51. 望まぬ再会 /その②
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年の瀬が迫った二十八日、ファルハルドは今日も変わらずダリウスとの手合わせを行うためダリウスの天幕へと足を運んだ。
ただ、ダリウスは手合わせを行うことなく、ファルハルドに話しかけてくる。
「済まんが、一仕事頼む」
訊けば、賊退治に出てもらいたいのだと言う。事の起こりは、回ってきた酒保商人から聞いた噂話だ。
この傭兵団が警戒警護を行う東村や西村のある盆地以外にも、アルシャクス内には政府主導の下、開発が進められている開拓地が存在する。
最も近いところで言えば、盆地を囲む山々を南に越えた場所がそうだ。
そちら側では盆地側と比べ川が少なく水の確保には苦労しているが、代わりに闇の怪物たちが出没する頻度が低く、盆地よりも開拓事業は順調に進んでいる。
その村々を狙い、賊たちが姿を見せたのだ。
そちらの開拓地にも当然、こちらと同様に警戒警護を請け負っている傭兵団はおり、これまでに何度も賊たちを撃退してきている。
しかし、今回の賊たちは手際が良かった。賊働きに慣れ、最初からどこを襲いどこまで時間を掛けるのかを決めていたのだろう。手早く仕事を済ませ、傭兵団が開拓村に駆けつけた時にはすでに影も形もなかった。
傭兵たちは戦う専門家であって、探索の専門家ではない。姿を眩ませた賊たちを捕らえることはできなかった。最終的に、対策として傭兵団員を少数ずつ複数ある村々に常駐させることにした。
各村が大きな被害を受けるまで、なかなか傭兵たちの常駐を認めなかったのには理由がある。
ダリウス率いるこの傭兵団だけが例外で、他の傭兵団など、ほとんどが兵士と呼ぶべきか賊と呼ぶべきか判断に迷うようなならず者ばかりが集まっている。
そんな者たちが村に常駐すればいったいどんな目に合うのかと、最後まで村人たちは渋りなかなか話が進まなかったのだ。
賊たちによる被害がいよいよ看過できないところまで進んだことで傭兵たちの常駐を認めたが、その頃には賊たちは各村を一通り襲い終わり、次の獲物を求めてすでに別の場所へと活動地域を移していた。
その結果、村人たちは傭兵たちが警戒警護の任を果たしもせずに、村に居座り揉め事だけを起こしていると怒り、傭兵たちは危険を顧みず惜しみなく働く自分たちを邪魔者扱いしていると怒り、今あちらの開拓地では傭兵たちと村人の間に極度の緊張関係が発生し、新たな問題となっている。
今回の賊たちは、元はエランダール西部を荒らして回っていた集団だった。あまりに派手に荒らし過ぎ、ついに正規軍によって討伐され、生き残った一部が北上しアルシャクスへと逃れてきた。
賊たちがそのまま北上を続けたとすれば、次に狙われるのは東村や西村であると予想される。
ここまでが冬営地に移動する前までに酒保商人たちから聞いていた話となる。
そして先日、ワリド村長が村に残してきた団員に報告を持たせて寄越した。狩りのため南の山々に入った東村の村人が、山中で怪しい集団を見かけたというのだ。
ファルハルドはその話を聞き、総身の毛が逆立つような思いに囚われた。
頭を過ぎったのは、嘗て目にした東道村の光景。幼子も含め、モラードたちを除く全ての住人が殺され、集落は壊滅させられていた。
あの悲劇を繰り返させはしない。ナヴィドやサルマには指一本触れさせない。ファルハルドはダリウスの要請を一も二もなく引き受けた。
あと二日もすればオリムたちも帰ってくる筈だが、それをのんびりと待つ気はダリウスにもファルハルドにもない。
オリムたちが帰ってくるのを待てば、年末の『悪神の三日間』に掛かってしまう。そうなれば、出掛けられるのは年を越してから。村に被害が出てからでは遅いと、すぐに出発することにした。
ファルハルドと共に賊退治に向かうのは本隊隊員四名。次に遊びに出掛ける予定の団員たちは気が緩んで使い物になりそうになく、ダリウスにも団長としての仕事があるため、今回は参加しない。遊びに出掛けるのはまだ先の者たちと共に賊退治に向かう。
共に向かう本隊隊員のうち一人はジャコモだ。ジャコモもあの闇の怪物たちの大規模な侵攻を生き延びた、のはいいのだが、なんだか少し性格が変わった。
怪物たちとの戦いで深手を負い、そこから恢復。復帰後はなにに目覚めたのか、やたらと自信過剰に振る舞うようになっていた。
今度の賊退治も、
「ほう、賊か。よし、わかった、俺に任せろ。ふっはっはっ」
と不安の欠片も見せず参加を決めた。
以前と言い、今と言い、態度はまるで違うが、どちらにしろ面倒くさい奴であることに変わりはない。ファルハルドはそっと溜息をついた。
