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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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52. 望まぬ再会 /その③



 ─ 3 ──────


 ファルハルドは手間取りはしたが、最初に怪物を倒し終わる。他の団員たちはまだ戦っている。ファルハルドは蜥蜴人と戦っている本隊隊員の手助けに向かおうとするが、隊員はファルハルドに目をやり行けと指示した。


 今回の任務は怪物と戦うことではない。目的は開拓村を襲う賊を退治すること。

 賊たちが怪物に殺されれば問題ないが、もし逃げ出されでもすればまずいことになる。そのため、ファルハルドに賊を取り逃がさないことを優先しろと指図した。



 ファルハルドは頷き、賊たちのいる場所へと向かう。

 賊たちはまだ戦っている。怪物たちの一部がファルハルドたちに向かったことでそれまでの危険な状況は脱したが、それでも良く言って一進一退、じりじりと怪我人が増えている状態だ。


 槍使いの男が一人で蜥蜴人一体と猿型の木人形二体を相手取り、この時までに木人形一体を倒していた。残り一体の木人形と犬の悪獣四頭とは他の男たち七人が戦っている。


 ファルハルドは走りながら考える。最初に怪物たちを倒すか、それともいっそ男たちを後ろから襲っていくか。


 しばし考え、まずはより手強い怪物たちから倒すことにした。奮戦している槍使いはあとに回し、腕前に劣る男たちの元に向かう。


 男たちは鎧兜などの防具は身に着けておらず、半数が板きれに取っ手を付けたものを盾としている。武器は赤錆の浮いた斧や刃毀れした剣。粗末な装備で怪物たち相手に苦戦している。


 怪物たちは男たちを襲うことに夢中になっている。あとから加わったファルハルドに抵抗できず、あっさりと斬り捨てられていった。


 男たちはファルハルドに礼を言う。が、ファルハルドが取り合うことはない。元々弱っていた男たちは顎を打たれ、首を打たれ、腹を打たれ、次々に倒れていく。


 一通り男たちを気絶させ、ファルハルドは残る槍使いの男へと振り返る。そのファルハルドの眼前に錆びた穂先が迫っていた。




 ファルハルドは首を傾かせ、槍をかわした。そのまま地を蹴り、距離を取る。


 元々ファルハルドの感覚は鋭く、その感覚は山中に足を踏み入れた時からより一層鋭敏となっている。そして男たちを打ち倒す間も、最も警戒すべき槍使いの男には気を払っていた。


 気付かぬうちに忍び寄られていたとは考えられない。あり得るのは、ファルハルドの意識を超える素早さで一気に距離を詰めてきたということ。それはこの槍使いが賊とは思えぬ腕の持ち主であることを意味している。



 ファルハルドに襲いかかった槍使いは怪物たちへと背を晒している。怪物たちがこの隙を見逃す筈がない。

 蜥蜴人は身を低くし、爪をひらめかす。木人形はね、頭上から槍使いに襲いかかる。


 槍使いは背を向けたまま石突きで激しく蜥蜴人を突いて爪を折り、目を向けることなく振り上げた槍で木人形を貫いた。


 一瞬たりともファルハルドから目を離そうとはしない。暗い殺気で満たされた眼差しをファルハルドへと向ける。


 今の動きで、ファルハルドはいくつかのことを理解した。一つ、やはりこの槍使いは強い。二つ、この槍使いにとって防御は二の次。もしくは攻撃を主体とした攻防一体の戦い方をする。三つ、この槍使いは闇の怪物たちよりもファルハルドこそを敵と認識している。



 ファルハルドの理解を裏打ちするように、槍使いは蜥蜴人に追い打ちを掛けず、踏み込みファルハルドへと槍を繰り出してきた。


 ファルハルドは躱すが、槍使いは槍を振り、その柄でファルハルドを打たんと狙う。その背に蜥蜴人が襲いかかる。


 ファルハルドは横殴りに振るわれた槍を跳躍で躱し、槍使いは迫る蜥蜴人の腕を後ろ蹴りで蹴り上げた。


 三つ巴。三者は目まぐるしく位置を変え、入り交じり戦い続ける。



 次第にファルハルドの中で違和感が膨らんでいく。この男の槍捌きに既視感を覚えた。だが記憶を探っても、このような激しい槍捌きをする人物に覚えはない。


 傭兵団の中でも騎馬隊や本隊に槍を使う者はいる。当然、その者たちである筈がない。

 他に槍を使っていた者……。槍使い。ファルハルドが初めてパサルナーン迷宮に潜った際、共に潜った迷宮挑戦者、ヴァルカ。いや、違う。ヴァルカはこんな防御を捨てたような戦い方はしていなかった。

