54. 望まぬ再会 /その⑤
この物語には、残酷な描写ありのタグがついております。ご注意下さい。
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俺たちは故郷の村へと戻った。
意気揚々にとはいかなかったが、それでも珍しい作物の種なんかも持ってたからな。居場所がないんじゃないかなんて心配はしていなかった。
もちろん村を出て行く時には大口を叩いて出てったんだ、少しばかり気まずい思いはあったがな。
村の奴らは俺らが戻ったことを喜んでくれた。なかには出戻った俺たちを陰で笑う奴らはいたけどな、それでもほとんどの奴らは無事に戻って良かったと喜んでくれた。
いい話だろ。どこにでも転がってる、なんの変哲もない、でも、まあ、いい話だろ。
何事もなければ、きっとそのままだったんだろな。普通に暮らして、そのうち家庭を持って、歳くって、孫にでも昔話をしながら悪くない人生だったとか言いながら死んでったりしてよ。
ダハーの奴は結婚したんだぜ。へへっ、だろ、驚くよな。まさかあいつに先を越されるとはな、結構まじで焦ったぜ。
相手ってのがこれがまあ、口下手な女でな。
どうやら、昔からお互いに気になってたくせにどっちも言い出せなかったらしくってよ、俺らが村を出て行ったあとはだいぶ鬱ぎ込んでたって話だ。
俺らが戻ったのを一番喜んでくれたのはその女だったな。
子供も産まれてよ、あいつ親父になったんだぜ。その子ってのが、なんかすげー目がくりくりした愛らしい女の子でよ、朝まで皆で祝ったもんだ。
ラーティフの奴は何年か神官としての修行を優先するって言ってたが、俺のほうはちっとばかし畑を広げて、それなりに暮らしの目処が立ったら一緒になるかって話をする娘もできてな。
楽じゃねぇ暮らしだが、それなりに楽しくやってたんだぜ。毎日明日を、その先の暮らしなんかを思い描いてな。
だが、この世は糞だ。糞で満ちてやがる。
俺らの故郷の村が闇の領域との前線近くだって話は前にしたんだったか。度々、闇の怪物たちに襲われるって話は。
そうか。まあ、そういうこった。あいつらは闇の怪物たちとの戦いで死んだ。死んだのは怪物相手だった。直接には、な。
怪物たちの襲撃はずっとあった。その度に村の皆で一致団結して撃退してよ。危うい時もあったけど、ずっとずっとなんとかなってたんだ。
だが、去年の秋の侵攻はどうにもならなかった。俺たちは村を守るために、必死に戦って戦って戦った。だが、次第に追い詰められ、このままではどうにもならないってとこまで追い詰められた。
で、皆を集めて村長が言い出した、自分が国軍の屯所に救援を求めに行くってな。
最初は皆、止めた。当たり前だ。怪物たちはそこかしこにいる状態だぞ。どうやって行くつもりなんだってな。
村長は主張した。危険は承知の上だ。それでもこのままでは揃って死ぬしかない、危険でもなんとかして救援を依頼するしかないんだと。
それならせめて若い奴らに任せるって話が出たんだが、村長はそれにも反論した。
普段なら確かにそうだ。だが、ここまで怪物たちが溢れていれば、若く体力があったところでどうにもならない。それよりもどこをどうやって進めば最も危険が少ないのか、それを見極められる年の功のほうが重要だ。
もちろん最低限の護衛は必要だ。それは息子や甥たちに頼むと言ってな。
なんだか妙だとは思ったんだ。村長は悪い人間ではないが、特別自己犠牲心に富む人間じゃあない。村長の息子や甥だって特別腕が立つ訳じゃない。違和感は確かにあったんだ。
だが、その時はとてもじゃねぇが、ゆっくり落ち着いて考える余裕なんてなかった。その場の雰囲気に流されたんだ。皆は縋るように村長の意見に従った。
俺たちは待った。襲い来る怪物たちを撃退しながら、やって来る筈の救援をひたすら待ち続けた。
水はあった。食糧も豊富じゃねぇが農村だ、春まで保つだけの量はあった。だが、薬は決定的に不足していた。襲撃がある度に怪我人が増えていき、次第に戦える者が減っていく。村を守る柵もどんどんと傷んでいく。皆はどんどん疲労し、疲弊していく。
それでも俺らは待った。来る筈の救援を信じて待った。『折れぬ心持つオスク』だからな。決して諦めることなく、必死に抵抗を続け待ち続けた。
