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深奥の遺跡へ  - 迷宮幻夢譚 -  作者: 墨屋瑣吉
第二章:この命ある限り

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50. 望まぬ再会 /その①



 ─ 1 ──────


 ここは傭兵団の冬営地。ファルハルドが初めてこの傭兵団に送られてきたのと同じ、その場所だ。


 パーイーズ半ばから始まった闇の怪物たちの大規模な襲撃もゼメスターンの初めにはみ、今年も例年通りティシュタルの月後半に冬営地への移設を実行した。



 激しい戦闘の日々から離れ、のんびり骨休めをして過ごす冬営地での生活だが、団員たちはここで大人しくじっとして過ごす訳ではない。


 では、なにを行うのか。そもそも、なぜ駐屯地を移動させるのか。


 夏場の駐屯地から見て、冬営地は東にある山を越えた場所。それより東にある大きな村との間には大きく起伏が存在しているが、山などはなく開拓地のある盆地からと比べれば簡単に出掛けることができ、さらには足を伸ばしてアルシャクス北西地方の小都市ラグダナに遊びに行くのもだいぶ楽になる。


 アルシャクス西部で最も大きな都市は副都であるアヴァアーンであり、ラグダナはあくまで地方の小都市。そう大きな都市まちではない。

 しかし、ラグダナには傭兵たちにとって、とても重要な場所が存在する。つまり、娼館通りがある。


 ラグダナの娼館通りは街の規模を考えれば不自然なほどに栄えている。イルトゥーランの者たちもこっそりと遊びに来ているとのもっぱらの噂だが、そのあたりのことは誰もわざわざ問い詰めたりはしない。


 そのラグダナの娼館通りに命の洗濯に出掛けることが傭兵たちの一番の楽しみだ。


 もちろん、全員で一斉に出掛ける訳ではない。

 ラグダナまでは片道三日、往復で六日ほどかかり、銘々勝手に遊びに行かれては開拓地になにかあった時の備えが手薄になる。そのため、一度に出掛けるのは団長から許可を貰ったおよそ二十名ほどがまとまって、残りは冬営地で待機する形を取っている。


 毎年、最初に繰り出すのは冬の間、各開拓村に常駐する予定の団員たちと討伐隊の面々、他に今年活躍した本隊隊員たち数名だ。


 遊びに出掛ける団員たちにはアイーシャから少なくない小遣い銭が渡される。皆はほくほく顔で大はしゃぎだ。



 ただ、ファルハルドはそのなかに加わっていない。本人が遊ぶことに興味がないのもあるが、皆で出掛ける準備をしているところにダリウスが声を掛けてきたのだ。鍛えてやろう、と。


 ダリウスは団長という立場にある。団全体としての訓練に加わることはあっても、普通は個々の団員を個別に鍛えて回ることはない。


 しかし、双頭犬人による襲撃の際のファルハルドの戦いぶりを聞き、ダリウスはファルハルドを鍛える必要があると考えた。ファルハルドをこのままにしては危険だと考えたのだ。


 必要だと思えば、どれほど危険な状況にも平然と飛び込んでいく大馬鹿者。そして普段の生活ぶりからもわかる、ただ一念のみを思い詰め生き急ぐような生き方。


 どう考えても、このままでは無茶を行い死んでいく未来しか見えない。かといって、話すことが得意でもないダリウスが言葉で説得ができるとも思えない。


 だから、ダリウスは決めた。自分にできることを行うと決意した。

 この者を鍛えよう。危険な状況に飛び込むなら、その危険を乗り越えられるように。思い詰め生き急ぐと言うのなら、思い詰めずとも目的を達成できるだけの実力を付けさせればよい、と。


 幸い今までに行った手合わせから、ファルハルドに戦いの才能があることはわかっている。鍛えさえすれば、まだまだ実力は伸びる。鍛え甲斐はある。



 だから、ダリウスは声を掛けた。オリムにがっちり肩を組まれ、すぐ横で、さあ、突撃(と、つ、げ、き)すぅっぜぅえぇー、最高の女たちが俺たちを待ってるずぅえぇー、と大声で叫ばれ、露骨に鬱陶しそうな顔をしていたファルハルドに。


 ファルハルドは隠そうともせず、ほっとした顔で喜んだ。

 オリムは「団長、まずは骨休めだろ。こいつを鍛えんのは、ラグダナから帰ってからでいいじゃねぇか」と口を挟んできたが、ファルハルドがなに一つ残念そうには見えない顔で「残念だが、せっかくなので鍛錬を優先する」と言ったことで話は終わった。


 オリムは一瞬むっとし、他の団員たちは相変わらずだなと言いたげに呆れ顔をする。


「んだよっ、しらけんなぁ。けっ、まあ、いいぜ。お前ぇがボコボコにされてる間、俺らはしっぽり楽しんでくっからよっ、かっかっかっ」


 オリムは負け惜しみらしきものを吐き捨て、さっさと遊びに出掛けた。


 それ以来、ファルハルドはダリウスと手合わせを行う日々を送っている。といって、ダリウスには日々団長としての細々した仕事もある。ずっとファルハルドとの戦闘訓練だけを行える訳でもない。