 あと、あるとすれば、幼い頃にイルトゥーランの王城で目にしていた兵士。



 ファルハルドは頭の片隅で記憶を探りながらも、その身は淀むことなく動き続けている。ファルハルド、槍使い、蜥蜴人。それぞれがそれぞれを狙いながら、立ち位置は変わっていた。


 ファルハルドと槍使い、その間に蜥蜴人。蜥蜴人は槍使いを狙う。槍使いは槍を繰り出し、爪をかざして迫る蜥蜴人の手を貫き、槍頭はそのまま真っ直ぐファルハルドに迫る。


 ファルハルドはしゃがみ込みながら、横へと身を滑らす。ファルハルドを追い掛け、槍使いは槍を振る。蜥蜴人の手は乱雑に引き裂かれた。


 蜥蜴人は絶叫する。ファルハルドは迫る槍を跳躍で躱し、落下の勢いを載せ口内に剣を突き立て蜥蜴人の喉を貫いた。



 蜥蜴人は倒れた。これで、一対一。邪魔者は消えた。


 至近距離、低い位置から伸び上がりながらファルハルドは剣を振るった。槍使いは槍の柄で刃を受け止めた。両者は押し合う。


 その時、不意に槍使いの男が言葉を発した。


「なんで、俺の仲間を殺りやがった」


 ファルハルドはその声を聞き、愕然がくぜんとした。間違えようがない。はっきりと記憶に残っている。その声は暗く怒りに満ちていたが、間違えようがなかった。


 ヴァルカ。そこにあるのはかつて共に迷宮に潜った男の変わり果てた姿だった。




 ─ 4 ──────


 驚きにファルハルドの動きが止まる。ヴァルカは躊躇ためらわない。容赦することなく、激しく槍を振る。

 柄がファルハルドの胴を強打する。息が詰まり、ファルハルドはその顔を歪めた。


 うずくまるファルハルドをヴァルカは串刺しにせんとする。ファルハルドは小剣を手放し、低い姿勢のまま前に跳び出した。槍は地面へと突き刺さる。


 ファルハルドはヴァルカの両脚を抱え込み、肩からの当て身で下腹をき上げる。ヴァルカはくぐもった声を漏らし、槍を握る手が緩む。


 そのまま勢いに任せ、ファルハルドはヴァルカを抱え上げ駆けた。槍は地面に刺さったまま、ヴァルカの手から離れた。


 ヴァルカは怒号と共に、ファルハルドの背を拳で、肘で打ち据える。


 ファルハルドは決して力は強くない。力尽き、脚がもつれた。ファルハルドは倒れ込み、ヴァルカは地面に背中を強く打ちつけた。両者はうめき声を上げ、地に転がる。


 背中を打ったヴァルカより、一足早くファルハルドが回復した。ファルハルドは盾を腕から外し、ヴァルカに馬乗りに。胸倉を掴み上げ、責める。


「あんた、なにやってんだ」


 ヴァルカは取り合わない。ファルハルドに頭突きをかまし、上に覆い被さるファルハルドをけた。即座に槍を取りに向かう。


 ファルハルドは追い縋る。ヴァルカの脚に縋りつき、進みを邪魔する。


「ヴァルカ!」


 ヴァルカは初めて驚きを見せ、ファルハルドに目を向けた。


「あんた、なにやってんだ。故郷に帰ったんじゃないのか。なにやってる」

「お前、誰だ」


 ヴァルカはファルハルドを覚えていなかった。


「ダハーは、ラーティフはどうした。なぜ。なぜ、こんなことをしている」


 ヴァルカは憎悪に顔を歪め、ファルハルドを殴りつける。


「お前、なんなんだ」


 ファルハルドはヴァルカの腕を掴み、答える。


「俺だ。ファルハルド。あんたと一緒にパサルナーン迷宮に潜った。あの迫る溶岩に襲われた時に一緒にいた新人だ」

「……あいつか。なんで俺の仲間を殺りやがった」


「賊たちのことか? 殺してはいない、気絶させただけだ」

「賊だと? 糞が。偉そうに」


 ヴァルカはファルハルドの手を荒々しく振りほどき、拳を固め殴りつける。


 ファルハルドは折り畳んだ左腕をかざし、防御。暴れるヴァルカを押さえ込もうとするが、その前にヴァルカはファルハルドの腹を蹴り飛ばした。


 両者は離れ、荒く息を乱し地面に膝をついたまま向かい合う。


 ヴァルカはちらりと槍に目をやる。ファルハルドは反応する。互いに牽制し合い動けない。


「なんでだ」


 ファルハルドは蹴られた腹を押さえたまま繰り返す。


「なんで、こんなことになっている。あんたの故郷でなにがあった。ダハーやラーティフはどうした」


「…………」

「答えろ!」


 ヴァルカの瞳は暗さを増した。


「あいつらは、死んだ」


 世界から音が消えた。

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