた。オリムは、息を乱し力なく肩を落としたヴァルカに話しかけた。


「おい、フヌケ」


 ヴァルカは悔しさを押し殺し、顔を上げた。


「最後のは悪かなかったぜ」


 オリムは顎を突き出し、男臭い笑みを浮かべている。そして、力を籠めた声を出す。


「辛ぇことがあったんなら、強くなれ。今の自分が嫌なら、強くなれ。二度と後悔したくねぇんなら、強くなれ。弱っちい奴にできることなんざぁ、なにもねえ。お前ぇならできる、そうだろう」


 ヴァルカは涙をこらえ、頷いた。見物していた傭兵たちも手を叩き、ヴァルカを認めた。



「次は私が変わろう」


 アレクシオスが進み出る。オリムはヴァルカの仲間たちには興味が湧かないのか、あっさりと交代した。


 ヴァルカの仲間たちの腕前はてんでたいしたことはない。それでもヴァルカの気迫が乗り移ったのか、全員が果敢に攻めていく。傭兵たちはときに野次を飛ばしながら、その腕試しを見物している。




 それぞれの戦いを見ているうちに一点、ファルハルドにはどうにも気になることが湧いてきた。


 周辺で見物をしている者たちのなかに、やけにずたぼろになっている者たちがいる。


 それはファルハルドには見覚えのない者たちだった。ファルハルドは団員全員と親しくしているとは言えない。なかにはほとんど話したことがない者もいる。それでも一応、全員の顔は見知っていた。


 あの者たちは何者なのか。傍で見物をしているアキームとザリーフに尋ねてみた。


「おう、あれか。ありゃ、拉致ってきた奴らだ」


 今、なんと? ファルハルドは耳を疑った。


「あー、違う、違う、そうじゃねぇっしょ。あれはー、なんだ。そうっ、あれだ、あれ。男を磨きたいって入団希望した者たちっしょ」


 聞いた瞬間に嘘だとわかる話を堂々とかましてきやがった。ファルハルドが無言でじっと見詰めれば、二人は頭を掻きながら説明した。


「まあ、あれだ。ほら、あんたはいなかったが、俺らは揃ってラグダナに繰り出しただろ。


 で、それぞれ楽しく騒いだんだけどよ。隊長とアキームと俺でどこの娼館がいいか品定めしてたら、通りで粋がった糞餓鬼どもが歩いてる奴らに絡んでんのに当たった訳よ。


 んで、まあ、ちっとばかし教育してやったら、次の日に人数集めて待ち伏せかましてきやがってな。当然、返り討ちっしょ。


 そんで、駆けつけた街の衛兵たちから話を聞いてな。どうやらこの一年ばかしで馬鹿どもが増え過ぎて、衛兵たちも手を焼いてたらしくってよ。

 そんならうちで引き取って、根性叩き直してやるかって話になった訳よ」


 ザリーフもアキームも実に楽しげだ。説明を聞かされ、ファルハルドはいよいよ呆れた。


「おいおい、お前はそんな顔すっけどな、これも人助けなんだぜ。街中で暴れる元気が有り余った奴らを、うちで引き取って真人間に更生させる。

 どうだ、これぞ世のため人のためになる立派な行いじゃねぇか、なあ」


 どこが立派だ。そもそも傭兵たち自身が真人間からほど遠いのに、いったいどうやって真人間に更生させると言うのか。ファルハルドの呆れは止まらない。


「なーに、心配いらないっしょ。衛兵たちと話して、引っ張ってきたのは市民権を持ってねぇ奴らだけだからよ。おっ死んじまっても全く問題ねぇ奴らだぜ」


 どう考えても問題しかない。ファルハルドはザリーフたちとの価値観の違いに頭が痛くなってきた。


 迷宮挑戦者は曲がりなりにも自らの意思で挑戦者となった者たち。辞めるも続けるも自分次第。生きるも死ぬも自分次第。望んでいない者を無理矢理に、などということはあり得ない。

 この傭兵団にも、ダリウスの力弱き者たちを力で従わせはしないという信念があったのではないか。その信念はどこに行ったのか。


 と言って、ファルハルドにも街中で暴れるような輩を庇おうという気は起こらない。せいぜいが生き残ればいいなとぼんやりと考える程度だ。




 そして、全員の腕試しが終わり、ダリウスがヴァルカたちの配置を決めた。ヴァルカを斬り込み隊へ、その他の七名は本隊へと配属させる。


 入団試験が終わり、見物していた傭兵たちは自分たちの天幕へと帰って行く。


 オリムの指示で今日はもう夜も遅いということで、ヴァルカには一旦、アキーム、ザリーフ、ファルハルドが使っている天幕を宛がい、明日以降改めて割り振りし直すことにした。


 ファルハルドとヴァルカは狭い天幕内で肩を並べて横になった。ヴァルカは疲れきっている筈だが、神経がたかぶっているのかなかなか眠れずにいる。ヴァルカは目をつむったまま呟く。


「俺は生きていていいのか」


 ファルハルドも瞳を閉じたまま呟いた。


「死んで為せることがあるのか」

「……そうだな」


 アキームにもザリーフにも二人の話は聞こえていた。口を挟むことなく寝たふりを続けた。



 ファルハルドはヴァルカと話し、久しぶりにパサルナーン迷宮に挑んでいた日々を思い返していた。


 最初はろくな装備もなく、一戦(こな)すごとに疲れ果てていたものだった。それが、バーバクたちと出会うことで大きく道が開けた。

 バーバクたちと過ごした日々、言われた言葉に思いをせる。


 今はバーバクたちは四層目を終える頃か、それともすでに五層目に挑んでいるのか。


 久々にゆっくりと仲間たちのことを考えながら眠りに就いた。

次話、「迷宮五層目への挑戦」に続く。

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