 それでも、ダリウスと行う手合わせの時間は他にない貴重な時間だ。




 ファルハルドとダリウスは中央広場で向かい合う。


 ファルハルドは果敢に攻め込む。迫るファルハルドの剣を、ダリウスは落ち着き払った様子で軽く払う。

 剣を払われながら、ファルハルドは一歩前へ。剣を戻し、至近距離から刺突を狙う。


 だが至近距離の攻防なら、拳で戦うダリウスのほうが速い。ダリウスは自らに迫る剣に拳を当て軌道をらし、そのままファルハルドの胸を打たんとする。


 ファルハルドは即座に切り替え、身をひるがえす。胸をかすめられながらもかわした。


 足下の土を蹴り上げ、目潰しを兼ねながら距離を取る。

 しかし、ダリウスが目潰しなどくらう筈もない。下がるファルハルドを逃さず、踏み込み拳を繰り出した。


 ファルハルドはダリウスの拳を掻いくぐる。身を滑らすように横に避け、胴を薙がんと狙う。


 ダリウスは迫る刃を手甲で受け止め、ファルハルドの頭に肘打ち。兜越しでも充分な衝撃が伝わる。ファルハルドはふらつき、膝が折れた。


 ダリウスは一気に決めんと、打ち下ろしの拳を振り下ろす。


 拳が迫る。瞬間、ファルハルドの身体に力が満ちる。かがんだ姿勢から、身を伸び上がらせ跳躍。

 拳を躱し、一息にダリウスの頭上を越える。背後を取り、再度の刺突。


 が、ダリウスはそれを予想済み。躱しつつ、無造作に振り回すように横薙ぎに払った拳でファルハルドの胴を強打。ファルハルドは豪快に吹っ飛ばされた。


 やはり、ダリウスは強い。魔法剣術を封印しても、ファルハルドがまるで歯が立たないほどだ。この強者との濃密な訓練の日々にファルハルドは成長していく。



 ファルハルドは良い機会だと、手合わせの合間に気になっていたことを尋ねた。

 以前、ダリウスが牛人と戦った際、牛人の放った『すくみの咆吼』を防いだ方法を。拳を燐光で包み、身体の前で拳を撃ち合わせ全身に力を籠めることで対抗していた。あれはいったいなんなのか、と。


 ダリウスも弁が立つ訳ではないので細かなことまではよくわからなかったが、言うなればあれは魔力による力比べのようなものらしい。牛人が放つ不思議な力を体内魔力を活性化させることで打ち消した。


 それは魔術や法術による防御と違い、確実でもなければ、必要になる魔力も多く効率が悪い対処法ではある。

 それでも、体内魔力を活性化し対抗するこの方法は、本来的に人であるなら誰であっても使える方法だという話だ。上手くいくかどうかは、魔力量や活性化の度合いで決まる。


 そして、体内魔力の活性化や体内魔力を操ることは魔法剣術にも通じる要素となる。


 どうすれば魔法剣術を使えるようになるかも尋ねた。ダリウスは説明するが、こちらは輪を掛けてよくわからない話だった。


 武器を己の身体の一部と認識すること、身体に宿る魔力を操ること、それさえできれば魔法剣術は使える筈だと言う。

 肝心なのは体内魔力を明確に感じ、それを引き出すという感覚を身に付けられるかどうか。それこそがかなめとなるらしい。


 ただ、ダリウス自身は幼い頃からこれという訓練を行うこともなく魔法剣術が使えるようになっていたため、どうすればできるようになるのか具体的な訓練方法は知らなかった。


 せめて体内魔力を感じ引き出す感覚を説明しようと、身体の奥から熱いものをぐわっと押し出す感覚だなどと言うが、なにを言っているのかファルハルドには全く伝わらない。


 比較的近いものとして思い当たるのは、『光の宝珠ほうじゅ』を渡された際の身体から力が吸い出される感覚や、『付与の粉』を使用した時のずわりと自分の中から力が引き出されていく感覚だ。


 しかし、そんな感覚一つでできようになると言うなら、迷宮挑戦者は皆、魔法剣術を使えるようになる筈である。


 実際には、魔法剣術を身に付けられるのはウルスの者で十人に一人、他種族なら二百人に一人、才覚なき者はどれほど努力しようとも使うことはできないと言われ、ウルスであるバーバクも使えるようになるのは難しいと言っていた。


 つまり、魔力を引き出す感覚と光の宝珠や付与の粉の時の力が動く感覚とは別のもの、あるいは他にもっと別のなにかも必要なのか。


 いったいどうすればできるようになるのか、ファルハルドは取り敢えずアレクシオスやオリムにも尋ねてみようと考える。

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