ひとまず怪しい集団を見たと言う村人に話を聞くため、賊の報告を齎した団員と共に東村へ向かう。一行は急ぎ足で進み、日暮れ後には東村に辿り着く。
東村ではワリドと話し、件の村人と引き合わせてもらった。ファルハルドは村人が来るまでの合間にナヴィドとサルマの寝顔を見、決意をますます堅固なものとする。
夕食を共にしながら呼ばれやって来た村人、ハリルに改めて見たという怪しい集団について尋ねた。
その集団を見たのは山中にある小さな洞窟、村の者たちが山に入った際に休憩所として利用している場所で、であった。洞窟はすぐ脇を細い清流が流れ、中の雨を避けられる場所に薪も積んでいる。食料さえあれば数日過ごすことも可能な場所だ。
ハリルが通り雨を避けようとその洞窟に近づいたところ、そこには見慣れぬみすぼらしい格好をした十人ほどの男たちの姿があった。
ハリルはそれ以上近づくことなく遠目で見ただけだが、男たちはみすぼらしい格好に似合わぬ装飾品を身に着け、衣服や傍らに積んでいる食料品の包みには血飛沫らしき汚れが見て取れたと言う。
確かにまともな者たちとは思えない。噂の賊でなかったとしても、何者なのかを確認する必要はあるだろう。
ファルハルドはハリルに洞窟までの案内を頼んだ。ハリルは引き受け、さらにファルハルドたちが討ち漏らした時に備え、逃げ出す賊を狙えるように少し離れた位置で弓を構え待機すると申し出た。
ハリルはこの東村で一番の弓の名手。双頭犬人による襲撃の際の働きぶりから、ファルハルドもそのことを知っていた。
たとえ賊たちが傭兵たちの倍する人数がいたところで、戦闘で負けるとは考えていない。
しかし、他の者が戦っている隙に逃げ出す者がいれば、どうしても取り逃がしてしまう怖れがある。
そのため、ハリルからの申し出はたいへんありがたいものだった。
ファルハルドたちはその日は東村に泊まる。日の出と共に簡単な食事を摂り、出発した。
冬の間常駐する本隊隊員がやって来るまでの繋ぎとして村に防衛要員として残っている団員たちに、もしもの事態があった時の村の防衛を頼みおいて。
山中で一体の『蠢く屍』と化した豚人とぶつかるが、手間取ることなく倒した。大規模な侵攻は止んだが、やはり闇の怪物たちは変わらず出没している。一行は慎重に歩を進めて行く。
賊たちも当然見張りぐらいは立てているだろう。一行はハリルの案内により、ぐるりと回り込み裏側手となる方向から洞窟へと進んでいく。
ハリルがあの峰を越えれば目指す洞窟が見えると告げたところで、一行は一旦休憩を挟むことにした。それぞれが足を止め、水を飲もうと腰から水袋を外した時、ファルハルドの耳は耳慣れた音を捉えた。
「近くで戦いが行われている。方角は……、向こうだ」
「それなら、ちょうど洞窟のある方角になるぞ」
ファルハルドの警告にハリルが応えた。一行は武器に手を掛け、そっと峰から顔を出し向こうを覗いた。
見れば、洞窟の前の木立の中でみすぼらしい格好をした男たちと怪物たちが戦っていた。
見える限りでは男たちは十一人、対して怪物たちは蜥蜴人と猿型の木人形が三体ずつ、そして悪獣と化した猪が三頭、犬が四頭。
男たちは戦い慣れている様子だが、一人を除きその腕前自体はそうたいしたものではない。すでに三人が地面に倒れ、他の者たちも手傷を負っている。
仲間を庇うように激しく槍を操る男だけが目の覚めるような槍捌きを見せている。
あの男たちが目的とする集団だろう。男たちは奮戦しているが、どうにも押されこのままでは全滅するのは目に見えている。
ファルハルドたちはどう動くのか。当然、動かない。
蓬髪、伸びるに任された髭、全体にみすぼらしい格好でありながら盗んだ物を身に着けていると予想できる所々ちぐはぐに高価な衣服や装飾品、なにより人を食い物にする者に特有の荒んだ気配。
男たちはどこからどう見ても賊だった。
賊と怪物、どちらも敵だ。互いに潰し合うのならそれが理想の展開。賊だろうとも人であるなら助けるべきだ、などと宣う甘い人間はここにはいない。労せず敵を排除できる選択肢があるなら、当然それを選択する。
もちろん、どちらも取り逃がす訳にいかない。逃げ出すものがいればいつでも仕留められるよう、全員が武器に手を掛けたままの状態で静かに様子を見詰めている。
ただ、物事はなかなか都合良くはいかない。悪獣が、その獣の嗅覚でファルハルドたちが潜んでいることに気付いた。蜥蜴人二体と猪の悪獣三頭がファルハルドたちへ向かってくる。
仕方がないと、ファルハルドたちは討って出た。
最初にハリルが腕前を見せる。向かってくる悪獣のうち、二頭の額の目を射貫いた。
残る敵のうち、蜥蜴人一体はファルハルドが相手取り、もう一体の蜥蜴人は本隊隊員二名が、猪の悪獣にはジャコモともう一人の本隊隊員が立ち向かう。