だが、予定していた日数を大きく過ぎても救援は来なかった。何日過ぎようとも救援が姿を見せることなどなかった。
とうとうどうにもならなくて、俺らは皆で隣村へ逃げ出すことにした。怪物たちがうろつくなかを、女子供を連れて移動するなんて正気の沙汰じゃねえ。
隣村に辿り着けるかどうかは賭けだ。それでももう、他に方法なんてなかった。
戦える奴らのほとんどを、逃げる奴らの護衛に付けた。年老いた奴らや独り身の何人かだけが、怪物たちを引きつける囮役として村に残った。
俺は村に残ることを選んだ。誰かがやらなければいけなかったからな。
ダハーやラーティフも残ろうとしたが、あいつらは護衛に回した。あいつらは最後まで抵抗したが、無理矢理説得した。
ダハーには家族を守れ、それがお前の役目だってな、ラーティフには危険な道中に皆を守るには法術を使える者が絶対に必要だって言ってな。
行かせなきゃ良かったのか。そうすりゃ、あいつらも今も生きてたのか。
村に残った俺たちの運命は決まっていた。できることは一つだけ。少しでも長く、少しでも多くの怪物たちを引きつけること、それだけだ。
残っている人数では村全体に人を配置することなんてできなかった。逃げる奴ら送り出すために派手に暴れ回ったあと、俺たちは一番頑丈な建物である村長宅に籠もって最後までの抵抗を行った。
それでも半日は戦ったのか。俺の最後の記憶は壁を破って襲いかかってくる三体の木人形に槍を振るったことさ。
俺が意識を取り戻した時、辺りに怪物たちの姿はなかった。俺が生き残ったのは偶然だ。最後に倒した木人形たちが俺に覆い被さる形になって、ちょうど他の怪物たちから俺を隠してたんだ。
村内を見回ったが、生き残ったのは俺だけだった。俺以外には誰一人助からなかった。
身体がまともな形で残されている奴すらいねぇ。残っているのは、誰のものかも判別できない状態の亡骸ばかりだった。
万が一にも『呪われし亡者』が発生しないように弔いを上げるべきだったが、とてもじゃないがそんな余力はなかった。できたのは家屋の残骸に火をかけて、村そのものを燃やすことぐらいだった。
せめてと皆の冥福を祈ったあと、俺は一人隣村へと向かった。
そして、途中で見つけちまった。大勢の人間が怪物たちに襲われた跡を。あちこちが激しく踏み荒らされ、そこかしこに血の臭いが漂っている場所を。
その中にあったんだ。ずたずたに喰い千切られたラーティフの神官服の切れ端が。一緒になるって約束した娘の咬み千切られた耳が。
見間違えようがなかった。ラーティフの奴が神官服に穴が空いたり破ける度に、何度も自分で繕い直す姿を傍で見てたんだからよ。
見間違えようがなかった。いつか一緒になる日、俺と交換するんだって何度も見せられた赤い石の耳飾りがついてたんだからよ。
この世は糞だ。どこまでも糞で満ちてやがる。
どのくらいそうしていたのかはわからない。
気付けば俺は喉が嗄れるまでその場で叫び続けていた。他に残った部位がないかと、全ての爪が剥がれてもそこら中を素手で掘り返していた。
もう、取り返しが付かないと、できることはなにもないと悟るまでずっとそうしていた。
どうにもならないと悟り、俺はダハーのことが気に掛かった。視界に映る見分けの付かない肉片のなかに、もしかしたらダハーもいたのかも知れない。
それでも確かなことはわからなかった。俺は縋るように希望を求め、ダハーの姿を求め、再び隣村へ向かうことにした。
ラーティフの神官服の切れ端と娘の耳だけを拾い、俺は歩き始めた。日が暮れ、辺りが闇に包まれても俺は歩き続けた。
夜になっても怪物たちと出会うことはなかった。なぜだったのか。別の場所にもっと手頃な獲物がいたのか、それともたらふく喰らいそれ以上喰えないほど腹が満ちてやがったのか。
理由はわからないが、俺は怪物に襲われることなく、次の日の昼前まで歩き続け、隣村に辿り着いた。
俺は村に入ることはできなかった。村の門は堅く閉じられ、俺に開かれることはなかった。
まあ、そりゃそうだな。確かに俺は怪しかっただろう。
力尽きるまで怪物たちと戦い、格好は襤褸襤褸で血塗れ。喉は嗄れ、しゃがれた不自然な声。顔付きだってきっと異様なものだったろう。
なにより、一人で怪物たちがうろつくなかを歩いてくるなどあり得ねぇもんな。
悪神の徒か、悪神の徒によって呪われた者だとでも疑われたんだろうよ。
