48. 狂濤を乗り越えて /その②
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アレクシオスは、双頭犬人よる東村への襲撃と同時に行われた西村の戦いについて語って聞かせた。
西村に襲ってきた怪物の群れは百体前後。東村を襲った群れに比べれば遙かに小規模だが、それでもこれまでの襲撃と比べれば最大規模。困難な戦いであった。
最初、西村に怪物たちが襲ってきた時点で、西村に待機していたアレクシオスは村の見張り番からの報告を受け、すぐに隊員二名を討伐隊を喚びに走らせた。
アレクシオス自身は村の防衛を本隊隊員に任せ、残りの騎馬隊隊員二名を率い、怪物たちの群れを掻き乱し村を襲う敵を減らすべく討って出る。
騎馬隊は、この討伐期間中には主に討伐隊への物資を運ぶ武装輸送隊として働いている。それは荷物運びとは言え、怪物たちが徘徊する盆地内を少数で移動する危険な役目。怪物たちとぶつかれば当然戦闘となる。
求められることは単なる勝利ではない。戦い、勝利し、生き残る。それを大前提とし、さらには物資を守り無事に送り届けて初めて役目を果たせる。
討伐隊がいる場所も一定ではない。大まかな位置は伝えられているが、その時の戦闘状態により大きく移動していることもよくある。
その全てを把握し、的確な判断を求められるのが武装輸送隊の役目。討伐隊に勝るとも劣らぬ難しい役目を熟すのがアレクシオス率いる騎馬隊だ。
それと比べれば、怪物の群れ相手に討って出る程度の役目はどうと言うこともない。騎馬に馬甲を着せ、重装騎兵として駆け巡る。アレクシオスを先頭に幾度も群れの中を駆け抜け、群れを断ち割っていった。
散々に群れを乱し、何度目かの突撃を行っていたアレクシオスの視界の隅で山が動いた。
馬を走らせながら目を凝らしたアレクシオスの視線の先にあったもの。それは闇の怪物の一つ、『狂える巨人』の一体、砂巨人の姿だった。
通常、人の領域内で巨人の姿を見ることはない。だが、極稀にだが、闇の領域から怪物たちが溢れ出る時に、人の領域に攻めてくることもある。
それが意味すること。それはこの襲撃が並の襲撃ではないと言うこと。深く大規模な闇の侵攻。それを意味する。
強力な怪物たちが他にも姿を現すのか、それとも第二波、第三波と大規模な群れが襲ってくるのか、あるいはこの西村だけでなく東村も襲われているのか。アレクシオスは砂巨人へと向かいながら考える。
砂巨人は巨人たちなかでも、最大級の巨体を誇る。特殊な攻撃手段などは持たず、他の巨人と比べれば対処しやすい部類に入るが、その身体は頑健、強靱。さらには泥人形よりはわずかに劣るが、同じく自己修復能力を持つ恐るべき存在。獣人や無機物たちとは一線を画す脅威だ。
もし、巨人の強力で村を攻められれば、柵や土塁などあっという間に破壊される。アレクシオスは群れへの対処は村に詰める者たちに任せ、自らは部下二名と共に砂巨人の足止めに専念する。
砂巨人の周囲を回り、走り続け、ときに槍や長剣でその脚を傷付ける。しかし、与えた傷はたちどころに修復される。
それでも攻め続けることで歩みを止めさせる。翻弄しながら自分たちへと引きつけることで、ダリウス団長率いる討伐隊の到着までその場に留まらせ続けた。
そして、討伐隊が駆けつける。群れへの対処は討伐隊と部下に任せ、ダリウスとアレクシオスで砂巨人に立ち向かう。
ダリウスがその魔力をまとわせた拳で砂巨人の膝を吹き飛ばす。砂巨人は倒れかけるが、たちどころにその身を修復した。砂巨人には泥人形のような修復を繰り替えす度の強靱化は発生しないが、与えた傷は瞬時に無効化された。
砂巨人は圧倒的な力を誇る腕を振り上げ、頭上からダリウスを叩き潰さんと狙う。アレクシオスが一気に駆け寄り、脚に槍を突き立て妨害した。砂巨人は怒りに満ちた咆吼を上げる。
戦いは一進一退。強力な巨人相手ではダリウスとアレクシオスの二人掛かりであっても苦戦する。
巨人は滅多に人の領域内では姿を見せない。それでも、ダリウスたちは巨人と初めて戦う訳ではない。以前、東国諸国にいた頃、今回と同じ砂巨人と戦ったことがあった。
その経験から戦況を打開する方法はわかっていた。ただ、その方法を今すぐ採ることはできない。ダリウスとアレクシオスは辛抱強く機会を待ちながら戦闘を継続する。
そして、その機会は訪れる。西村を襲う怪物たちの半数近くを倒し、村への圧力が充分に下がった。ここまで減らせば、クーヒャール神官が光壁を展開せずとも、村を守ることができる筈だ。
