49. 狂濤を乗り越えて /その③
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馬鹿声を上げて笑っている傭兵たちは放っておき、ファルハルドはワリドに村の様子を尋ねた。
腕を喰い千切られた村人など重傷を負った者たちは西村に送り、クーヒャール神官により治癒の祈りを受けている。
今、東村にいる者たちに重傷の者はいないが、それでも戦った者たちに無傷の者など一人もいない。しかし、怪物たちの脅威を乗り越えた村人たちは誰もが元気いっぱいだ。それは女性や子供たちも同じである。
獣や闇の怪物の襲撃が珍しくもない開拓村の者たちは、実に気丈だ。鬱ぎ込むこともなく、元気に村の立て直しに奔走している。
さらに西村に目立った被害はなかったことから、西村に詰めている本隊隊員の半数、七名が東村に移動し、東村の防衛設備の再建を手伝っている。
村を守る土塁は多少崩れた程度で修復にもそれほど手間は掛からない。堀に関しては堰だけを元に戻し、満ちている水を抜く作業はいずれ余裕ができてからと後回しにしている。
一番大きな作業が柵の再建だ。燃えかすとして残った木材や怪物たちの残骸を片付け、柵そのものは一からの造り直しとなる。
今は皆で手分けし、材木の切り出しや加工、支柱部分を立てていく作業を行っているところだ。一応の完成まで、あと五日は掛かる見込みだ。
騎馬隊は昨日まで東村で切り出された材木の運搬などを手伝っていたが、一通りの運搬は終わったということで今日一日を休養日に充てた後、元の東村、西村、討伐隊の間の荷運びや連絡役としての役目に戻る。
「団長殿とオリムから伝言がある。ああ、クーヒャール神官からもだな」
ファルハルドからの一通りの質問が終わったことを見て取り、アレクシオスが妙に迫力のある笑顔で話しかけてきた。
「少なくとも、十日間は戦闘も鍛錬も厳禁だ。仮に村が襲われることがあったとしても、あなたは決して戦ってはならない。これは皆の総意だ。わかったな」
アレクシオスが念を押してくる。ファルハルドはついっと目を逸らした。
さすがに立ち上がれない状態では鍛錬もなにもあったものではないが、歩けるようになれば即座に鍛錬を再開する腹積もりであった。村が襲われた場合にいたっては言わずもがなだろう。
完全にファルハルドの性格が把握されている。
そんなファルハルドの様子を見、アレクシオスばかりかワリドが、さらには騒いでいた傭兵たちや村人までもが盛大に溜息をついた。
アレクシオスは呆れる。
「休むことも大事な務めだぞ。わかるな」
ワリドは苦笑いを浮かべる。
「あんたは充分過ぎるほど働いた。ここで充分に休養してもらわねば、俺たちもおちおち休んでいられないだろう」
オルダは心底馬鹿にしきって言う。
「お前、マジで馬鹿だろう」
ファルハルドに返せる言葉はなかった。
ワリドはファルハルドの看病を任せている女性に声を掛ける。
「ネリー、厳重に見張ってくれ。よろしく頼むぞ」
ネリーは明るく笑い、頷いた。
「大丈夫ですよぉー。無理に起き上がろうとしたら、縛り付けてでも寝かせておきますって。任せて下さい」
さすがは開拓村の女性である。人の良い笑顔を浮かべているが、実に逞しい。
差し当たり、ファルハルドは逆らわず大人しく寝て過ごすことにした。
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さらに二日経ち、ファルハルドはやっと起き上がれるようになった。
この二日間は実に酷かった。ファルハルドにとって思い出したくもない悪夢の日々だ。
村人や傭兵たちがなんのかんのと見舞いに来ては、枕元で騒いでいく。
そこまでは別によいのだが、食糧事情の厳しい開拓村でネリーはファルハルドには食べきれないほどの食事を用意してくる。
食べきれないのでこんなには必要ないと告げれば、なにを勘違いしたのか、ネリーはお口に合うように作り直して来ますなどと言い出す。元々小食などで食べきれないのだと納得してもらうのに苦労した。
おまけにネリーはこれは自分の役目だからと、ファルハルドの全身を濡らした布で拭こうとする。そう、隅から隅まで全て隈無くを。
大丈夫だ、自分でできると言うファルハルドとの間で一悶着があった。ファルハルドにとって、これは闇の怪物相手よりも遙かに困難な闘いであった。スィヤーの応援がなければとてもではないが乗りきれなかった。
すったもんだの末、なんとか断ったが、ネリーは悪戯っぽい笑顔を浮かべ、これ見よがしに「まあ、もう充分に堪能させてもらったしぃ、これ以上はいいかぁー」と言ってくる。
怖過ぎる。いったいどんな意味なのか。とてつもなく気になるが、決して問うてはいけないとファルハルドの危機回避本能が告げている。
よって、ファルハルドは頑張った。一刻も早く起き上がれるようにならんと頑張った。休養になってないという思いは頭の隅に押し込み、なんとか身体を恢復させネリーにもう看病は必要ないと告げた。
ファルハルドが告げた時、ワリドもネリーも実に残念そうだったのが気に掛かったが、その点には触れずにおいた。
この二日間にも怪物たちによる散発的な襲撃はあったが、それはてんで小規模なものだった。その後も亡者たちを中心とした襲撃などもあったが、全ては苦もなく撃退できた。
その間、ファルハルドは力のいらない簡単な作業を手伝ったり、スィヤーと戯れて過ごす。
スィヤーはファルハルドが騒がしい場所に近づこうとすれば裾を嚼んで止め、物思いに耽っていればその鼻で突っついて邪魔をする。
むっとしたファルハルドが眉根を寄せて目を向けても、スィヤーは嬉しそうに尻尾を振っている。これにはファルハルドも釣られて笑みを零してしまう。
途中、ナヴィドやサルマの顔を見に行った際には、スィヤーもくっつてきて熱心に二人の匂いを嗅いでいた。
まさか嚼んだりしないよなとファルハルドは冷や冷やしたが、スィヤーはファルハルドの顔を見て一声吠えたあとは、機嫌良く尻尾を振り、二人の周囲をくるくると走り回っていた。
こうして、ファルハルドがのんびりと身体の回復を図っているうちに、この年の闇の怪物たちによる大規模な侵攻は終わりを告げた。
次話、「望まぬ再会」に続く。
次週は更新をお休みします。次回更新、4月10日予定。