ただでさえ怪物たちの襲撃で皆の気が立っている状態だ。俺を拒絶したのはもっともな話だ。冷静になれば誰でもわかる。
それでも拒まれた俺は隣村の奴らを恨んださ。落ち着いて誤解を解こうなんて思いつきもしなかった。なんとか村に入れる場所はないかと周囲を回った。
そして、見つけちまった。争いのあった場所を。そこに半ば埋もれていた小さな木製の人形を。
それはダハーの奴が自分の娘のために不器用な手で一生懸命に作った人形だった。
嫁さんが布で作った人形を真似してあいつが作ったものさ。不器用なくせに娘が間違っても怪我しないように何日も掛けて丁寧に磨き上げた人形だ。
見間違えようがなかった。あいつが幸せそうな顔で熱心に磨く姿をずっと見てたんだからよ。
あいつが嫁さんと娘から離れる訳がねぇ。あいつらはここに来たんだ。
俺はダハーの名を叫んだ。嗄れた喉で精いっぱいの声を上げ、何度もダハーの名を呼んだ。だが、ダハーは姿を見せなかった。
俺の声を聞きつけた隣村の奴らは石を投げ、俺を犬のように追っ払いやがった。
俺はひとまずその場を離れ、夜の闇に紛れ村に忍び込んだ。怪物を警戒し、多くの見張りが立てられた状態でもなんとか隙を見つけ、忍び込んだ。
ああ、止めておけばよかった。そうすれば知らずに済んだのによ。
村に入り込んだ俺はなにかに導かれるように、夜になっても明かりを灯す建物に近づいていった。
そこは隣村の村長宅だ。窓から中を窺った。そこにはいたんだ。隣村の村長とその一家、そして俺の村の村長とその息子と甥が。
俺は自分の目を疑った。てっきり、村長たちは国軍の屯所へ向かう途中で怪物たちにやられたんだろうと思っていたからな。それがこうして無事で、なんでか隣村で酒盛りをしてやがる。全く意味がわからなかった。
俺は立ち尽くしていたよ。いつまでそうしていたのかわからない。
奴らは俺に気付くことなく話していた。国軍の屯所に救援依頼に向かったところで、すぐに動いてくれる訳がないと。この村に逃げ込んできて、正解だったなと。
そして。そして、言いやがった。俺らの村が滅んでくれて良かったと。これで国軍も重い腰を上げてくれるだろうと。俺らの村は地域全体のための尊い犠牲になってくれたとな。
そのあと、続けて言いやがった。さも、可笑しそうに。にやにやと嗤いながら。
だから、この村に俺らの村の奴らを入れる訳には行かなかったと。それがわからずにこの村に逃げてきた俺らの村の奴らは実にご愁傷様なことだったとな。
村長がなんでそんなことをしやがったのか、はっきりとはわからない。村長たちだけがなんで受け入れられているのかはわからない。
だが、そんなことはどうでもいい。あいつらは俺たちを使い捨てやがった。余計な道具のように、あっさりと。自分たちのために俺たちを利用しやがった。
この世は糞だ。どこまでも、果てしなく糞で満ちてやがる。
俺の中で、音を立てて人としてのなにかが切れた。そのあとのことははっきりとは覚えていない。
気付いた時には俺は室内にいて、俺の村の村長たちも隣村の村長たちも全員が血の海の中で死んでいた。
きっと室内は全て血で赤く染まっていただろう。だが、俺には全てが灰色に見えた。
あの時から、なにを見ても色が見えない。なにを食っても味がしない。痛みもほとんど感じなくなった。
溶岩野郎に襲われてから、ずっと完全には消えなかった痛みも感じなくなった。足が痛んで満足に踏ん張れなかったのが嘘のように、いくらでも踏みしめられるようになった。
もっと早くからできていれば、なにかを変えれたかもしれなかったのにな。
きっと俺の中のなにかがあの時に死んだんだ。今の俺は魂を失ったただの肉人形だ。
墜ちるのは簡単だ。ああ、糞みてぇに簡単だ。
俺の中にはこの世への絶望と他人に対する激しい怒りが渦巻いていた。人を襲うことに躊躇いなんてなくなっていた。
流離ううちに、いつしか似たような奴らが集まっていた。村を襲うようになるのもすぐだった。一度襲えば、あとはもう歯止めが利かなくなった。
なあ、俺はどうすれば良かったんだ。俺らはなにを間違えた。どこからやり直せば、あいつらを失わずに済んだんだ。どうすればこんな糞みてえな今を変えられたんだ。どうすれば『違う今』に辿り着けたんだ。
なあ、教えてくれ。頼む、教えてくれよ。なあ、頼むから。