アレクシオスは合図を送り、群れの間を駆け巡っていたゼブを呼ぶ。駆けつけたゼブにクーヒャールをこの場に連れてくるように命じた。クーヒャール、彼こそがこの戦いの鍵を握る存在。
ゼブがクーヒャールを連れて来た。クーヒャールも闇の怪物たちとの戦闘の経験は豊富。簡単な打ち合わせで、すぐになにを求められているかを理解する。
アレクシオスが騎馬の速さで砂巨人を翻弄する。その隙をダリウスが狙い、攻撃。砂巨人が傷を修復するより早く、クーヒャールが祈りの文言を唱えた。
「我は地を耕し生きる者なり。ここに豊穣を司り、実りを齎すユーン・エル・ティシュタルに希う。闇に染まりし、汚れた地を浄化し給え」
砂巨人は瞬時の修復ができない。
人や闇の怪物が住むこの世界、『創られた者たちの大地』は元々『暗黒の主』の欠片を集めて創られたもの。全てを呑み込む大地は『暗黒の主』に由来する『喰らい尽くす闇』の特性を帯びている。
闇の怪物である砂巨人や泥人形はその闇の特性を持つ大地を素材として自己修復を行う。
しかし、大地には『喰らい尽くす闇』の特性と共に、『始まりの人間』の全てを創り出す『創造の光』の力も宿っている。光の神々に願うことで闇の大地を汚れなき地へと変えることも可能となる。
浄化された地では、もはや瞬時の自己修復は行えない。行えるのは修復時に行動が停止し、修復速度も劣る自己の身体を素材に行う低機能の修復のみ。
修復速度さえ落ちれば、ダリウスとアレクシオスの二人ならば砂巨人を倒すことは難しくはない。
相応な時間は掛かったが、村へ被害を与えることなく砂巨人を倒しきった。
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「その後、西村を襲う怪物たちの群れの殲滅は他の者たちに任せ、私は騎馬隊を率い東村の救援へと向かったという訳だ」
アレクシオスは皆の顔を見回し、改めて謝罪を述べた。
「駆けつけるのが遅くなり、申し訳なかった」
そのまま深々と頭を下げる。
ワリドたち東村の住人としては、結果的に東村より西村が優先されたことには思うところがなくもないが、状況から判断して無理からぬことであったことはわかる。それに騎馬隊が先行してくれていなければ、おそらく村の守りは破られ大きな被害が出ていたと想像できる。
それを思えば、不満に思える筈もなかった。皆は謝罪など必要ない、感謝していると口を揃えて述べ、アレクシオスに頭を上げさせた。
続けて、ファルハルドが討って出たあとの東村の戦いはどうなったのかを尋ねた。攻防の様子は予想通りのものだった。
土塁を乗り越えてこようとする獣人、悪獣たちを皆で必死に撃退するが、次第に負傷者が増えていく。これ以上押し返すことはできないと皆が考え始めた頃、急に群れから受ける圧力が激減した。
ファルハルドが双頭犬人を倒したのだとわかる。皆は息を吹き返し、勢いづく。
しかし、皆の疲労は限界近い。圧力の下がった怪物たちを圧倒することができない。ぎりぎりの攻防が続く。
そこに騎馬隊が駆けつけた。これで状況は一気に変わる。
あとは怪物たちを逃すことなく殲滅していったという訳だ。
「ま、なんつってもよ、俺が大活躍した訳よ。こう、襲いかかってくる怪物どもの首根っこを掴んでは千切っては投げ、千切っては投げってな」
オルダが腕を振り振り、どう考えても嘘だろうという内容を自慢げに再現する。
「ばーか、一番活躍したのは俺に決まってんだろ」
「はーん、なに言ってやがる。手前なんぞ、ぶるってただけじゃねぇか。なんつっても、最高だったのは俺だ、俺。お前らも俺の剣の冴えを見ただろうが」
「はあ? なにが冴えだ。馬鹿みてえにぶんぶん振り回してただけじゃねぇか。冴えってのは俺のような剣捌きを言うんだぜ」
「いやいや、待て待て。しょぼい奴らがなに比べあってんだ。一番は俺だっつーの。なんつってもよ、剣が折れるまで戦い抜いたんだからな」
「うわぁ」
「えー」
「おいおい」
「お前、それタリクにとっちめられるやつだろ」
「あ、やべ。内緒にしてくれ」
「無理だろ」
「ばれるっつーの」
「諦めろ」
「ご愁傷様」
元気なのは結構だが、怪我人の部屋で騒ぐのは止めて欲しいものだ。ファルハルドは呆れ返った。
取り敢えず東村に取り返しの付かない人的被害は、新たには発生していないことが確認でき安心した。




